9 真似出来るものならば真似してみろ

 清浄なはずの寺院の内部は、トルネードと地震が手を取り合って暴れ狂ったかのような惨状だった。

 

 中枢部の「心臓」には運良く被害はない。スプリンクラーの散水が降り掛かっている場所から湯気が立っている。動力炉それ自体に防御スクリーンが展開されているということだ。流石にアームストロングランチャーの直撃には耐えられまいが、それらの余波程度ならば実際凌ぎ切るほどの機能はあるらしい。

 

 人工の雨の中、圧縮空気と一緒に冷却材の蒸気が鞘から噴出する。鞘のギミックがクチバシめいて開放され、内部構造を晒している。それを〈シロガネ〉が手動で直している。

 

 大気が帯電している。青白いアーク放電がそこら中で小さく爆ぜている。

 

 テンリューは〈シロガネ〉のカタナを確かめた。刀身は強烈なエネルギーに直接さらされたため、刃が溶融、否、蒸発して完全に使い物にならなくなっていた。

 

 電磁居合は鞘を砲身に、カタナを弾体として撃ち出す斬撃である。通常の数倍の速度で放たれた斬撃は、何物をも阻めぬほどの鋭さを誇るという。銀河戦国期のサムライ、リンザキ・ジンザが技術を体系化し、一つの流派として確立させた。


 余談ながら、リンザキはシントー・スタイルの免許ライセンスを得ている。彼が〈ハハキ・ザン〉の知識を持っていても不思議はないし、そこから電磁居合の着想を得たとしてもおかしくはないだろう。

 

 そしてそこから理論を推進させたのが、超電磁居合である。即ち刀身の金属分子がプラズマ化するほどの負荷を与え、以てそのエネルギーを刀身及びそこに込めたカルマにて誘導・解放・射出する荒業アラワザ

 

 ここまで来ると殆ど別物である。


 名付くるに、〈ナルカミ・ブレイカー〉。その最大威力は、理論上無限大。コイルを回せば回すほど、『増幅』すればするほど強くなる。

 

「……我ながら呆れるな」


 正面に開いた、その大穴を見た。

 プラズマが要塞内部を一直線に喰らい、隔壁をぶち抜いていた。これほどの威力を有するイクサ・フレーム携行用プラズマキャノンは、現在ヤマトには存在しない。可搬式大型砲ラージ・セミポータブルにもないだろう。


 当然、リスクはある。制御は困難であり、極度の集中が必要だ。抜刀解放タイミングの見極めも含め、失敗すれば騎体ごと自壊する要素ばかりが揃っている。一度使った刀身は完全にダメになる。専用のカタナシースでしか使えない。


 テンリューとしては真似出来るものならばしてみろと言いたいところだが、念には念を入れて、確実に斃せる場面、相手にしか用いないことを決めていた。


 テンリューは〈シロガネ〉の脚元近くに落ちているものを見た。


 〈バルトアンデルス〉の残骸だ。正確には、脛の半ばから下の部位。かの巨大イクサ・フレームがこの場所に存在していた証は、今では脚部を残すのみだった。

 

 ミズタ・ヒタニの肉体諸共もろともに、後は原子の塵と消えた。〈ナルカミ・ブレイカー〉に呑み込まれて。

 

 先程の〈バルトアンデルス〉への抜刀は、実際際どいタイミングだった。ほんの僅かでも抜刀が早ければ、あるいは遅れていれば、プラズマ蒸発していたのは〈シロガネ〉とテンリューの方だったはずだ。

 

 テンリューは壁際に刺さったカタナを回収してから、自らが開けた大穴の方へ向かった。

 

 〈ナルカミ・ブレイカー〉の轟音は、外のイクサ・フレームにも十分届いたはずだ。それを合図としてテンリュー直属のイズモ・クランが速やかに、そして密やかに動き出していることだろう。

 

 来ないならやるべきことはあった。テンリューは自らが抉じ開けた隔壁を時に切り開きながら移動してゆく。〈バルトアンデルス〉の残った脚も、ヴァン・モンの「心臓」も、彼は最早一顧だにしなかった。

 

 × × × × ×

 

「――勢彌セイヤァァァーーーーッ!!」


 振りかぶられるエーテル・カタナ。飛び散る朱い飛沫。斬り降ろされる黒の〈ペルーダ〉。

 そしてジンジャ様式寺院の扉。

 

 後方跳躍して油断なく残心する〈ヴァーミリオン・レイン〉。

 

 爆発四散する〈ペルーダ〉。その威力で、バイオ樫製の扉が破砕される。濛々と煙が立ち込める。

 

「フゥーッ……」


 細く長く、サトミ・ヨシノが息を吐いた。手強い相手、激しいイクサだった。白と黒の〈ペルーダ〉を、単騎で引きつけて縦横無尽に闘ったのだ。ユキヒロが〈ヴァーミリオン・レイン〉に同乗する時は事前に胃洗浄をしているが、それでも胃袋がひっくり返りそうになる。

