第三章・【アテナとルナ】
第19話・アテナ
俺は、妙なポーズを決める少女アテナを見た。
顔立ちはメッチャ美少女で、勝ち気な表情がなんとも似合う。そして長く腰下まである銀髪はキラキラ光り美しい。服装はどこか貴族のようなシルクのシャツにミニスカートという組み合わせだ。
正直、どこかの貴族令嬢と言っても過言ではないが、こんな場所に居るべき少女じゃない。しかも赤ん坊を連れて。
「………」
「とにかく、オナカ減ったから食べ物ちょうだい。それにルナにもご飯あげないといけないし」
「る、ルナ?……この子か?」
「そーよ。『愛と幸運の女神フォルトゥーナ』っていうんだけど、長いから私はルナって呼んでるのよ」
「へ、へぇ~……」
俺はキャッキャと笑う赤ん坊を見つめながら思った。
この子たちはちょっとアレな感じの子だ。うん、間違いない。
「ねぇ、貴方の名前は?」
「え、ああ。俺はアローだ、アロー・マリウス」
「アローね。私が地上に来て出会った人間第一号かぁ、よろしくね」
「は、はぁ」
「とーにーかーくっ!! まずはご飯ちょーだい、聞きたいことがあるなら教えてあげるから」
確かに、こんな場所に居たら危険だ。
中型魔獣の脅威は去ったけど、早く魔獣避けの木の内側に戻った方がいい。それに、どんな事情があるか知らないけど、赤ちゃんが居るならなおさらだ。
「じゃあ、俺の家に行くか」
「おっけ、案内よろしくね、アロー」
このアテナとかいう少女、なんでこんな場所に居たんだろう。降りてきたとか言ってたけど。
まぁ今はいい。俺も走って疲れたし、まずは朝食にしよう。
俺は赤ちゃんのルナを抱っこしたまま、家まで歩き始めた。
**********************
けっこう走ったので、魔獣避けの木まで数分で到着した。
無事に我が家に帰ることが出来て安心していると、アテナが言う。
「ここがアローの家?……ふーん、けっこう広いじゃん」
「そりゃどうも。俺も出会ってまだ1日目だけどな」
「そーなの?」
「ああ、いろいろあってな。とにかくメシにしよう」
「やった、早く早く!!」
「わかったから落ち着けって」
なんとなく、この少女相手にはタメ口で行くのが正しい気がした。
現に、アテナも気にしてないし、俺もしっくりくる。このままで行こう。
「さ、どうぞ」
「おっじゃま~」
家の中に入り、赤ちゃんをアテナに渡す。
「ちょっと待ってろ」
俺はキッチンに向かい、かまどに火を付ける。
大きな寸胴鍋には野菜たっぷりスープが入ってる。干し肉もあるし、今日の朝ご飯はこれで決まりだ。
いい感じに暖まってきたので、俺とアテナのスープをよそう。
「なぁ、赤ちゃんは野菜たっぷりスープって平気か?」
「大丈夫でしょ。あ、野菜は細かく刻んでね」
「ああ、じゃあ……」
俺は小さな小皿に野菜スープを盛り、スプーンで野菜を細かく潰して刻み、食べやすいサイズにする。
赤ちゃんのことは詳しくないけど、これだけ細かく刻めば食べるだろう。
「お待たせ、まずは赤ちゃんからだな」
俺はアテナの隣に座り、小さな小皿とスプーンを持つ。
スープをよそうと、アテナがスプーンをひったくる。なんだよ一体。
「ふふふ、私に任せなさい。姿は変わってもルナはルナ……私の可愛い妹ちゃ~ん、ごはんでちゅよ~」
「ぶふっ……」
赤ちゃん言葉になってやがる。というか妹なのか、ますます事情がわからない。
ルナの口元にすり潰した野菜のスープを近付けると……やっぱな。
「やぁぁ、やぁぁ」
「あ、こらルナ、好き嫌いはダメだっての、ほら!!」
「やぁーーーっ」
「も~~っ!!」
「お、おい止めろって、嫌がってるだろ」
「じゃあどうすんのよ!! 干し肉でも口に突っ込めばいいの!?」
「んなワケあるか。虐待だぞ……よし、ここは俺が」
「はぁ? 私に出来ないのよ、あんたが出来るワケないじゃない」
「んだとこの野郎」
何だろう、だんだんアテナの態度が馴れ馴れしくなってきた。もしかしてこっちが本性なのかな。
「とにかく、貸してみろ」
「ふん、どーぞ」
俺はアテナからルナとスープを貰う。
とりあえずスープを置いて、ルナを抱っこして安心させた。
「いい子だ、よ~しよし……」
「あぅぅ、あぁ」
何か可愛いな。
俺は舌を出してみたり、変顔をして笑わせてみた。
少しは警戒心が解けただろうか、試しにスープをよそってみた。
「ほ~れ、おいしいぞ~」
「あは、あはは」
「あ~~~ん、ぱく」
「あ~~ん」
お、食べた。しかも美味しいのか微笑んでる。
口をモグモグ動かし、こくりと飲み込んだ。
「来た来た、おいアテナ見ろよ、ちゃんと食べたぞ」
「そーね……んぐ、っぷは。ねぇこの干し肉もっとない? これじゃ全然足りないわ」
「………」
アテナは、スープを完食し干し肉を囓っていた。
なにコイツ、俺の苦労を無視して1人で食ってたの?
