4 槍鉞
「
『
音速で突きこまれる十字槍の穂先を、マサカリの肉厚の刃が阻んだ。サトミ・ヨシノは槍を穂先の根元を軸に反転させ、柄尻の
広くない通路で、十字槍とマサカリ、それぞれの得物を突きつけ合う形で睨み合う。得物の刃と刃が触れるか触れないか程度の距離だ。
シアンレッドの〈スケッギオルド〉と朱色の〈ヴァーミリオン・レイン〉の対峙である。〈サナダ・フラグス〉と〈ダカツ・バタリオン〉、双方の配下イクサ・フレームはかなりの数が脱落し、共連れはそれぞれ十騎もいない。更に言えば、一騎残らず装甲は傷だらけである。〈ヴァーミリオン・レイン〉も〈スケッギオルド〉も例外ではなかった。騎体の傷がくぐり抜けてきた激戦の証だった。
対峙する二人は共にタツジンの域にいる。突きつけ合った得物の刃は毛ほどの揺らぎすらない。
「ヨシノ、エーテル・カタナは使えないぞ」
後部座席に座るサナダ・ユキヒロの言葉に対し、わかっているとでも言うようにヨシノは頷いた。
刀身の冷却はもう済んでいるが、コンデンサーが焼き付いてしまっているようだった。エーテル・カタナとしての機能は使えはするものの、これではエネルギーの逆流によって騎体が自壊しかねない。
周囲では、部下たちが闘っている。サムライらしく槍やカタナやナギナタで。混戦もいいところだ。
この場でエーテル・カタナを使えれば、と、ユキヒロこそが考えてしまう。攻性カルマを増幅・縮退させた光の刃はあらゆる防御を
ただ、ユキヒロは自分の戦術上の判断をヨシノの耳に入れるようなことは、なるべくしないことにしている。このような戦闘ならば、ヨシノの判断の方が概ね早くて正しいことを経験上知っていた。
ヨシノが槍を下段に構えた。誘いをかけたようだが、あいにく〈スケッギオルド〉のマサカリは動かない。
槍が下段から跳ね上がる。マサカリが穂先を弾く。穂先が鋭い弧を描いて戻り、袈裟懸けに揮われる。マサカリの柄がその一撃を流しざま、マサカリ突端のスパイクによる突きが来る。〈ヴァーミリオン・レイン〉の肩口を掠めるスパイク。
ヨシノは十字槍による胴薙ぎで応じる。〈スケッギオルド〉はマサカリを立てて防御、その石突を視点にして跳躍右回し蹴りを放つ。咄嗟に〈ヴァーミリオン・レイン〉は左腕ガントレットで防御しつつ、右手を槍の柄から離して掌底攻撃に切り替える。二度の掌底を、〈スケッギオルド〉が躱し、マサカリの柄で防いで後退した。
再び二騎の距離が開く。
「スゥーッ……フゥーッ……」
ヨシノの呼吸が変わっていた。自分自身を落ち着かせるための呼吸である。かなり焦れてきたようだ。短期決戦用の〈ヴァーミリオン・レイン〉の性能と相まって、基本は一撃必殺が信条なのだ。ここまで手こずる相手と一日に何度も交戦するのは、これまでないことだった。
要塞全体が鳴動しているような震動が来た。ユキヒロはかなりの危険を感じる。
「スゥーッ……フゥーッ……」
ヨシノに対して、それでもユキヒロは声はかけないことにした。焦燥によってイクサは不利にこそなれ、有利には決してならない。それを知っているのは、やはりヨシノの方だろう。
戦闘中のサムライの視野をユキヒロは知らない。言葉でならば知っている。獲物を仕留めるために純化された思考は、それ以外に必要な機能を自動的にオフにしてしまう。色彩や音すらもノイズと判断するのだ。僅かな敵の隙を掻い潜り、そのカタナの切先で、あるいはその槍の穂先で、急所を抉るために。
ヨシノが獣めいてそれを伺っているのは、ユキヒロの眼にも明らかだった。
〈ヴァーミリオン・レイン〉が踏み込んだ。同時に〈スケッギオルド〉も。
槍とマサカリがぶつかり合うその時――
『――サムライたち!
