8 転・転・転

 ナガレとマクラギ。黒鋼と灰色。〈グランドエイジア〉と〈スティールタイガー〉。二騎のイクサはなおも激しく、鋭く、緻密さを増していた。 

 

『お前の場合は、むしろ人がましく振る舞っていることが腹立たしいぜ。人外ヒトデナシならばそれらしく振る舞えばいいものを!』

『反省ならするさ。アンタの息の根を止めた後でな!』


 何度目かの鍔迫合ツバゼリアイ――その最中に、〈グランドエイジア〉のカタナが燃えた。カルマが発する翠の炎だった。

 

『それがお前の炎か!』


 ナガレの闘志に応えるように、〈スティールタイガー〉のカタナもまた燃えた。鮮やかなオレンジの炎だった。

 

『アンタも!?』

『自分だけの専売特許だとでも思ったか? 弟弟子!』


 オレンジのカタナが押し込まれる。ナガレはそれに逆らわずステップ後退。

 

イヤァーッ!』


 〈スティールタイガー〉の追撃が来る。前ジャンプからの大振りな斬撃、〈ナライ・ストライク〉だ。オレンジの燃える軌跡が荒野の宙に残光を刻む。〈グランドエイジア〉はピボットターンによる回避。右スラスターのみ点火。

 

イヤァーッ!』


 翠の炎もまた横に円弧を描いて〈スティールタイガー〉を襲う。回転斬撃〈ツムジ・ザッパー〉。

 〈スティールタイガー〉が姿勢を低くする。空を切る翠の炎。〈スティールタイガー〉の左スラスターに点火が見えた。


イヤァーッ!』


 更なる低姿勢からの〈ツムジ・ザッパー〉返し。列車襲撃事件の決め手である。


 無論、ナガレは対抗策をとっくに考案済みであった。

 

イヤァーッ!』


 〈グランドエイジア〉は左スラスターも点火、回転が増す。〈ツムジ・ザッパー〉が崩し、〈タツマキ・ザッパー〉。

 その挑戦的なナガレの技に、マクラギもまた応じた。〈スティールタイガー〉の右スラスター点火――あたかも左回りと右回り、二つの喧嘩デュエル独楽コマがぶつかり合うようでもあった。

 

 翠と橙、二色の炎が絡み合う。

 

 回転は長くて数秒と言ったところか。二騎のドライバーにとっては、綱渡りめいた死力を尽くす数秒でもあっただろう。

 

 二騎が距離を置いた。喧嘩独楽であれば、回転のエネルギーが尽きたためと言えたはずだ。しかしハクアの眼には、再びの激突に備えるための一呼吸としか見えなかった。


イヤァーッ!』

イヤァーッ!』


 〈グランドエイジア〉はマクラギの見せた一瞬の隙に乗じ、〈ハヤテ・スラッシュ〉を放つ。その一直線に伸び切った腕を、〈スティールタイガー〉の〈ギャクフー・カウンター〉が狙う。それを〈コガラシ・ストローク〉の連続刺突で潰し、〈コーチ・スウィープ〉が薙ぎ払う。巻き込むような〈ネイルズ・カッター〉が〈スティールタイガー〉の手指を刻まんとし、〈アナジ・スラスト〉の一閃が迎え撃つ――


 まるで一瞬の隙を奪い合うようなイクサだった。隙かと思えばすぐに罠に転じ、それを食い破って自らの罠とする――虚々実々を折り重ねる、まさしくヤギュウ・スタイルの剣の精髄のような撃剣チャンバラであった。

 

 このチャンバラ・ラリーはまさにパズルめいた噛み合わせである。自失から立ち直りはしたものの時既に遅し、ハクアですら迂闊ウカツクチバシれることが出来ない。


 忸怩じくじたる思いで、ハクアは二騎のイクサを見つめた。

 

 いつか均衡は崩れる。そのときこそ――そう思い定めた。

 

 × × ×

 

イヤァーッ!』

 

 横薙ぎの斬撃にマクラギは反応し、騎体を退いた。ナガレの追撃はない。

 

 マクラギは口の中で呟いた。

 

「――いつもより、動きがキレてやがる」

 

 〈スティールタイガー〉である。

 ヴァン・モン攻防戦が始まる前、ドクター・サッポロが特別にチューニングを施したというのを後追いで聞かされたのだ。その時は勝手に騎体を弄られた不快感で殺してやろうかと思ったし、チューニングの実感もなかったが――今更にして効いてきたという感じである。強化の具体的な内容は聞いていないが、成程これならばナガレやハクアを同時に戦り合える訳だ。

 

 しかし。

 

「やはり気に食わねえ……」


 〈スティールタイガー〉に対して、マクラギは実はさしたる愛着はない。傭兵の理論として、兵器など使い倒してナンボなのだ。先代の〈ローニン・ストーマーズ〉隊長から譲り受けたもので、使えるから使っている。その程度の認識しかない。

 

 それでも不快だ。

 

 騎乗の感覚がまず違っていた。挙動、反応、出力――あらゆる面で異なっている。マクラギにとって腹立たしいのが、基礎スペックが向上しているという事実であった。本来ならまずあり得まい。そう、人間ならば、まるで記憶はそのままに頭脳を丸ごと入れ替えたような違和感。


 ――今更言っても仕方あるまいが。

 

