その3 またやってしまいました
いたのは亜理寿さんだった。
何かテーブルについてお茶をしている。
「ごめん、一人でのんびりしている時に」
「いいえ、ここは共用スペースですから」
そう言って亜理寿さんは小さくため息をついた。
「どうかしたの?」
「またやってしまいました」
亜理寿さんはそう言って再びため息をつく。
「金子先輩や真理枝さんが通学を誘ってくれたの、好意というのはわかっているんです。でもどうしても他の人と近接した場所にいるのが苦手で。断ったの、何か変に思われなかったでしょうか」
「全然気づかなかったな」
取り敢えず事実なのでそう言っておく。
「それにまあそういう理由があるのも『用件がある』のうちでいいんじじゃないか。無理しないで」
「そう言っていただけると助かるのですけれどね」
またため息をついている。
重症だ。
「何なら僕に言うみたいに真理枝さんに言えばいいじゃないか」
「文明さんになら言っても大丈夫なんです」
一瞬下らない事を考えかけ慌ててそっちの思考を止める。
多分今の台詞にそれ以上の意味は無い。
落ち着け俺。
「それも変だけれどな。本当は同性の先輩の方が言いやすいんじゃ無いか」
「そうなんですけれどね」
まあそれでもだ。
「あまり気にしなくても大丈夫なんじゃ無いか。皆多分、全然気にしていないし」
「そうでしょうか」
「そこまで細かく考えないよ、普通」
そう言って、そして思いついて更に付け加える。
「取り敢えず大学の授業も問題無く出ているし、普段の生活も出来ているだろ。この前の休みの時だって昼間は川組の三人とずっといたしさ」
「外とか教室とか広いところならある程度大丈夫なんです」
なるほど。
「寮でも部屋の上とか横とかにも他人がいっぱいいると思うと結構苦痛で。ここへ引っ越して人口密度が低くてほっとしたんです。これで安心して眠れるって」
「この家でも隣は僕の部屋だし下に真理枝さんや美鈴さんがいるし」
「それは平気ですね。絶対的な空間の余裕のせいかもしれません」
この大学の寮は小さいマンションと同様、自分用のトイレもシャワーも全部ついた個室仕様。
だから二階の六畳一間より個人専有面積は広いとおもうのだけれど。
まあその辺は各自の感じ方次第だからしょうが無いかな。
そしてふと思い出す。
「そう言えば前は電車通学だったけれど、電車は大丈夫だったの?」
「かなり苦手でした。だから逆に『私は独り、周りは私と関係無いいてもいなくてもいい人。私は独り、独りと同じ』と言い聞かせながら乗っていたんです。それでも電車に乗る気になれないときは駅ビルの本屋やファストフードで気分転換したりして」
僕は今になって気づいた。
高校時代、彼女の孤高というか人を寄せ付けない雰囲気。
あれは彼女自身の鎧だったのか。
何故そうなったのだろうとふと思う。
でもその理由を今尋ねるのは何か危険な気がした。
今はむしろ落ち着いたり安心させたりする方がいい。
そう思った。
だから僕はあえて何でも無い事のように言う。
「まあ今は普通に暮らせているしそんなに気にすることもないだろ。ここへ来て人間関係も変わっただろうし魔女だと言っても大丈夫な空間が出来たしさ。そのうち自然となんとかなると思うよ」
「そうなるといいんですけれどね」
「そうなると思うの。そうすればそのうち気にならなくなるかもしれないだろ」
彼女は小さく頷いた。
「そうなればいいですね」
そう言って、そしてちょっと付け加える。
「すみません、いつも」
「僕は別に何もしていないよ。ただ思った事を言っているだけ」
僕は当初の予定通り、コップを戸棚から取って水道を捻り水を飲む。
「それじゃ僕はトイレに行って寝るから。おやすみなさい」
「おやすみなさい」
僕はリビングの扉を閉めた。
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