僕の世界は戯言で

  酷烈な痛みに、俺はただただ唖然とするしか他はなかった。左腕の損失、それに伴う過度な激痛。足でまといを感じざる負えないティア。不幸にもそれらの要因は、俺を死に近づけていると直感的に理解出来ていた。


  「私......。こんなっ......... 」


  わなわなと口を動かしながら、負傷の心配と罪悪感で混同しているらしいティアは、俺の稼いだ時間を無駄にするかのように力なく地面にへたり込んだ。


  「クソっ......! ティア! お前だけでもいいからここから離れろ......! 」


  緊迫した最中、沈黙という返答。俺の痛みによる糾弾混じりの嘆願はティアに届いていないことを理解する。

 


  ————と、その時犀利な風が俺の頬を掠めた。


  「もう、俺に関わってくんなよ......」


  背後の旋風。それは俺たちの逃走に横暴を入れようと、大きな棍棒を振りかざしたオークの一閃だということを、俺は振り向き様に視認した。オークも易々と逃げさせてはくれないらしい。

  座り込んだティナを横目に自分の服を噛み切り、痛みの引かない左腕に巻き付けて止血をする。逃げる間は与えてくれない————つまり、迎え撃つしかない。

  俺のレベルは11。対してオークのレベルは弱いものでも最低15。雪と墨ほどの差がある。

 

  ただ、ティアの提供する報酬を諦めきれない......。と、何かと報酬を理由にし虚勢を張る事で、オークに気圧されないように平常心を保つ。そうしなければならないほど俺は追い詰められていた。


  「こいよ............。相手してやる......!」


  腰を落とし、オークと目を合わせて対峙する。魔物との戦闘経験の少ない俺に出来ることは思い浮かべる限り指で数える程しか無かった。




  「————ヴォブォオオオオォォォォォ!」


 

  理解し難い言語で奇声のような咆哮をあげ、先に動いたのはオークだった。

 

  何も考えて無いかのように、こちらへと距離を詰めて棍棒を振りかざすオーク。その一撃を体を右に逸らすことで躱し、オークの背後に回り込む。やはり、果てしないのはその威力だけのようでオークの行動は造作なく視認出来た。

 

  「うぉおおおおおおおおおおおお!」


  腰を低く屈め、その反動でオークの頭頂と同じ高さまで跳躍。その刹那、渾身の足蹴りをオークの頭部へめり込ませた。


  ————が、そこはレベルの隔てりが作用する。

  俺の一撃がオークを倒す、否、怯ませることすら叶わず、オークの振り回した手によって容易に吹き飛ばされた。


  魔法を使うか......?


  頭を過ぎったあいつオークを倒す一つの手段。だが、その考えは直ぐに脳内で否定を促された。

 

  ......オークにとって俺の魔法は子供騙しなのだ。腕を噛み切られた時、やけになって使った 煙幕ヒュメールでさえ、憂惧していなかった。さらに言えば、俺の使える魔法は攻撃系のものが何一つない。

 煙幕ヒュメールや、痲痺パラジィの様に、よく言えば妨害。悪くいえばただの子供騙し。


  攻撃が通らない、かつ、左腕の損失という痛手を患った状態でオークを倒す。それは産まれたばかりの動物が弱肉強食の世界に晒されるかの様な絶望的状況だった。

 




  ————又もや、一凪の風が頬を掠める。

  先程の自身が振るった腕で飛ばした俺を仕留めるための追い討ちに入る段階ということらしい。


  足に力を入れ、立ち上がる。向こうの一撃は貰えば瀕死だが、躱すことは容易。が、それを鑑みてもオークを倒すことは不可能に思えた。

 


  「ヴォブォオオオオォォォォォ!」


  「うるせーよ...... 」


  オークは突進前、甲高くやはり奇声のような咆哮をあげる。その声は人の耳には醜穢だ。


  「お前を倒すことが最前策なら......、やらなきゃ始まらねぇだろ!」

 

  そうオークに向かって叫び、接近する。眼前で突き出されたオークの棍棒による攻撃を、棍先が当たる直前に身を逸らす。その反応速度は集中と共に加速して行った。


  少しでも脆くするッ......!


  避ける際踏み込んだ左足を軸にオークの懐へと入る。オークに避ける術はない、そう確信しながら弾丸の様なストレートをオークの腹にめり込んだ。


  「痲痺パラジィッ!!!」


  俺が唱えた直後、オークの体に電撃が走る。俺はオークの意識を遠のかせるほどの電撃を身体へと走らせた。そう実感していた。だが、致命的な傷を追わせることは不可能に終わった。


  「くっそ......。出来ても動きを止めるくらいか......」

 

  高位な魔法ではないがあれ程魔力を込めて放ったのだ、並大抵の人なら致命傷に至ってもおかしくない。が、しかし相手はオーク。ましてや、レベルは雪と墨ほどの差。

 

  その領域は実に不条理で、俺は勝ち筋の無さを痛いほど理解させられた......。その刹那————








「————————付呪タラントッ!」




  高らかに響く凛とした声。声の主は重々しさを風貌した扉の前で、手を掲げ俺を見つめていた。


  「ティ......ア............?」

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