第四章・【アロー・マリウスの第一歩】

第27話・アテナの友達


 「はぁ……」

 「ねぇアロー、お腹へったー」

 「………」

 「アーーーローーーーー」

 「うっさい!! さっきリンゴ食っただろうが!!」

 「あんなのじゃ足りないわよー、お腹減ったー」

 「あーもう、我慢しろっての!!」


 俺とアテナとルナは、集落から1番近い集落に向かって歩いていた。

 平原は危険なので川沿いの森をひたすら歩くルートで、俺はルナを背負って歩き、アテナは周囲を警戒しながら歩く。とはいえアテナは警戒してるかどうか疑問だが。

 集落の名前は『ニケ』と言うらしい。地図にはそう書かれているが、書いてあるのはニケまでのルートで、それ以外は何も書かれていない。まるで未完成の地図だ。


 アテナはとにかく燃費が悪かった。

 食事は3人前は食べるし、手持ちの食料で足りないと勝手に狩りに出かけて獲物を獲ってくる。しかも解体は俺に任せてとにかく急かすし。

 コイツホントに女神か? ってくらい豪快に肉を囓るし。だけどたまに見せる横顔は気品がないでもない。何とも不思議なヤツだった。


 集落を出て2日。休憩を挟みつつ歩きながらニケを目指す。 

 マリウス領は辺境と呼ばれてるが、これじゃ辺境どころか未開の地だ。街道なんてないし、川沿いとはいえ森をひたすら歩くのは疲れる。


 「はぁ……ねぇアロー、魔獣が出ないんですけどー」

 「良いことだろ。こっちはルナが居るし戦闘なんてしたくない」

 「あのねー、それはルナが居るからに決まってるでしょ。ルナの幸運のおかげで魔獣に遭遇しないからつまんないんでしょうが。ねぇアロー、魔獣に会いたいーって願いなさいよ。きっと大型魔獣が群れでやって来るわ!!」

 「ふざけんな。中型魔獣ですら恐ろしいのに、大型魔獣なんて見たら卒倒するわ」

 「あぅー」

 

 ルナは大人しい。基本的に泣かず、泣くのはお腹が減った時とおしめが汚れた時だけだ。

 普段は俺の背中でスヤスヤ眠り、たまに起きると俺の背中をペシペシ叩く。

 

 「おぉどうした?」

 「あぅあ、あはは」

 「ははは、よしよし」


 この旅の癒やしと言っても過言ではない。

 俺はルナを守るためなら自分のことは二の次三の次だ。


 「あー!! あぁー!!」

 「ん? どした、おなか減ったのか?」

 「あぅぅ、あぁぁーーーっ!!」

 「違うのか? おしめか?」


 急にルナが暴れ出し、俺はルナを抱っこしてあやす。

 お腹が減ったワケでもないし、オシメでもない。どうしたんだ?


 「ほ~ら、よしよし」

 「あぅあ、あぅあぁーっ!!」

 「どうしたのかしら………あれ?」

 「わからん……ん?」

 「あぅあっ!!」

 「………あっちか?」


 何だろう、ルナの手が森の奥を指してる気がする。

 川沿いのルートから少し外れた先を一生懸命見てるような、そんな気がする。


 「アテナ、ちょっとあっちに行こう」

 「ええ、私もなんか気になるのよね……何か、懐かしいような」



 アテナも何かを感じてるのか、ルナと同じ方向を見ていた。

 


 **********************

 


 森の奥に進み、少し開けた場所に出た。

 とはいえ何かがあるワケでもない。生い茂った草に僅かな水たまりがあるだけ。周囲を見渡すが特に何かを感じることも無かった。


 「ここか?」

 「あぅぅ」

 「………この感じ、まさか」

 

 アテナがそう言った瞬間、何かが上空から飛んできた。俺は咄嗟に反応できず、その物体の接近に為す術もない。魔獣ならアテナがいるし大丈夫と思ったが、アテナはその物体の接近を普通に許した。

 

 「おいアテ……」


 アテナを呼んだが間に合わなかった。

 その物体は俺の頭上……いや、俺の頭の上に着地した。

 重さは殆ど感じないが、爪のような物が引っかかる感触があった。


 「やっぱり、ミネルバっ!!」

 「お、おいアテナ、何だよ一体っ!?」

 