「はぁ~……ごちそうさま。お腹いっぱい」
「………お前、ふざけんなよ?」
ヤバい、コイツマジでムカつく。
「ほら、さっさとルナにご飯あげてよ。それと食後のお茶もちょーだい」
「ンなモンあるかっ!!」
アテナの第一印象は、失礼な大食らいだった。
**********************
食事が終わり、俺は干し肉を囓る。
アテナはルナを抱っこしてた。
「で、アテナ。なんでお前はあんなとこにいたんだ?」
「だーから、降りてきたばっかって言ったじゃん。運悪く中型魔獣の背中に降りちゃって、追っかけられたのよ」
「………う~ん」
「何よ、信じてないの?」
「いや、その……女神だっけ」
「そうよ、私は『戦いと断罪の女神アテナ』よ。さっきも言ったじゃない」
それは知ってる。72の地域じゃ知らない人は居ないくらいメジャーな女神だ。
最も、デヴィル大陸では司法を司る女神として扱われてる。裁判などでは公平の証として女神アテナに祈りを捧げることもあるしな。
「………う~ん」
でも、コイツが女神ねぇ。
確かに、中型魔獣を一刀両断したのは驚いた。あんなの普通の人間には出来ない芸当だと思う。
「仮に、お前が女神アテナだとしたら、なんで地上に降りてきたんだ?」
「そ、それは……その、え~っと」
「言えないのか?」
あからさまに目を逸らした。
何かを隠してるな、っていうかわかりやすすぎる。
「まぁその、いろいろあったのよ。あは、あはは……」
「………」
「う、べ……別にいいでしょ!! ちょっと至高神様のお社でつまみ食い……」
「は? つまみ食い?」
「あ、いや……」
別にアテナの事情なんてどうでもいいけど。
でもまぁ、何かほっとけない。ルナがいるからだろうけど。
「まぁいい。それで、これからどうするんだ、行く当てはあるのか?」
「そんなのないわよ、来たばっかだし、ルナはこんなだし、このまま寿命が尽きるまでここにいるわ」
「は? 寿命が尽きるって……」
「そのままよ、死ぬまでここにいる。どーせ帰れないしね」
「おいおい、何言ってんだよ。お前はともかくルナが可哀想だろ」
「ちょ、お前はともかくって何よ、言い方ムカつくんですけど」
ワケが分からない。
コイツの事情がわからないと、話がちんぷんかんぷんだ。
それに、死ぬとか言ってるし、嘘か本気かも読めない態度だ。
「なぁ、マジで事情を話せよ。俺もこの集落に来たばかりだし、力を合わせようぜ」
「………」
何となく、コイツも望んでここに来たワケじゃないのがわかった。
ほっとけない気持ちになったのは、境遇が似てるからだろうか。
「わかった。ただし……笑わないこと、そしてあんたの事情も話すこと」
「いいぜ、だけど聞いてもつまんないぞ?」
「それは私が判断する、いいわね」
「はいはい、じゃあそっちからどうぞ」
「う……」
アテナはため息を吐くと、恥ずかしそうに言った。
「……その、つまみ食いしちゃって、罰として落とされたの」
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