第18話・運命の出会い
しばらくゴン爺の家で話していると、外がガヤガヤと騒がしくなってきた。
「お、来たのぅ」
ゴン爺がそう言うと、バタンとドアが開き、何人もの人間が流れ込んできた。
さすがに驚いて見ると、ジガンさんがレナちゃんを抱っこして前に出る。
「すまない、宴など久しぶりだからな。皆が総出で家を修復してこんなに早く終わってしまった」
「ほっほっほ、実にいい事じゃないか。さぁて、宴の準備じゃ‼」
えーと、俺の住む家をみんなで直して来たのか。
要は、宴を早くやりたいから、みんなでチャッチャと終わらせようぜってことね。
人数は30人ほど。男女半々といった所で、子供は5人しかいない。
しかもみんな小さい。最高齢でも6歳ほどだろうか、あとはみんな3〜4歳ほどだ。
家が横長なので、テーブルをいくつか足せばそのまま全員が座れ、それぞれが持ち寄った料理や酒を並べ、ゴン爺の奥さんが小皿を並べる。
俺は上座に座らせられ、カップに酒を注がれ持たされる。
「さてアロー、集落の仲間に自己紹介じゃ」
ゴン爺が言う。
俺は立ち上がり、恥ずかしいけど自己紹介する。
「えーと、俺はその、アロー・セーレ、じゃなくて······アロー・マリウスです。名目上は、このマリウス領土の領主ということになってます。けど、何も知らないただの子供なので、これから精一杯生きて行こうと思います。これからよろしくお願いします‼」
少しつっかえたが、なんとか挨拶できた。
顔を上げると、みんなが拍手で迎えてくれる。
「さーて、あとは無礼講じゃ‼ 飲んで騒いで歌って、みんなでアローを歓迎しようじゃないか‼」
ゴン爺が言うと、オォーッと歓声が上がる。
あとはとにかく飲んで騒ぐ。
「ようアロー、ワシはドンガンだ。この集落で最高の鍛冶屋をやっとる。いい鉱石を見つけたら持ってこい‼」
「は、はい」
酒くせぇ。
ドンガンと名乗ったおじさんは、真っ赤な顔で俺と肩を組む。
圧倒されていると、今度は反対側から引っ張られる。
「ちょっとドンガン、独り占めしないでよ。はじめましてアロー、あたしはヌイヌイ。魔獣の毛皮や素材で服や小物を作ってるの。これからよろしくね」
「ははは、はぃっ⁉」
「んふふ、可愛いわねぇ〜」
ヌイヌイさんは30歳くらいだろうか。
柔らかい胸に俺の顔を押し付ける。メッチャ柔らかい。
するとまたしても声が掛かる。
「ヌイヌイ、離してやれ。窒息したらどうする?」
「その時は貴方の仕事よ。ふふふ」
「ぷはっ⁉」
ようやく開放され、俺は声の主を見る。
そこに居たのは、酒のカップを静かに傾ける、ダンディなヒゲのオジさんだった。
「······オレはドクトル。医者だ」
「は、はじめまして。アローです」
「ああ、よろしくな。死なない限りは治してやる」
ドクトルさんはカップをクイッと傾ける。
その姿はキマってるけど、狙ってんのかな。
集落の住人全てと挨拶し、俺は串焼きを齧る。
それにしても個性的なメンツばかりだな。でも、みんないい人ばかりだ。
こうして、宴は遅くまで続いた。
********************
宴がお開きになり、俺はジガンさんに案内されて、これから住むことになる家に向かった。
ジガンさんの手にはランプがあり、それを作ったのはヌイヌイさんだという。手先が器用なんだな。
「ここだ」
「おぉ······」
場所は集落の外れ。ゴン爺の家みたいに横長で、家の近くに川が流れてる。荒れてはいるが畑もあり、手入れすれば使えそうだ。
「数年前に家族が住んでいてな、今は使われていない。柱や床板もしっかりしてるし、立て付けの悪くなった部分を交換して掃除をした。ベッドも使えるから今日は休め」