 

 白い方の〈ペルーダ〉は、袈裟懸けに斬られて石段のところで転がっているはずだ。下の部位は爆発四散していた。


 〈ヴァーミリオン・レイン〉もまたボロボロである。〈サナダ・フラグス〉に於いては、最大戦力や精鋭は使い倒されるものと相場が決まっていた。戦力の温存や逐次投入などという選択肢は最初から存在しないのだ。


「ヨシノ、カタナを仕舞って」


 後部座席のユキヒロの指示にヨシノが従う。柄尻のケーブルを手動で外すと、エーテル・カタナの形状が元に戻ってゆく。刀身を鞘に収めると、ユキヒロの操作によって冷却材の蒸気が鞘のスリットから噴き出す。この冷却材は緊急時のものであって、一回の戦闘でこれを使うとエーテル・カタナはもう使えないと考えた方がいい。


「じゃあ、中へ入ろう」


 ユキヒロは言った。阻む者はないのだ。あらかじめ、フラグスの部隊へは通達済みだった。

 

「でもカタナがこれじゃ壁は斬れないね」

「仕方ないさ」


 扉を潜る。


 寺院の内部は、トルネードと地震が同時に荒れ狂ったかのような状態だった。中心部にあるのが動力炉たる「心臓」か。そこは損傷もない。


 入口から左側に、壁をブチ抜いた大穴があった。確かにそれらしい轟音を聞いた気がする。あるいはこの大穴を開けたのは……?


「……テンリュー少佐と〈バルトアンデルス〉はどうした?」


 ユキヒロの疑問の一つはすぐに解消された。


「バルトナントカはこれみたい」


 スクリーンの一角にウインドウ投影。ズーム。床に転がる大型の脚部の詳細は、ライブラリ検索を行わずともわかった。紛れもない〈バルトアンデルス〉の脚部。


「大穴を開けた攻撃にやられた……? ひょっとして、テンリュー少佐も?」


 ユキヒロが思索に耽っている間にも、ヨシノは肩にマウントした槍に手を掛けて周囲を警戒している。


 PPP! レーザー通信入電のノーティス音。


『……こちら〈クロガネ〉、こちら〈クロガネ〉である。誰ぞ聞こえる者はあるか? ドーゾ』


 ヨシノの首が後ろを向いた。


「クロガネって、あの黒鋼の?」


 ユキヒロが頷きながらマップを確認する。


「この大穴、どうやら『脳』の方に繋がってるみたいだ。完全に貫通してる」

「中、入っちゃう?」

「いや」


 ユキヒロは首を振った。確かめるべきことはまだあるかも知れない。


「ドーモ、こちら〈ヴァーミリオン・レイン〉、サナダ・ユキヒロです」

『ユキヒロ=サン? この大穴はオヌシが開けたのかや?』


 ミズ・アゲハの声。彼女にとってもこの大穴が開いたのは予想外の事態だったとでも言うのか?


「いえ、僕らがここに入った時には既に開いていました。一体何があったんです?」

『大出力のプラズマ砲、とわたしは見ている。それが「心臓」の方から奔って来たのだ』

「……アームストロングランチャー、ですかね」

『違うな、あれは……嫌な予感がするのう。尤もそれは、このヴァン・モンに足を踏み入れてからずっとだが』

 

 ユキヒロも内心同意した。

 

『ユキヒロ=サン、今オヌシはどこにおる? わたしたちは『脳』の手前とおぼしき地点だが』

「『心臓』の置かれた場所です。外観も内装も、まるでジンジャ様式の寺院ですよ。……ちょっと失礼」


 ユキヒロは喉の乾きを覚えて、一度言葉を区切った。声がかすれたので、ドリンクパックを一口飲む。


「で、一応報告しておきたいのですが、まず味方で『心臓』に最も近づいたのはタツタ・テンリュー少佐だと思われます。〈バルトアンデルス〉と〈シロガネ〉が交戦中に『心臓』のある本堂に突入しました。〈ヴァーミリオン・レイン〉が脚を踏み入れたのはその後です。その間のことはよくわかりません。ただ轟音がしました。それが大穴を開けたと推測します。テンリュー少佐がそれでやられた可能性も」

『そうか』


 サスガ・ナガレの声だった。


『まぁ、俺はあいつが簡単に死ぬ訳ないと思うけどな』

「可能性の話だよ、ナガレ=サン。隔壁を渡って他のところへ出たのかもしれない」

『俺もそっちの方に賭けるぜ』

「お取り込み中のところ申し訳ないんですけどぉー」


 ヨシノが露骨に語尾を間延びさせて、話に割り込んできた。


「『心臓』と『脳』、一緒に止めるんじゃなかったんです?」

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