少女らしい声による広域通信。〈ヴァーミリオン・レイン〉に大写しになる
「この声……エート……ミズ・アゲハ!?」
あまり他人の名前を覚えないヨシノにしては上出来な反応と言えた。広域通信は続く。
『イノノベ・インゾーは死亡した! ヴァン・モン要塞は自爆の準備に入った! 最早闘う意味はない! 繰り返す、イノノベ・インゾーは死亡し、ヴァン・モン要塞は自爆の準備に入った! 最早闘う意味はない――』
それは初耳。ユキヒロの方が驚く情報だ。
「ユキ=クン、敵=サンの圧力が緩んだ! このまま押し込んじゃう!?」
「――いや、やめよう」
即座にユキヒロは判断を下した。こういう時、ヨシノは素直に従う。
勿論、鍔迫合である。相手との呼吸が大切なのだ。ヨシノは十秒かけて徐々に圧力を緩めてゆき――二騎はほぼ同時に間合を取った。
槍の穂先が上に上がる。〈スケッギオルド〉もマサカリを下げた。二騎とも防御の型めいて柄を騎体の方に寄せ、脚元もまた後退してゆく。
ユキヒロは広域レーザー通信で部下たちに戦闘停止を命じた。〈スケッギオルド〉も同様の行動をしている。
戦闘が止まった。フラグスとダカツ、それぞれの陣営のイクサ・フレームが
「ヨシノ、退くよ」
「了解」
まず互いの部下たちが撤退させる。旗騎はその後だ。
やがて最後の二騎だけになった。〈スケッギオルド〉と〈ヴァーミリオン・レイン〉は同時に踵を返し、振り向かなかった。
遠ざかりつつある〈スケッギオルド〉から、レーザー通信が届いた。
『良きイクサであった』と。
「本当にいいイクサでした! また戦場で逢いましょう!」
ヨシノが上機嫌で応える。多分レーザー通信はもう届かない距離と位置だ。
「……僕は、嫌だな」
そういうユキヒロのつぶやきも、多分ヨシノには届かない。
× × × × ×
隠し脱出口では、脱出艇が破壊されていた。
一台残らず、恐らくはイノノベ・インゾーが乗っていた艇ごと、だ。それを目の当たりにした時、ヤギュウ・ハクアは五秒ほど茫然自失の状態に陥ったが、すぐにプランを切り替えた。
全員の脱出だ。敵も味方も、この際区別はしない。どうせイノノベは宇宙の藻屑と化し、身柄の確保は不可能となったのだ。構うものか。
まずやることは、状況を知らせることである。そのために、ミズ・アゲハの力が必要だった。
「広域通信か」
「ハイ。ここから外に出られますし」
ミズ・アゲハと電子戦艦〈フェニックス〉。その電子戦能力を〈テンペストⅢ〉を通して発揮させる。要塞内の通信は大分クリアになったが、やはり外の方がいい。
「ナガレにも知らせなければならぬしな」
快諾した。破壊の惨状も真新しい脱出口を抜け出て、要塞外部の宇宙空間に至る。要塞から離れる。不気味な鬼面の全貌が判然とするほど遠ざかる。
「ここらでよかろう、ハクア=サン。では繋げるぞ」
通信状況がサブモニタに表示。〈フェニックス〉とのオンライン。サウンドオンリーでメッセージ受信。
『こちら電子戦艦〈フェニックス〉艦長代理です。はじめまして、ヤギュウ・ハクア=サン。艦長はそこにいらっしゃいますね?』
「わたしはここだ、艦長代理。状況は把握しているな?」
『把握済みです』
「ならばよし。今より広域通信を行なう。要塞の奥の奥にいる者にまで届くほどに強力な通信が必要だ」
『了解しました』
十秒後、
『広域通信、行けます』
「スゥーッ……」
音立ててミズ・アゲハが息を吸った。サイボーグである彼女に意味がある行動とは思えないが、人間だった頃の感覚が大事なのだろう。
朗々たる声で、ミズ・アゲハが告げた。
「イノノベ・インゾーは死亡した! ヴァン・モン要塞は自爆の準備に入った! 最早闘う意味はない! 繰り返す、イノノベ・インゾーは死亡し、ヴァン・モン要塞は自爆の準備に入った! 最早闘う意味はない――」
ややあって、ミズ・アゲハが息を深く吐いて、座席に深く腰をもたせかけた。流石に緊張を強いられたようだ。五度、同じ文言を繰り返される。
『あの……艦長』
〈フェニックス〉から、やや戸惑いがちな通信が聞こえた。ミズ・アゲハが顔を上げた。
『二騎の〈グランドエイジア〉が交戦中です。〈クロガネ〉と〈シロガネ〉、いずれも退く様子が見えないと判断出来ます』
ミズ・アゲハは呆気にとられたような顔を見せた後、こう言った。
「――あのバカども!」
いや、この言い方は吐き捨てた、と言う方が正確だろう。
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