第24話・不幸の始まり
「落盤により閉鎖が9件、魔獣の出現により閉鎖が5件。この2週間でアスモデウス領の鉱山は14件の閉鎖に追い込まれました……」
「……そうか。わかった、下がれ」
サリヴァンは、頭を抱えていた。
アスモデウス領に存在する鉱山は82件。その内14件がいきなり閉鎖に追い込まれたのである。
今まで鉱山を掘り進め、魔獣なんて出たことがなかったのに、突如として『ブラックモール』というモグラの中型魔獣が群れでやって来たのだ。
「………全く、ついてないな」
頭を抱えたが、どうにかなる物ではない。
それに鉱山のアテはセーレ領にもある。ここで気落ちしても仕方ないと頭を切り換え、サリヴァンは執務を再開した。
「失礼します!! さ、サリヴァン様!!」
「どうした騒々しい……」
「も、申し訳ありません!! 実は……」
「ん?」
息を切らせて入ってきたのは、サリヴァン付きの文官だった。
最近、アスモデウス本家の当主となったサリヴァンは執務に追われていた。サリヴァンが当主になった途端、問題が多く出てきたのだ。
この慌て方は碌な事じゃないと、サリヴァンは心の中でため息を吐く。
「先ほど入った連絡ですが……セーレ領で反乱が起きました!! 前領主アローを出せと町ぐるみで暴動が起き、常駐の兵士達は捕らえられ、領主代行のレノバンが……殺されました」
「何だと!?」
その報告は、サリヴァンの予想を遥かに超えていた。
セーレ領ハオの町には、サリヴァンが派遣した採掘業者も数多く常駐している。
「採掘業者はどうなった!!」
「それが……発掘先の鉱山で魔獣が発生したようで、何人かが犠牲に。それに合わせて暴動が発生したので、採掘業者は一斉にアスモデウス領に帰還しました……」
「バカな……」
暴動。そして魔獣の出現。
こんな偶然がいくつも重なり、サリヴァンにとって事態は悪い方向に流れていく。まるでアローが残した呪いのようにサリヴァンは感じた。
「………仕方ない。アスモデウス領から軍を派遣して事態を沈静化させろ。そしてそのまま鉱山の魔獣を討伐させる」
「は、発掘業者は如何致しましょう?」
「……これも仕方ない。民間の業者を対象に入札を行え。優先すべき発掘だ、費用が掛かるのは仕方ないが……先行投資と思えば良い」
「か、畏まりました」
文官は急ぎで部屋を後にした。
アスモデウス本家が抱える発掘業者と、民間の発掘業者では払う金額は全く違う。予想外の事態が続くことに、サリヴァンは頭を抱えた。
「……本当に、ついてない」
サリヴァンの不幸は、始まったばかりだ。
**********************
「ねぇアミー、昨日見たお芝居のことなんだけど」
「はい!! すごくステキでした。まさかピュエル伯爵とリエラ侯爵婦人が愛し合っていていたなんて……」
「ふふ、アミーもだいぶ馴染んで来ましたね」
「そ、そうでしょうか……」
今日のお茶会は珍しく3人だけ。リューネとレイアとアミー、そして給仕のモエだけだ。
彼女たちは宝石やアクセサリーの新作の話をしたり、昨日見たお芝居について熱く語っていた。
「ねぇアミー……まだ思い出せないの?」
「……すみません、さっぱりで……」
「いいんです。焦らずゆっくり思い出せば」
「リューネ様、レイア様……ありがとうございます」
リューネとレイアは、人懐っこいアミーを可愛がり、時間があればショッピングやお茶会に誘ったり、お芝居や演奏会に連れ出した。
他の愛人達は、貴族婦人らしくないアミーの性格を疎ましく思い始め、同じ平民出身のリューネとレイアたちも省くようになっていった。
いつの間にか、愛人達の中でも差別化が始まり、誰がサリヴァンに1番愛されているかなどで、よくケンカするようになっていた。
「はぁ、サリーってば最近忙しいみたいで愛してくれないのよね」
「仕方ないです。サリーはアスモデウス本家の当主になったんですから。忙しくて当たり前です」
「そうね……」
そんな話を聞きながら、モエは紅茶のおかわりを煎れる。
サリヴァンが当主になった事により、愛人達が産んだ子供の中で、誰が後継者になるかでも揉めることが多くなっていった。
表面では仲のよい愛人夫妻として振る舞っている。だがリューネとレイアもサリヴァンとの子供を欲しがっている。そのことをモエは理解していた。
「…………」
気持ち悪い。モエはそう感じた。
リューネとレイアの姿は変わった。厚く塗られた化粧、身体を彩る宝石やアクセサリー、煌びやかなドレス。最近は美味しい物を食べているせいか、肌艶もよく体つきも女らしくふっくらしてる。
セーレ領でアローと過ごしていた健康的な少女の姿は微塵も無い。そこに居たのはアスモデウス本家の愛人という貴族もどきだった。
「モエ、クッキーのおかわりを頂戴」
「……畏まりました」
向けられた笑顔は、醜悪なバケモノに見えた。
**********************
仕事が終わり、モエは自室に戻ってきた。
服を脱ぎ捨て、下着のままベッドに寝転がる。
空虚な毎日を過ごしているが、これと言って変化はない。
「………アミー」
「呼んだ?」
「えっ!?」
ベッドから起き上がると、入口のドアにアミーが立っていた。
「油断しすぎよ? 私に気が付かなかったのかしら……?」
「……っ」
「ふふ、そんなに睨まないの。可愛いわねぇ」
「……貴女は」
「安心なさい、事態は少しずつ動き始めたわ。まだ時間が掛かりそうだけどね」
「え……」
不幸と絶望の女神アラクシュミー。
そう名乗った記憶のない女性は、楽しそうに告げる。
もちろん記憶がないなんて嘘だ。その容姿でサリヴァンを誑かし、このアスモデウス本家に入り込んだ、ある意味暗殺者よりやっかいな女。
「私の栄養は絶望と不幸。少しずつ、少しずつ味わうわ……」
「不幸……まさか、愛人夫妻たちの諍いも……」
「まぁ私の影響ね。ふふふ、みーんないい味出してるわよ?」
「……」
「ここにフォルトゥーナが居れば私の力は相殺されるんだけどねぇ。残念だけどみんな不幸になるばかり……」
「フォルトゥーナ……愛と幸運の女神?」
「そう、多分だけど……脳筋女のアテナといるでしょうね」
「戦いと断罪の女神アテナ……」
「ふふ、詳しいのね」
「別に。それより、本当にアスモデウス本家はなくなるの?」
「ええ。時間は掛かるけど、少しずつ衰退を始めるでしょうね。ふふふ……じっくり味わわせて貰うわ」
舌舐めずりをするアミーは妖艶な笑みを浮かべる。
その笑みが頼もしくあり美しいとモエは感じていた。
「貴女はゆっくり傍観してなさい。そして、全てが終わったらアローに報告すればいい。もしかしたら……元に戻れるかもね」
「……」
その言葉が希望となり、モエの心を薄暗く照らす。
だが、モエは気が付いていなかった。
自身もまた、女神に魅入られている事に。
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