東京とトウキョウ

月詠 キザシ

渋谷、シブヤ


この世界の終わりはどこなのだろうか。

なんて下らないことを考えながら電車に揺られる。

電車に乗ってるのは僕一人。

もう少し。

もう少し…。

『まもなくシブヤ。シブヤ。終点です。』

無機質な声が車内に響く。

世の理から外れてしまうとこうも何もかもが違うのか。

音もなく開いたドアの外にすら誰もいない。

静かな駅構内。

改札は開きっぱなしになっている。

外に出ようと上へ上へと階段を登っていくとやっと空が見えてきた。

真っ暗な空。

雨が降っている。

傘なんか持っている訳もなく、僕は雨に打たれながら渋谷の街を歩いた。

歩いて、歩いて、歩き回った。

でも何も見つからなかった。

誰もいない。

静かで真っ暗なこの街は、まるで僕の未来を象徴しているかのようだ。

そこら中にある硝子のショーウィンドウに僕の姿は映らない。

もう自分を無くしてしまってから随分経つけれど、こんなに探し回ったのは初めてだったかもしれないな。

それにしてもなんで何も見つからないんだ?

僕は、どこに行ってしまったんだ?

探し始めるのが遅すぎたのかな?

空は未だに号泣している。

泣けなかった僕の代わりに泣いてくれているような気がした。

びしょ濡れになったって構わない。

だってこれは僕が流すべきだった涙なのだから。




どれくらいそうしていただろう。

僕は立ったまま空を見つめていた。

ふと我に返る。

雨は先程よりも少し、小降りになっているようだった。

僕はまた僕を探すために歩き始めた。

すると、目の端になにか影を捉えた気がした。

流石に走ったさ。

何年ぶりに走ったかな?

影は車道のど真ん中にある硝子のショーウィンドウに消えていった。

こんな所にショーウィンドウがあったら危ないのでは?と思ったけど直ぐにその考えはなくなったよ。

だって車なんて、今ここに存在していないのだから。

僕はそのショーウィンドウの前に立ってみた。

するとどうだろう。

僕の姿が、しっかりと映っていたんだ。

驚いたよ。

ちゃんと、人間の形をしていた。

『見つかっちゃったね』

ショーウィンドウの中の僕は僕を見て言った。

悪戯っ子みたいな顔してさ。

僕も負けじと言い返した。

「見つけたよ。君が本当に、僕ならばの話だけれどね」

『僕は君さ。そして君は僕だ』

「何故そんなこと言えるんだい?」

『見ればわかるだろう?』

「…僕はもう、自分の姿を覚えてはいないよ?」

『そんな事ないさ。さっき僕を見た時に君は思ったじゃないか。「僕の姿が、しっかりと映っている」ってね』

「………」

『まだ手遅れじゃあない』

「…でもね、僕は僕を見つけて…何がしたかったのか分からない」

『見つけただけでも素敵な事さ』

「…僕は、どうしたらいい?」

『泣けばいい』

「…え?」

『ほら、上を見て』

僕は、僕の言う通り上を見た。

さっきまで降っていた雨は、もう止んでいた。

唯々、真っ暗な空間が僕の頭の上で大きく口を開けているだけだ。

「…呑み込まれてしまいそうだ」

『そうならない為に、今度はちゃんと君が泣くんだよ』

「僕が泣けば、この黒いのに呑み込まれなくて済むのかい?」

『さぁ?それは分からないね。やってみなければ。でもさっきまで君の代わりに泣き続けていてくれた空は泣き止んだ。次は、君の番でしょ?』

そうか。

そうか…。

そうか………。

僕は、泣かなくちゃいけなかったんだ。

泣けなくなって、自分をなくして、そしてここまで来てしまった。

「成程…。ここが、この世界の終わりなのか…僕の、終わりなのか…」

『終わったら、また始めればいい。大丈夫。シブヤはいつでも、どんな時も、ここにあるから』

僕は大声で泣いた。

しっかりと、涙を流して泣いた。

びしょ濡れになったって構わない。

だってこれは、僕が流している涙なのだから。



────────────────────



今日は随分と良い天気だ。

渋谷の街はいつも通り沢山の人で賑わっている。

新しく買った帽子を被り直して、僕もその人混みの中へ一歩を踏み出す。

怖くなんてないさ。

大丈夫、僕はしっかり歩けている。

太陽の光に照らされた道は明るい。

ショーウィンドウに映る僕は、ちゃんと僕だった。

心地よい風が吹く。

僕は風の音に合わせて、目の前の僕に言ってやった。

「『見つけちゃった』」

僕の道を。

僕自身を。

探し物は、意外とすぐそこにあったりするものだ。

探し始めるのに遅いも早いもない。

見つけた者勝ち。

『「ありがとう」』

目の前にいる僕は、とてもいい顔をしていた。

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