第33話・ミネルバ、飛翔


 「さぁ、熱いから気を付けてな」

 「ありがとうお兄ちゃん!!」

 「はいどうぞ、アテナ特製の薬草スープ。飲めばたちまち元気いっぱいよ!!」

 「いや、作ったの俺だから」

 

 現在。俺とアテナはニケの集落で炊き出しを行っている。

 アテナの狩ったオオトカゲと、俺が摘んできた薬草を合わせたスープを作り、集落の人達に配っている最中だ。大人も子供も病気が治り、涙を流しながらスープを啜っている。

 俺は木の皿にスープをよそい、集落の外れに持って行った。


 「………遅くなって申し訳ありません」


 そこは、墓地。

 伝染病で亡くなった家族と、二人暮らしの夫婦の墓だ。

 俺は跪きスープを墓に供え、胸に手を当てて黙祷した。すると隣にアテナが跪く。


 「どうか安らかに……」

 「………」


 女神の祈りだ。きっと安らかに眠ることが出来るだろう。

 二人でしばらく黙祷し、俺は立ち上がる。


 「さて、これからのことを考えるか」

 「は? 集落のお手伝いを頼むんでしょ?」

 「あのな、この状況で頼めるわけないだろ。病気は治ったけどまともな仕事が出来るような状態じゃない。しかも畑や家畜は全滅だし、なんとかしないと」

 「ああ、確かにそうね」


 そう。一番の問題はそこだ。

 家畜は全滅。畑は毒で汚染され、土壌の回復に何年掛かるか分からない。それこそこの地を放棄して新たな場所を開墾した方が早いかも知れない。

 

 「取りあえず、この集落の長と話をしよう」

 「……あんた、随分とやる気ね」

 「………まぁな」



 だって、俺はマリウス領の領主だからな。



 **********************



 俺とアテナは炊き出し場に戻る。すると、集落にあった大きめの籠に毛布を敷き詰めたルナの臨時ベッドから泣き声が聞こえてきた。

 俺は慌てて駆け寄りルナをあやす。


 「おぉごめんなルナ、淋しかったのか?」

 「あぁん!! あぁぁぁん!!」

 「おぉよしよし……ほ~ら、たかいたか~い」

 「あぅぅ……」

 「ホンットによく懐いてるわね。私が抱くとギャンギャン泣くのに」

 「はは、そりゃ残念だな」

 

 俺は可愛いルナを抱きしめ、ベッドに戻してやる。

 すると籠の縁に白フクロウのミネルバが停まった。今なら触れるかも……。


 『ぴゅいっ!!』

 「いっでぇっ!?」

 「あははっ、ざんね~んっ!!」

 「うぐぐ……」


 クチバシで指をツツかれた。このフクロウはアテナとルナにしか懐いていない。悔しがっていると、俺たちの傍に一人の男性が近づいてきた。


 「お邪魔だったかい?」

 「い、いえ。それより体調は……」

 「キミのおかげでバッチリさ。むしろ力が漲ってくるよ」

 「ええと、無理はなさらないで下さい。病気が治っただけで、体力が回復したわけじゃありませんから」

 「わかってる。だがそうも言ってられないんだ……」

 「はい、わかってます」

 

 この集落の惨状だ。水こそあるが、明日食べる物も心許ない。

 小さい子も居るし、薬草や魔獣の肉だけじゃ栄養のバランスが悪い。やはり新鮮な野菜や果物がないと、この地で生きていくのは難しい。とはいえ、この汚染された土壌じゃ野菜や果物は育たない。


 「申し遅れた、オレはゲンバーだ。亡くなった長の代わりに新たな長に就任した。よろしく頼む」

 「俺はアローです。一応ですけど、マリウス領の領主です」

 「領主!? ははははは、まさか貴族様だったとは。この未開の大地に来る貴族なんて初めて見たぞ」

 「まぁ、成り行きで……ははは」

 「そうか。では領主様、相談させて貰っても構わないかな?」

 「もちろんです。俺に出来る事なら手伝います」

 「ありがとう。所で……そちらの少女は、ご婦人かな?」

 「え」


 ゲンバーの視線はアテナに向く。しかもアテナは寝てるルナのほっぺをツンツンしていた。

 

 「ち、違います!! その、あいつは俺の護衛で……」

 「そうか。まぁいい。所でこれからの事だが、オレの考えは集落を捨てるしかないと思う。土壌は死に絶え、明日の生活すら困難な状況だ。まずは体力のある者を連れ、住めそうな地域を探そうと思う」

 「………それしか、ないですか」


 俺もそれしかないと思う。

 いい土地が見つかるまで、俺とアテナが手を貸すしかないな。ジガンさんやゴン爺には悪いけど、帰りは遅くなりそうだ。でもこの状況は領主として放っておけない。

 

