6 骨肉相食む者たち

 三騎、別のフロアに入っていた。

 夕暮れの荒野だ。天井は低いが、フィールドは広い。イクサ・フレームの陸戦能力を十全に活かせるフロア。


 マクラギがおびき寄せたのだ。ここでなら、邪魔も入ることなく存分のイクサが出来る。

 

 唇が自然に笑みの形に歪む。


 マクラギは〈スティールタイガー〉を踏み込ませた。トップスピードへ乗るのに十分な距離だ。

 狙うは〈テンペストⅢ〉。与し易い相手と見ての攻撃である。これを排撃し、以て〈グランドエイジア〉一騎に当たる。このクラスの相手となると、二騎同時の相手は勝算はかなり低くなるからだ。

 

 サスガ・ナガレとヤギュウ・ハクア。一人一人ならばどうとでも料理出来る。二人ならば、ちょっと難しいところだ。


 ぶつかる直前、ハクアがやや速度を緩めた。ハクア専用〈テンペストⅢ〉の薄紅装甲の前に〈グランドエイジア〉の黒金装甲が割り込んでくる。

 右から、横殴りの斬撃が来た。マクラギはカタナで防御、四時方向へのステップ退避で威力を殺す。


 逃れた〈スティールタイガー〉へ突っ込んでくる〈テンペストⅢ〉。しかしカタナの距離には僅かに遠い。タネガシマライフルの二点射が〈スティールタイガー〉を狙う。マクラギはそれを大きく円弧機動で躱しつつ、〈グランドエイジア〉へ再び当たる。再びカタナがぶつかる。〈グランドエイジア〉を壁にしているため、タネガシマは来ない。

 

 しかしそれも長くて一秒の猶予だ。


 カタナを二度打ち合わせただけで、マクラギは騎体を〈グランドエイジア〉から離脱させる。次の相手は無論〈テンペストⅢ〉だ。左回りの旋回機動からの斬撃を、〈スティールタイガー〉は切先を下にしたカタナで受ける。

 

 視界の片隅には予想通り、次に来るのは〈グランドエイジア〉。

 

 〈スティールタイガー〉の前蹴り。〈テンペストⅢ〉は既に移動し、蹴りは空を切る。

 肉薄する〈グランドエイジア〉は斬撃すると共に既に離脱。間髪を入れず〈テンペストⅢ〉が仕掛けてくる。

 

「これはこれは……!」


 ハクアの攻撃をあしらいながら、マクラギは視界の片隅に肉薄を図る〈グランドエイジア〉の騎影を捉えている。


 絶え間ない攻撃を打ち込むヤギュウ・スタイルのサムライ・アーツ〈コガラシ・ストローク〉、その二人版。さながら〈コガラシ・コンビネーション〉とも呼ぼうか。しかも〈コガラシ・ストローク〉の場合隙の少ない小技を主として繰り出さなければならないが、コンビネーションの場合その制限は無いに等しい。出力や推力で押し切れば良いのだ。

 

 右からはハクアの〈テンペストⅢ〉が、左からはナガレの〈グランドエイジア〉が、僅かにタイミングをずらしながら〈スティールタイガー〉へ襲いかかる。

 

 マクラギは躱す。躱したと思うや否や、次々に変化して襲ってくる二本のカタナ。

 攻撃パターンが変わった。マクラギは徐々にだが、後退を止む無くされる。

 

 王手を差され続ける、言わば剣と剣の詰将棋ショーギ・コンポジションである。定石ジョーセキ通りならば、数手後に首を差し出さねばなるまい。


 勿論、斬られてやる義理はない。騎体をゆっくり後退させながら、マクラギは左腰部のワキザシを左の逆手に握る。

 

 プログラムが走り接続部から外れる。鞘込めのまま、左のワキザシが〈グランドエイジア〉の逆袈裟斬りを流す。右のロングカタナが〈テンペストⅢ〉の斬り上げを弾く。

 

 〈スティールタイガー〉の後退が止まる。

 

 〈グランドエイジア〉が大振りの胴薙ぎを放つ。それが空を切ると、ゼロコンマ三秒後にはマクラギは反撃を開始する。逆手から順手へ持ち直したワキザシとロングカタナの二刀流による間断なき攻撃――〈コガラシ・ストローク〉の意趣返しだ。

 

 PPP! 電脳からのアラート音。ウィンドウモニタ展開、七時方向からハクアが連続で刺突を繰り出してくる。〈スティールタイガー〉はすぐさま右回り旋回、大振りの斬撃を〈グランドエイジア〉と〈テンペストⅢ〉へ浴びせる。有効打の感触。確認せず、マクラギは騎体を離脱させる。


 イクサ・フレームにして八歩の距離を経て、向き直り、睨み合う。〈グランドエイジア〉が右、〈テンペストⅢ〉が左。それぞれが油断なく青眼に構えている。

 

 なかなかにして手強い。認めざるを得なかった。 

 マクラギは、闘う前からナガレとハクアを無意識に侮っていたのを認めた。


 二人共に過去に知っていたことから来る先入観がそうさせた。半年前のナガレは、ヤギュウ・スタイルをベースにした見所はあるが粗雑な剣としか思えなかった。ハクアに至っては十年も前の話だ。幼いハクアは、ヤギュウ正調のつまらぬ剣という印象があった。

