第26話・重なる不幸
アーロンたちセーレ領住人たちは、秘密裏に動いていた。
ハオの町を、セーレ領を取り戻し、アローが帰って来るまで守り抜くと言う誓いの元、まずは元凶である現領主を討つことにしたのである。
「アーロンさん、我々の代表は貴方しかいない」
「そうです。ハイロウ様を、アロー様を支え続けた貴方が、この町を守るのに相応しい‼」
「それに、貴方はハイロウ様の親友······アロー様の名前だって」
アーロンは、町の有力者たちから言われ続けた。
ハイロウの息子アローの名は、親友であるアーロンの名をもじった物だと誰もが知っていたし、ハイロウとアーロンの信頼の証でもあった。
その事をハイロウから聞いた時の感動を超える体験を、アーロンはした事がない。
「······わかりました。このアーロン、ハイロウ様が愛しアロー様が帰るべき場所を守り抜くために、この身を捧げましょう」
戦意すら感じさせる瞳だった。
有力者たちは、その決意の重さと燃え上がるような瞳に、頼もしさを感じた。
アーロンを代表にした勢力は、水面下で動いていた。
現領主たちの横暴は止まらず、発掘作業員たちやアスモデウス家の警備兵たちの蛮行も勢いを増してきた。
それに耐えつつ、アーロンたちは準備を続ける。武器を集め、人手を集め、来たるべき日に備える。怒り、悔しさをひたすら溜めて。
そんな中、いくつかの知らせがアーロンに届いた。
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その知らせは、どちらも訃報だった。
1つ目は、ハイロウを陥れた医者が自殺した。
死因は毒死。診療所であり自宅でもある家で、アーロン宛に残された遺書を握りしめた状態でベッドの上で亡くなっていたそうだ。発見したのは看護師で、いつまで経っても降りてこない医者を起こしに行った所で発見された。
アーロン宛の遺書に記されていたのは医者の独白。
遺書には、友を手に掛けた苦しみ。アーロンに指摘された事への苦しみ。娘を残して死ぬ事への謝罪。そしてアーロンへの謝罪が綴られていた。
友を殺し手に入れた金で娘を医者にすると言う事実に、気付かないふりをして過ごしていたが、アーロンに指摘された事実は医者を追い詰め、自殺と言う手段にまで追い込んでしまったのだ。
だが、アーロンは後悔してない。医者がやったことは決して許されることではない。どんな理由があろうと、ハイロウを手にかけたのは事実なのだから。
もう1つの知らせは、夫婦の自殺だった。
その夫婦は、リューネとレイアの両親であり、セーレ家と最も深い付き合いをしていた夫婦であった。
リューネとレイアがアローを捕縛しに帰郷した際、変わり果てた姉妹の姿を夫婦は見て驚き、育ての親に一瞥すらせず、振り返りもせず自宅前を通り過ぎるリューネとレイアを見て、夫婦は本当に驚いていた。
そして一番驚いたのは、リューネとレイアがアスモデウス家の愛人となっていた事だった。
その噂は、たちまち町中を駆け巡った。
リューネとレイアは町でも人気の美少女姉妹だっただけに、その衝撃はかなりの物だった。
アローの頭を踏みつける姿を見ていた使用人とメイドはその事を町人に話し、リューネたちの心が既に離れてる事を知った町人たちは怒った。
その矛先は、リューネたちの両親に向いた。
噂され、指さされ、嫌がらせをされ、夫婦は少しづつ消耗していった。セーレを捨てた売女の両親と呼ばれ、リューネたちの父は仕事を失い、母は体調を崩して寝込んでしまった。
もちろん、この夫婦に何の責任もない。悪いのは宝石やサリヴァンに惹かれたリューネとレイアだ。
だが、そんなことは関係ない。両親というだけで夫婦は責められた。
そして、その仕打ちに耐えきれず夫婦は死を選んだ。
死因は焼死。自宅に火を放ち、夫婦やリューネたちが育った家の全てを灰にした。まるでこの世から全ての痕跡を消し去るような死に様だった。
そこまでの報告を聞いたアーロンは、罪のない夫婦の冥福を祈った。町人たちの憎しみの全てを受けた夫婦たちは、紛れもない被害者だった。
アーロンは改めて思う。ハオの町を取り戻し、アローを捜索するべきだろうと。
そして、来たるべき日がやって来る。
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早朝。
この日は発掘作業が休み。作業員たちは全員が宿舎で寝ている時間帯である。
町の武装した若い衆たちが、何人も宿舎に侵入して作業員たちを抑えた。突然の事で声も出せず、作業員たちは全員縄で縛られて檻馬車に監禁される。
早朝から町を回るアスモデウス家の警備兵を、腕に覚えるある町人たちが数人がかりで囲み、今までの仕打ちから我慢出来ず、警備兵たちをボコボコに殴り捕縛した。
反乱は静かに始まった。これらは全てアーロンが考えた作戦であり、物音を立てずに1つずつアスモデウス家に関わる場所を潰して回った。
警備兵の詰め所、作業員たちの宿舎、酔いつぶれた警備兵や作業員たちの集まる酒場など、反乱など考えていないアスモデウス家の兵士たちは、面白いくらい簡単に倒すことが出来た。
