3 剣戟
ナガレもテンリューも理解していた。イクサはまだ序の口だと。
〈クロガネ〉のロングカタナが翠色に燃えている。〈シロガネ〉のカタナは蒼白の炎を灯している。
揺らめく炎はそれぞれのカルマが示す、想念の
二騎が同時に駆け出した。イクサ・フレームの脚底が要塞表面を踏みしめ、抉る。〈クロガネ〉と〈シロガネ〉の軌道をなぞり、一直線に足跡が刻まれる。
『『
二人の喉からシャウトが迸り出た。
戦歩が零になる。
――
それぞれの剣威に騎体が
即ち、同時の横薙ぎの斬撃。
――
〈シロガネ〉は眼の前に左腕を掲げた。ガントレットにカタナが掠め、斬撃痕が生じる。ナガレはカタナを跳ね上げ、弧を描き、タネガシマライフルを斬断した。
〈シロガネ〉の脚が地に着いた。円弧を描き続ける〈クロガネ〉のカタナにカタナを合わせる。蒼と翠の炎が渦を巻く。
左腕が握ったままだったタネガシマの残骸を投げた。〈クロガネ〉のカタナがそれを払いのける。その反応が隙を生む。一瞬の隙に乗じてテンリューは間合を埋める。カタナを揮うにも不十分な間合、見舞われるのは拳だ。〈シロガネ〉の左拳をガントレットが覆う。
両者は睨み合うことなく、何度目かの疾走と激突を行なう。
……イクサ・ドライバーをサポートする電脳、その性能に於いては〈クロガネ〉が有利である。しかしドライバーの
いずれもサムライのイクサにとっては命取りになり得る要因であり、戦力差である。相殺して、互角。それがナガレとテンリューの認識だった。
並走が止まる。
距離が離れている。ほんの一戦歩半の距離。〈クロガネ〉の右前蹴りが〈シロガネ〉の脚を襲う。〈シロガネ〉は左脚部を上げて関節へのダメージを防御。〈シロガネ〉が袈裟懸けにカタナを振り下ろす。〈クロガネ〉は四字方向にステップ回避し、十一時方向に前進しつつ片手で斜めに斬り上げる。翠に燃える切先が〈シロガネ〉の胸部を掠めた。蒼の揺らめく炎が縦の弧を描き、身を引いた〈クロガネ〉の右肩に浅からぬ傷を刻む。
二人共一切手抜きのない、混じり気なしの本気で放った斬撃である。互いに本気で
それでいて二人共、言葉を交わそうとは思わなかった。今更何を言い交わそうというのか。言葉はこの際無粋であり、今はカタナこそが何よりも雄弁なコミュニケーションのためのツールだった。激烈で、巧妙で、饒舌で、そして嘘のないコミュニケーション。それを続けることが相互理解の何よりの術だと信じた。サムライの本能の故だった。
今のところわかったのは、互いに譲れぬもののために闘っているということだけだ。
〈シロガネ〉が三連続の突きを放つ。〈クロガネ〉のカタナはそれらをまとめて絡め取るべく渦を巻く。〈クロガネ〉の追撃は止まず、カタナの円弧が〈シロガネ〉の手指を狙う。ヤギュウ・スタイルの〈ネイルズ・カッター〉だ。
テンリューは強引に騎体の胴を捻り、敵のカタナを力任せに流した。ガラ空きになった〈クロガネ〉の胴にカタナを薙ぐ。それが宙を裂く。三時方向からの斬撃。仰け反りながら回避。〈シロガネ〉の兜の
回避運動と共に〈シロガネ〉が体幹を軸として時計回りに高速超信地旋回を行なう。コクピットシェルの慣性中和装置でも殺しきれぬGが生じる。遠心力を味方につけた片手斬撃、〈ヌエ・デス・ホイール〉。シントー・スタイルのタツジンであるタナベ・コウが魔獣ヌエに闘いを挑んだ際、その激戦の中で極意を得たという技である。
ナガレは敢えて前に出た。――
〈クロガネ〉もまた刺突で応じる。刺突と刺突、カタナがカタナがぶつかり合って、切先を逸らす。翠炎と蒼炎が二本のカタナで
〈クロガネ〉と〈シロガネ〉の距離が零になる。二騎は一瞬、もつれ合ったようになった。〈クロガネ〉のオレンジの瞳と〈シロガネ〉のアイスブルーの瞳が交錯する。それはナガレとテンリューの眼だ。互いに互いを無言で糾弾する怒りの眼だ。お前は何故闘うのだ、何のために闘うのだ。確かにそう言っていた。
互いのビームクワガタが接触し、干渉波を放つ。それで
二騎はヴァン・モン要塞に立ち、カタナを構えた。何度繰り返したのかわからない。時間の感覚すら失われている。たった五分だとしてもおかしくなかったし、一週間闘っていたと言われても決してそれを疑わなかっただろう。
完全に、没入していた。このヴァン・モンの表面はナガレとテンリュー、〈クロガネ〉と〈シロガネ〉だけのイクサバだった。
脚元が鳴動した。要塞全体を揺さぶる鳴動だった。二人のニューロンの片隅で警鐘ががなり立てていたが、今更やめることなど出来なかった。
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