 「わかりました。俺とアテナも手を貸します。新しく住める地となると……」

 「はいはーい、ちょっといい?」


 アテナが挙手し、俺を引っ張る。

 ゲンバーから少し離れ、アテナはノリノリで話し始めた。


 「なんだよ、今は真面目な話をしてるんだ」

 「私も真面目よ。さっきから聞いてれば新しい地だの住めそうな地域だの、そんな面倒な事しなくても簡単な方法があるじゃない」

 「は?」


 アテナは、胸を張ってビシッと指を突き付ける。


 「アローの集落に行けばいいのよ。あそこなら広いし、五十人増えたところで問題ないわ」

 「あのな……住むにしても家が必要だろ。それに住む場所は至急なんだ。これから集落に戻ってゴン爺に説明して、集落の了承を得て戻ってなんてやってたら、一ヶ月以上は掛かるぞ」

 「だーかーら、簡単な方法があるのよ。要は移動に時間が掛かるんでしょ? この集落の状況をさっさとゴン爺に伝える方法ならあるわ」

 「はぁ?」


 アテナは指笛をピュイッと吹くと、アテナの肩に白いフクロウが停まる。

 その頭をウリウリとなでると、アテナは自信たっぷりに言う。


 「ミネルバなら二日で集落に着くわ。手紙を持たせて飛んでも三日掛からないわね」

 「……マジか? そんな小さな赤ちゃんフクロウがそんな早く飛べるのかよ?」

 「当然よ。私やルナとは違って、この子は受肉したワケじゃないわ。ただ身体が小さくなっただけで、神聖な力はそのまま残ってる。三日三晩飛んでも疲れを感じるなんて事は無いわ」

 『ぴゅいっ!!』

 「へぇ……」


 そりゃ凄い。どう見てもチビフクロウなのに。

 アテナは俺の危機を何度も救ってくれた。今回の危機もまた救ってくれるのかもしれない。俺は名ばかり領主で領主らしいことは何もしてないな。これじゃセーレ領に居た頃と何も変わっていない。

 だけど一番大事なのは、この集落の人達の命だ。領主としてこの集落の危機を救わなくちゃいけない。その為なら俺はなんでもする。それがアテナの力を借りることになっても。


 「わかった。ミネルバの力を借りよう。ゲンバーさんに相談してみる」

 「うんうん。うちのミネルバは優秀って事を見せてあげる」

 『ぴゅいーっ!』



 アテナは、ミネルバの頭をウリウリとなでた。



 **********************

 


 「…………と言う事で、集落に連絡を取ってみます」


 俺はゲンバーに事情を説明した。

 ミネルバが手紙を運びこの状況を知らせること。ニケの集落の住人を受け入れる要請。それらを手紙に書き、麻糸で括りミネルバの足に結んだ。ちなみに結ぶときに少し触ろうとしたらツツかれた。残念。


 「だが、受け入れてくれるだろうか……」

 「ゴン爺ならきっと大丈夫だと思います。あの人は俺を受け入れてくれましたし……」

 「よしよし。お願いねミネルバ、集落はわかるわね?」

 『ぴゅいぃ』

 「よーし、行ってこーいっ!!」

 

 アテナがミネルバをウリウリなでると、ミネルバは天高く飛び上がった。

 しかも速い。まるでハヤブサのような速度ですぐに見えなくなった。


 「は、速い……」

 「当然だけど、あんなモンじゃないわよ」

 「そ、そうか……」


 あとはミネルバを信じて、こちらは準備を進めておく。

 ゴン爺ならきっと受け入れてくれると信じ、それぞれの家で荷造りを始めた。その間、俺は周辺の薬草を摘み、アテナは食べられる魔獣を狩り当面の食料を確保する。

 ミネルバが戻るまで最低でも五日は掛かる。その間に出来る事は何でもする。

 こんな事しか出来ないけど、これが俺の領主として出来る事だ。

 セーレ領では父上の後をなぞる事しか出来なかった。このマリウス領では俺の刻んだ軌跡がそのまま領主としての道になる。

 ミネルバが飛び立ち三日。亡くなった老夫婦の家を借りていた俺は、ルナのおしめを変えていた。

 ちなみに後で知った事だが、亡くなった老夫婦の男性はニケの集落の長だったそうだ。

 ルナのおしめを代える俺を、アテナが訝しげに見る

 

 「アロー、なんか嬉しそうね」

 「そうか?」

 「うん。へんなの」

 「あぅぅ、あははっ」

 「おぉよしよし、いい子だぞルナ」

 「あぅあ、あぅあ」

 「よしよし、ははは……」

 「やっぱヘンよあんた……」



 ミネルバが帰ってきたのは、この日から三日後だった。

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