「······何から何まで、ありがとうございます」
「気にするな。それと、これからのことをちゃんと考えろ。この集落で生きていくなら力になろう」
「ジガンさん······」
ジガンさんは、干し肉やスープの入った寸胴鍋を置いて帰った。
俺は家に入り、間取りを確認する。
家族が住んでいたということなのか、部屋は三部屋。
メインの居間に寝室、そして子供部屋だ。
居間は暖炉も付いてるし、家具も一通り揃ってる。寝室には大きなベッドが設置され、シーツや枕も新品になってた。
子供部屋は何もない。予定がなければ物置にでもしよう。
俺は寸胴鍋をキッチンに置き、干し肉を一枚取り出して齧る。
満腹なのと宴の疲れで、フラフラと寝室へ向かった。
「········寝よ」
装備を外し、服を脱ぐ。
柔らかいベッドにダイブし目を閉じる。
すぐに睡魔に襲われ、俺は眠りに落ちた。
********************
翌朝。俺はまだ暗い内に起きてしまった。
疲れはあったのに、慣れない環境からか睡眠が浅い。
背伸びしてベッドから起き、無意識で剣を腰に差して外へ。
コキコキと首を鳴らし、川の近くまで行ってしゃがむ。
そのまま両手で水を掬い、顔を洗った。
「······っぷはぁっ‼」
冷たくて気持ちいい。
刺すような感触に、眠気が吹き飛ぶ。
「······よし‼」
気持ちを入れ替え、前を向く。
まずは、このマリウス領土のことを知らなくてはならない。
生きるために、やるべきことはたくさんある。
この場所は集落の外れだからか、見回しても民家がない。あるのは集落を流れる川と田畑だ。
背後には魔獣避けの木が並び、その先は危険地帯の森だ。いくら魔獣避けの木があっても、正直なところ怖い。
まずは、出来る事を探すため、ジガンさんの所へ行こう。
「い〜〜〜や〜〜〜っ⁉」
すると、危険地帯の森から声が聞こえてきた。
********************
「······え、声?」
俺は思わず振り返る。
確かに、女の子らしき声が聞こえてきた。よね?
危険地帯の森の奥から、女の子の悲鳴。あり得ないだろ。
「死ぬ死ぬ死ぬ〜〜っ⁉」
あ、やっぱり聞こえた。
それに、ドスンドスンと地響きまで感じる。
マズいな、ここは集落の外れだし、助けを呼ぶ時間がない。とはいえ、俺が行っても······なんて、言ってる場合じゃないな。
「······待ってろよ‼」
見捨てたくない。その思いが俺の身体を動かした。
********************
魔獣避けの木を抜け、俺は声のした方向を見る。
木がなぎ倒された痕跡を見つけ、慎重に、急いで後を追う。
「マズい······どんどん集落から離れてる」
どうやら声の主は、俺の家の近くを通り過ぎ、そのまま集落の反対側に走って行ったらしい。
ズンズンと地響きはする。近いのは間違いない。
どうやら魔獣は弧を描くように進んでる。
なので、先回りするために直進して進み、おおよその位置まで藪を掻き分けて進むと······来た‼
俺は藪に隠れ、様子を見た。
「こっち来ないでよぉ〜〜っ‼ このバカトカゲ〜〜っ‼」
白い包みを抱えた銀髪の少女だ。
そして、彼女を追っているのは巨大なトカゲ。
長さ20メートルはある、ツルツルした皮膚の化物だ。
「ちゅ、中型魔獣······⁉」
どうやら少女をエサと思ってる。
どうしようと迷い、俺は足元に落ちていた石を拾った。
もし、これをトカゲに投げれば、注意が俺に向くかもしれない。そして俺に標的を変えるかもしれない。
