嘘つき聖女と眠らない海賊

山本 風碧

序 聖女と凶星

「陛下。《凶星》が現れたと星見が申しております」


 男のとなりで皇帝が玉座に座っている。十年前に亡くなった先の皇帝が溺愛していた一人息子だ。美しい妃に似てブロンドに青い瞳をしていて、その美貌は三十路を過ぎても衰えることはない。だが、中身まで妃に似てしまったことが不幸の始まりだと男は思っていた。


「凶星――とは、まさか」


 身を乗り出した皇帝に、男は答えた。


「はい。《聖女》の開花の兆しでございます」


 凶星と聖女。その響きは噛み合わないように思える。だが、《聖女》という響きは、この帝国では禍々しさを帯びる。畏怖をもって口にされるからだろう。


「かのセヴァールを蘇らせると言う女か? し、しかし粛清をしたであろう? 十五年前、聖女誕生の予言が出た際、女児をすべて」


 虫を殺したくらいの軽さで皇帝は言う。過去の大虐殺を思い出したのか、震えながら星見の男は言った。


「ええ。ですが、すり抜けたものがいるようでございます」

「どういうことだ。余の言葉を聞かなかったものがいると言うのか」


 皇帝は憤慨している。だが、この帝国がどれほどの領土を持つのか知っているのだろうか。いくら法でしばろうとも、住民すべてを把握するなど不可能に等しい。


「子を守るためです。どんなことでもするような親は多いということでしょうか」


 粛清を恐れ、固まってしまった星見に変わって男は無難に返した。

 あの大虐殺は意味を成さなかった。何の罪もない子を殺せずに見逃した役人も多いし、娘を男として申告した者も多かったと聞く。抜け穴などいくらでもあるのだ。

 皇帝は罪のない星見を蹴りつけた。星見は悲鳴をあげると逃げるように退出していく。


「それでは、今度こそ全部殺せ」


 収まりがつかない様子の彼をなだめるように男は言う。


「いえ、以前も申しましたが、過去の文献によりますと、女神フレイアは時を待ち、成人した娘の中に転生を行うのでございます。ですから、依り代を殺しても新しい依り代を見つけるだけでございます」


 十五年前、そう言って愚かな政策に反対したのだが、この皇帝は恐れから虐殺を強行したのだ。そして確実に何かを失った。民の期待は帝位についた時が最高で、それ以降ずっと減り続けている。

 反乱の火種はくすぶり続けている。先代のカリスマを使って民をごまかしているものの、いつ爆発してもおかしくない。


 この皇帝を見限るべきかどうか。男はずっと考えている。

 愚かなくせに、傀儡にできないほどに頑固なのだ。先代に頼まれて見守り続けているけれど、限界は近い。


「ではどうすれば良いのだ。そのまま亡国の復興を見過ごせと言うのか。彼の国が興れば、海を制される。海を制されれば――帝国の歴史は終わりだ。そうそなたは言ったであろう」


 男は適当な言い訳を探した。これ以上、殺戮を繰り返せば、滅亡待ったなしだ。今は、まだ、困る。

 少し考えて《おとぎ話》を使うことにした。


「こうしましょう。女神は殺さずに、開花を待つのでございます。さすれば伝説の通り、聖女は必ず《男》を見つけ出す」


 ただ一人、愛した男を手に入れるため。女神はそのためだけに転生を繰り返す。そして男に、世を統べることができるだけの力を与えるのだいう。──この地に住むものならば誰もが知っているおとぎ話。


「だが、は死んだのだろう?」


 うなずく。が消えたのはセヴァール王国が滅んだ、150年前のこと。生きているわけがない。つまりいくら探しても見つからない。ならば、帝国は盤石だ──皇帝さえまともならばだが。

 男は笑みを浮かべた。


「念のため、でございます。帝国の存続を陰らせる者は、伝説でさえ放っておくわけにはいかないでしょう。そして。万が一、聖女が男を見つけた時は、まとめて仕留めるのでございます――我らが帝国のために」


 安堵の笑みを浮かべる皇帝に向かって、一礼すると男は踵を返した。そしてふと思いついた考えに、口元を微かにほころばせた。


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