 アテナが近づき俺の頭に手を伸ばすと、頭上の感触は消え、アテナの手に白い物体が乗せられていた。


 「なんだそれ…………フクロウか?」

 「私の親友のミネルバ。まさか地上に降りてきた、いえ……巻き込まれたの?」

 《ぴゅい、ぴゅいい》

 「そっか……ゴメンね、私のせいで」

 《ぴゅぅぅ、ぴゅい》

 「うん。ありがとう……」


 それは、白い赤ちゃんフクロウだった。

 両手で包み込めそうなサイズの小さなフクロウが、アテナと会話?してる。

 ルナが気にしてたのはこのフクロウのことなのだろうか。


 「あ、こいつはアロー、一緒に旅してるの。口うるさいけど良い奴よ」

 「おい」

 《ぴゅいい》

 「ふふ、心配ないわ。これからは一緒よ」

 「おーい、アテナさーん」

 「あ、紹介するわアロー。この子はミネルバ、私の神界での親友よ。まぁその、巻き込まれたの」

 「被害者その2か。いや、被害鳥か」

 「う、うっさい!! どうやら私を探してたみたいで、ルナに感謝しないとね」

 《ぴゅいぃぃ》


 ミネルバはパタパタ飛ぶとアテナの肩に着地した。

 何ともまぁ可愛らしい。首をクリクリ捻って俺を見てる。


 「これからはこの子も一緒よ。うりうり」

 《ぴゅぅぅ……》

 「か、可愛いな。俺にも触らせてくれよ」

 《ぴゅいっ!!》

 「いっでっ!?」


 人差し指を伸ばしたら、なんとこのフクロウ、俺の指に噛みついた。

 痛みはそんなになかったが、思わず驚いて指を引っ込めてしまった。


 「あはは、ミネルバは私にしか懐かないわよ。ねー」

 《ぴゅいー》

 「ぐぬぬ……」

 

 なんか悔しい。丸っこくてフワフワしてそうで俺もウリウリしてみたいな。


 「ルナはこのフクロウを察知してたのか?」

 「多分ね。きっとあんたにとっても幸運に繋がるからだと思うわ。それに私の大事な親友だし……ありがとね、ルナ」

 「あぅ」

 《ぴゅいい》



 こうして、俺たちの旅に新たな仲間が加わった。



 **********************



 白い赤ちゃんフクロウのミネルバ。

 小さいが飛ぶ力は強く速い。エサは自分で獲ってくるし、普段はアテナの肩の上でのんびりと過ごしてる。たまに俺をバカにしたように頭の上に着地してアテナを笑わせたり、姿が見えないと思ったら上空を旋回したりしてた。


 「ミネルバは頭がすっごくいいの。身体は小さいけど狩りも上手なのよ」

 「へぇ~……」

 

 川沿いで野営の準備をしながら、俺は空を見上げた。

 旅の荷物はアテナが背負い、俺がルナを抱っこしてリュックを背負う。馬でも居れば良かったんだが、馬は貴重で集落には各家庭1匹ずつしか居ないので借りれなかった。

 どの道そこまで長旅じゃないし、体力には自身があるから大丈夫だしな。


 「アロー、魚獲ってくる!!」

 「お、おい……って!?」

 

 アテナは服を脱ぎ捨て、下着姿で川に飛び込んだ。

 胸を覆うさらしに、際どいラインまで見えそうな腰布だけの姿で、剣を持ってふわりと舞う。

 いつもの活発な笑顔ではなく、静かな微笑を浮かべて川の中央で佇む姿は、俺の知ってるアテナじゃない。

 

 「……」


 何度か剣が振られた。すると、川岸に20センチほどの魚が飛んできた。

 どうやら足下を流れる魚を剣で打ち上げたらしい。そんなこと普通は出来ない。


 「ふぅ、こんなもんね。ついでに水浴びしよっと……アロー、こっち見ないでね!!」

 「あ、ああ……」


 俺は魚を回収し、そそくさと離れる。

 下着姿で水と戯れるアテナは、銀髪を滴らせ輝いて見えた。


 「………う」


 パチャパチャと背後で水音がする。アテナが裸で水を浴びてると思うと、もの凄くドキドキした。

 食事の支度をして気を紛らわせる。魚を捌き、内臓を抜いて串に刺してると、頭の上にミネルバが着地した。


 《ぴゅいっ!!》

 「な、なんだよ」

 《ぴゅいーっ!!》

 

 パサパサと羽ばたいて頭の上で暴れる。

 うっとうしくなり掴もうと手を伸ばすと、スルリと躱された。


 「あはは、あんたが覗かないように見張ってくれたのよ。ありがとねミネルバ」

 《ぴゅい》

 「おい、誰が覗くって?」

 「あら? 興味津々だったんじゃない?」

 「…………」


 俺は否定できなかった。なので調理を再開する。

 アテナが笑っていたが俺はその顔を直視出来なかった。


 「きゃはは♪」

 《ぴゅいーっ!!》



 ルナとミネルバは、いつの間にかじゃれ合っていた。

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