理想と魔法と冒険譚と
ジキルとハイド
君の世界は残酷で
ため息が出るほど広がる蒼い空。
ごうごうと奔流が走り、滝となって落ちる湖。
その周りに生い茂る多種多様な植物と、快楽のままに業を貪る獣たち。
何処か神秘的で残虐的な光景は、俺を冒険者の道へと進ませるに充分過ぎるほどだった。
♦︎
この世界は、ある特殊な制約に縛られている。俺にもそれはあるし、そこら辺の獣にも、なんだったら植物にさえその概念は存在する。
そんな忌々しい制約の名前は、『レベル』
俺が生きる世界は、何をするにも、このレベルが深く関わってくる。身体能力、精神力、精力。それらのステータスは全てレベルに依存する。例えを出すなら、レベル10の大男が、レベル30の子ウサギに容易く殺されると言う事だ。しかし、レベルが高ければ、高度な魔法、洗練された剣の腕、それと美味い食べ物も全て手に入る。けれど、このレベルを上げるには、並大抵以上の努力が必要だ。
通常、レベルは生まれた瞬間に決まっている。平民は平均10、大きくても15ほどだ。だが、俗に貴族と呼ばれるもの達は、先天的に高いレベルを持って生まれる事が多い。こちらはなんと平均30、才ある者で50ほどもある。更に、そう言う者達は追加でレアな魔法を覚えているそうだ。全くもって不条理極まりない。
しかし、このレベル、上げる方法が無い事も無い。様々な方法で上げる事が出来る。まず、魔物や魔獣と呼ばれるモノを倒す事。レベルが高ければ高いほどリターンも大きい。しかし、前にも言った通り、ステータスはレベルに依存する。未熟な新米冒険者が、安易に難易度の高いクエストに挑み、足だけしか返ってこなかった例などざらにある。次に、新しい魔法を覚え、それを使用すること。魔法と言うのは、生まれた時既に覚えているものと、後天的、突発的に覚えるものの3種類がある。レアな魔法は、多くが先天的に覚えているものだ。
そして、生まれ落ちた俺のレベルは、『10』だった。
レアな魔法などある筈がない。
そんな俺の、冒険譚。
♦︎
「絶対……助けてやるっ……!!」
息も絶え絶えになりながら、石ころだらけの獣道を転がるように駆け下りる。すぐ後ろから、荒い息遣いと石ころが跳ね飛ばされる音が聞こえる。最悪だ。よりにもよって走ることしか脳のない魔物に追いかけ回されるとは。
いつもならあんな鈍間なやつ、すぐに振り切っている。だが、今は追い付かれそうになりながら疾走している状態だ。全部こいつの所為だ。背中に背負う彼女がいなければ......。
今にも彼女を下ろし、走り去ってしまいたいという衝動にかられる。いくら美少女とはいえ、突き詰めれば名も知らぬ他人。死んだところで、少し良心が痛むだけだ。でも、今は彼女を生かすしかない。後ろのやつが、もし人の味を覚えたら————。考えるだけで身震いする。
「クソっ……せめてあそこまで……! 見えたっ!」
鬱蒼とした獣道が突如終わり、少し窪んで開けた大地が顔を覗かせた。全身の力を振り絞り、手のひらを地面に向けて声高々と叫ぶ。
「
瞬間、土埃が空き地を包み込み、背後の呼吸音が乱れた。好機だ。この間を逃す手は無い。悲鳴を上げる足に鞭打ち、更に山道を駈け下る。
あと少し、あと少し、あと少し!!
視界が白黒にぼやけ、足元がふらついてくる。気分が悪い。吐きそうだ。まるで生温い粘液の中でもがいているかのよう。久方ぶりの全力疾走と言うのは嫌になるほど体に堪える。華奢で軽重ではあるが彼女を背負っていれば尚更のことだ。
やがて、視界の端に、馴染みのある屋根が写り込んだ。最後の力を振り絞り、ドアを蹴破るように開け、背中の彼女をベッドに下ろし布団を掛けた後、体の中に溜まった疲れを全て吐き出すように、深く、息を吐いた。それを2、3回繰り返して、震える体が漸く治ると、すぐ側にあった手頃な椅子に腰かけた。痺れた足が休息を得て温まって行く。さて、流れで助けてしまったが、一体全体どうしようかな。
「はぁぁぁ………人を助けるってこんなにも疲れるんだな………」
そんな俺の気苦労を他所に、可憐で美しい眠り姫は、とても似つかない草臥れたベッドで小さな寝息を立てるのだった。
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