そうすれば、少女は逃げられるかもしれない。
「へ·······死ぬかもな」
トカゲとの距離は、10メートル。
俺は立ち上がり、全力で石を投球した。
「おぅらっ‼ こっちだこのバケモノトカゲっ‼」
『ギィッ⁉』
なんと、石はトカゲの目に当たった。
運がいいのか悪いのか、トカゲは俺に向き直る。
「逃げろッ‼」
少女に向かって叫ぶ。
俺は少女と反対側に逃げだし、案の定トカゲも標的を変更した。
後は、俺が逃げるだけだ。
********************
俺はひたすらダッシュした。
来た道を引き返し、魔獣避けの木まで進む。
そこまで進めば、俺の勝ちだ。
そう思っていた時期が、俺にもありました。
「は、速いっ⁉」
ドスンドスンといった速度から、ドドドドという速度に変わった。
どうやら俺は、トカゲの怒りを買ったらしい。
二足歩行と全力の四足歩行ではあちらに歩がある。しかも藪は走りにくいし、どうしてもスピードが落ちる。
「ちくしょうっ‼」
このままだと、食われて死ぬ。
魔獣避けの木まではまだまだ距離がある。
腰にある剣のことなんて、考えもしなかった。
「ねぇアンタっ‼ 武器持ってるでしょっ‼」
「なんでここに居るんだよぉぉぉーっ⁉」
少女が、先回りして俺の隣に来た。
両手で白い包みを抱いた少女は、俺の腰に注目してた。
「武器、貸してっ‼」
「はぁぁっ⁉ いいから逃げろっての、この先に魔獣避けの木があるからそこまで進めばっ‼」
「あーもう、いいから貸しなさいっての‼ あとこれヨロシクっ‼」
少女は白い包みを俺に渡し、腰の剣を勝手に抜いた。
そしてそのまま振り返り、トカゲと対峙する。
「へぇ、軽いけどいい剣ね。よく切れそう」
トカゲの突進は止まらない。
俺も止まり、思わず振り返る。そして叫んだ。
「逃げろーーーっ‼」
ズバン‼ と空気が振動した。
********************
叫んだ俺は、目の前の惨事から目を背けようと目を閉じていた。恐らく少女は丸呑みされたのだろう。
白い包みを抱きしめ、次は俺の番だと覚悟をした。
「コレ返す。ありがとね」
そんな声が聞こえてきた。
俺は恐る恐る顔を上げる。するとそこには。
「はい、これ」
剣を付き出す、銀髪の少女がいた。
その背後には、縦にスッパリ両断されたトカゲがいた。
俺は呆然としながら立ち上がり、剣を鞘に収める。
「······キミが、やったのか?」
「まぁね。素手じゃ力は出せないけど、武器を持てばあんなトカゲ敵じゃないわ」
森から差す光が少女を照らす。
美しくも逞しい姿は、まるで女神のようだった。
「それと、苦しそうだし、あんまり強く抱き締めないでよね」
「へ?······あ」
「あぅ〜」
俺は白い包みを見た。
それは、生まれたばかりの赤ちゃんに見えた。
「はぁ〜······ねぇ、何か恵んでくれない? 実はさっき降りてきたばかりで、お腹減ったのよ」
「お······降りてきた?」
「うん。そうね······あんたはいい人そうだし、命懸けで助けてくれた恩もあるしね。教えてあげる」
少女はビシッとポーズを決め、高らかに自己紹介をした。
「あたしは『戦と断罪の女神アテナ』よ。よろしくね」
こうして、俺はアテナと出会った。
これから先、アテナと共にマリウス領土で起こる事件や問題に首を突っ込んでいく。
マリウス領土だけじゃない。
サリヴァンのクソったれ、リューネとレイア、そしてモエ。奴等への復讐も忘れない。
超辺境の領主として、ようやく俺は歩き出した。
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