 多少の不快感を抱えようが、勝てばいい。いずれにせよ、ナガレとのイクサはもうすぐ終わる。

 

 砂粒を噛んだような感じは消えないが、マクラギ・ダイキューには強力なイクサ・フレームがあればそれでいい。


 × × ×

 

イヤァーッ!」

 

 横薙ぎの斬撃にマクラギは反応し、騎体を退いた。ナガレは追撃しない。

 

「フゥーッ……」 


 その場で息を吐く。

 

「ナガレ=サン、オヌシもそうだが、マクラギの動きもキレておるな」


 オフラインでのコチョウの言葉が聞こえた。ナガレはスクリーン上の〈スティールタイガー〉を見据えたまま、イルカレザーで覆われた手の甲で顔の汗を拭った。


「ああ。〈ラスティ・ネイル〉でやった時よりはマシになるかと思いきや、全然そんなことはねえでやンの」


 むしろ、今のマクラギの方がずっと手強いとナガレは思う。ナガレが格下の騎体に乗っていたので、遊んでいたということか?

 

 コチョウが訝しげな声で言う。

 

「……マクラギの戦闘データは十分な数がある。シミュレータでは、本来ならばヤギュウのお嬢とオヌシとで十分に突き崩せるはずなのだ」

「所詮シミュレータだろ」

「所詮シミュレータ、されどシミュレータだ。オヌシ、奴とサキガケのどちらが強いと思う?」

 

 ナガレは答えに窮した。コチョウは答えを待たずに言った。


「騎体へのチューニングか…? ともかく、もう何合か打ち合えばわかる気がする」

「その前に、ヤツを斬っちまっても?」

「やれるならな」

 

 ナガレはもう一度息を吐いた。

 

「じゃあ、やっちまうか」


 ナガレとマクラギ、ほぼ同時に騎体を踏み込ませた。

 

 ナガレの主観時間が泥めいて遅滞する。カタナを肩に担ぐようにして、ゆっくりと接近する二騎。


 ニューロンには直感があった。イクサは終盤を迎えつつある。マクラギもそう感じていることだろう。


 まともな出会い方をしていればもっと愉しいイクサだったかも知れない――不意なその思いがナガレを戸惑わせた。

 

 ニューロンの泥が唐突に消えた。揮われるカタナにナガレもすぐ応じる。その一撃を流しながら突く。マクラギは弾いて袈裟斬りする。袈裟斬りを捌いて胴薙ぎ。胴薙ぎを防いで斬り上げる。斬り上げを躱して逆袈裟。

 

 二騎の周囲に無数の火花が散る。〈グランドエイジア〉の肩部装甲の放熱フィン部位が切り飛ばされ、〈スティールタイガー〉のガントレットが深々と抉られる。致命的なダメージではない。二人のドライバーは更に剣撃に没頭してゆく。

 

 ――その時。

 

 PPPPPPPPPPP――!! 突如鳴り響くアラート。

 

「ええい五月蝿い!」

「言っとる場合か! 高エネルギー反応だ! 三時半! 備えよ!」

「つっても……ッ!」


 横合いから、光の奔流が来た。

 

 再度、スローモーになるナガレの主観。

 

 光の怒涛が逆巻いた。そうとしか思えぬような光景だった。完全遮蔽されたコクピット内でも、遅滞した主観でも、その轟音は鋭く耳を苛んだ。

 

 障壁をぶち破るほどの高エネルギーを孕んでいることはすぐに理解できた。青白い光の奔流は無数のアーク放電を伴っている。危険極まりない威力の光だった。


 撃剣はなおも続く。〈スティールタイガー〉が〈グランドエイジア〉と交えた切先を離し、横に回り込もうとする。マクラギは光へ〈グランドエイジア〉を誘導しようと目論んだようだ。オレンジの炎をまとった剣を揮い、マクラギが圧力をかけてくる。


 コチョウが叫ぶ。が、スローモー過ぎて何を言っているのか咄嗟には理解し難い。


 背後から〈テンペストⅢ〉が疾走してきた。ナガレの主観時間が正常に戻る。

 

イヤァーッ!』

 

 ハクアの絶叫。〈テンペストⅢ〉の吶喊。〈スティールタイガー〉との激突。

 致命的な光の方へ僅かに押し込まれる灰色の騎体。

 

『ヌゥーッ! 死にに来たか! イヤァーッ!』

 

 マクラギが斬り上げた。〈テンペストⅢ〉の右腕部が斬り飛ばされて宙を舞った。

 

『ウアーーーッ!』


 右腕部を奪われても、悲鳴を上げてもなお、ハクアの闘志は決して萎えることがなかった。〈テンペストⅢ〉は左側にやや傾いだだけだった。

 否、左に体を開いただけだった。


 ナガレは見た。〈テンペストⅢ〉の左腕が腰だめに引かれ、手指は真っ直ぐ揃えられているのを。

 ナガレは見た。〈テンペストⅢ〉の左手指が、薄紅色の炎に包まれるのを。

 ナガレは見た。〈テンペストⅢ〉が左脚を踏み込むのと同時に左腕部が弓矢めいて解き放たれ、真っ直ぐ貫手を放つのを。

 

『――征彌セイヤァーーーーッ!』

 

 ナガレは見た。光が消えたのを。

 同時に、〈スティールタイガー〉の首が消失していた。

 

 やや遅れて光の消えたモノアイの首が、地に転がった。

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