事態が発覚したのは、領主邸を守る警備兵が、ハオの町の住人たちが武器を持ち、大人も子供も老人たちも全てが立ち上がり領主邸を目指して歩く姿を見た瞬間だった。
数十台の檻馬車に乗せられた警備兵や作業員たち。そして叫び声を上げながら進む住人たち。
領主はこれが反乱と理解した。
気付いた時にはもう、領主邸の警備兵たちはほぼ取り押さえられていた。
領主は頭を回転させ、傍にいた護衛に告げる。
「おい‼ すぐにアスモデウス領に向かい、この事をサリヴァン様に報告しろ‼」
「で、ですが······この包囲網では」
「それくらい何とかしろ‼ 行け‼」
この護衛は領主に付きっきりだったので、住人たちからは顔が割れていない。なので平民の服に着替え、住人に紛れてハオの町から脱出し、馬を盗んでアスモデウス領へ向かった。
その事を知らずアーロンは領主邸の中へ。現領主と向き合う。
領主は何とか平静を保つ。仮にも、自分はアスモデウス家の人間であり、危害を加えることは出来ないだろうと思っていた。
「そうか、貴様······セーレ家の執事だな? 目的は何だ」
「はい。貴方たちはこの町から、いえ、この世から去って頂きます。これは私の、そして住人たちの総意です」
「ふ、ふざけるな‼ そんな事をすればサリヴァン様が」
「それが何か? 私達は戦います。ここはセーレ領······アスモデウス領ではないのですから、侵略者に対して抵抗するのは当然でしょう?」
「侵略だと⁉ ふざけるな、前領主アローのした事を忘れたのか‼ ヤツはアスモデウス家の重要書類を盗み出した」
「黙れ」
「っ⁉」
アーロンの放つ殺気に、領主もアーロンの護衛もたじろいだ。
「アローが盗み? アローがそんな姑息なマネをするような人間じゃない。オレとハイロウが育てたアローがそんなナメたマネするワケねぇだろうが‼」
執事としての仮面を捨て、ハイロウの前だけで見せた友人としての顔で叫ぶ。執事としてだけでなく、ハイロウの護衛として鍛えられたアーロンは剣を抜く。
「来るなら来い、サリヴァンだろうが貴族だろうが、このセーレ領を守るためなら何だってしてやる。ここはアローが帰る場所だ‼」
初老とは思えない迫力、そして隙のない構え。
領主はカタカタ震え、バルコニーまで下がり、手すりに手を掛けた。下には住人たちが集まり叫び声を上げている。
「アスモデウスは出ていけーっ‼」
「ここはセーレ領だ‼」
「何が鉱山だバカヤローっ‼」
剣を突きつけたアーロンは、バルコニーまで出てくる。
「最後に残す言葉は?」
「ま、待て、待ってくれ‼」
次の瞬間、領主の首が綺麗に切断された。
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ハオの町を取り戻し、アーロンは領主代行となった。
ハイロウの傍で仕事を支え続けたアーロンの手腕は見事な物で、住人の誰もが安心して暮らせるような町に戻った。
まず、捕らえた兵士達は解放せず領土内で働かせた。見せしめで処刑しろと言う案も出たが、それでは憎しみを生みアスモデウスと変わらないと言う事をアーロンが有力者たちに説明した。兵士達も人間。待ってる家族が居るかもしれないのだから。
町での奉仕作業を数ヶ月行わせ解放する予定だ。その采配が甘いと言う指摘もあったが、アーロンは決して譲らなかった。きっとハイロウならこうしただろう。
採掘業者たちは全員をアスモデウス領に帰した。
発掘した全ての鉱石を没収し、必要最低限の食料や水を持たせ、そのままアスモデウス領に送り返したのだ。アスモデウスの関係者とはいえ彼らはあくまでも民間人だ。
アーロンはアローが戻るまでの領主代行だ。
その事を誰よりも強く理解していたし、アーロン自身が領主に向いていないと自覚していた。
それに、おかしな事だか、アスモデウス領からは何の知らせもなければ使者も来ない。アーロンは戦力を集めいつでも戦える準備をしていたのに、拍子抜けだった。
油断はしないが、町の領主代行としての仕事も忙しい。アーロンは町が落ち着いたらアローの捜索隊を結成することも考えていた。
やるべきことはいくらでもある。アーロンは優しく微笑んだ。
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アーロンは知らなかった。
アスモデウス家は、セーレの反乱後すぐにハオの町に向けて軍隊を進軍させていた事を。
進軍してセーレ領に入った途端に、大量の中型魔獣の群れに襲われ、軍隊は壊滅状態。すぐさま撤退を余儀なくされた事を。
中型魔獣の『群れ』はセーレ領どころか、72の領土でも数えるほどしか発生したことはない。
それが山を荒らされた怒りによる魔獣たちの反乱なのか、それとも不幸が重なった結果なのかは分からない。
アスモデウス家は、セーレ領に向かう事すら出来なかった。
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