 

 マクラギは我ながら呆れ返る思いだった。ナガレとハクア、斬った敵の数は、二人で合計すると六十や七十を上回るだろう。これだけのイクサを超えて、強くならないはずがない。

  

 更には――急拵えとは思えぬコンビネーション。似て非なるが、確実に源流を一にする剣術。才気に寄り掛かることなく、実戦にて磨かれた技倆ワザマエ。イクサ勘。攻撃の苛烈さ。

 

 全く、忌々しい限りだ。全てがハチエモンの因子ミームを感じさせる。

 

「お前ら、デキているのか?」

『違う』『違います!』


 間髪なく二人はレーザー通信に応えた。全く脈なし。異性としての意識すらない。

 

「それにしちゃあ相性はいいようだな、ハクア=サンよ?」

『同じ師を持つ姉弟弟子ですから』

『そういや、アンタもそうだったな、マクラギ=サン?』


 マクラギの視線が〈グランドエイジア〉のナガレを向く。


『で、だ――ハチエモン=センセイの首を獲った時の感想はどうだ、兄弟子?』


 ナガレの明確な挑発。マクラギのニューロンの奥底で、憤怒相の己が怒号するのが見えた。それは奥底に沈んだまま、表には出てこなかった。


「そうだな……強いて言えば――何も感じなかったぜ」

『……何も?』


 反応したのはハクアの方だった。

 

『師である父を斬っておいて、何も感じなかったと、あなたは?』

「それが全くその通りなんだよ。人が斬りたくて仕方ねえんだけどよ、斬っても何も感じねえんだよ。腹が減ったからレーションを食う、出したいからクソをする――俺にとって人斬りっていうのはそういう行為だ。斬った後は、虚無だ。いつも人を斬るとそうなんだよ。俺は」

『あなたは』


 ハクアの声が震えた。一秒後、彼女はようやく語を接いだ。


『あなたは――人外ヒトデナシです、マクラギ・ダイキュー=サン』


 マクラギは感銘を受けなかった。そうだとしか思えなかった。


「全くその通りだ。まあそれを言っちまうと、お前らにも返ってくる言葉だがな」

『何を』

「だってそうだろうが。何故なら、俺らサムライは人殺しだ。殺人ころしを生業とし、戦争イクサに加担するサムライだからだ」

『な――』

 

 ハクアが絶句した。

 〈グランドエイジア〉が〈テンペストⅢ〉の肩を掴み、揺さぶる。


 これは効いている。マクラギは続けることにした。


「戦争に加担するような奴は、大なり小なり人外ヒトデナシだ。イクサとは、人外ヒトデナシどもの宴なんだ。――何だ? 今のスクールでも教わってないのか?」

『……我らには正義があります』

「正義? 仁義? そのために、何人が犠牲になった? 言ってみろよ」

『…………』


 ハクアの沈黙。二の句の告げぬ、という状態なのろう

 

 思った通りだ。プロフィールを参照する限り、ヤギュウ・ハクアは頑固で一直線な優等生。非の打ちどころのない優等生は、それ故に非の打ちどころのない正論には滅法弱い。


 ハクアが今まで何を見たかはマクラギは知らぬ。しかしヤギュウに属する限り、その任務の性質上忘れがたいショーグネイションやヤギュウの民衆に対する不義理を目の当たりにした、という可能性は無きにしもあらずといったところだろう。マクラギはそこにつけ込んだのだ。ハクアが属する組織に対する、ハクア自身が気づきもせぬ不信へ。

 

「どれだけ恰好をつけようともな、人殺しの人外ヒトデナシという事実は捻じ曲げられんさ。なァ、ナガレ=サン――」

イヤァーッ!!』


 ナガレは〈グランドエイジア〉を肉薄させ、〈スティールタイガー〉へ斬りかかってくる。青眼からの拝み打ち。斜め十字にした二本のカタナでマクラギは受ける。

 

 マクラギと鍔迫合ツバゼリアイを行いながら、ナガレはハクアへレーザー通信による叱咤をした。

 

『何呆けてンだハクア=サン! 今はイクサだぞ!』


 ハクアは応えない。〈テンペストⅢ〉はうなだれたように動かない。

 

 一本のカタナに二本のカタナで応じつつ、マクラギが言う。

 

「ナガレ=サン、お前はどう思うんだ?」

『ア? 人殺しは大罪に決まってるだろ。だからよ――』


 ナガレは一歩引いた。僅かに遅れて、合わせてマクラギも騎体を一歩引く。

 また、ぶつかり合う。


『アンタは俺に殺されてくれ! マクラギ=サン!』

「……論理矛盾してるだろうがよ、お前は!」

『してねえよ!』


 ナガレは突く。マクラギは払い、突く。ナガレは流して、斬る。マクラギは巻いて、薙ぐ。


『俺もアンタも大罪人だ。だけど戦場の真理はただの一つだ――敵は斬り倒すものと相場が決まってる!』


 斬り結ぶ。斬って結ぶ。鋭利なヒロカネ・メタルが激しく交錯し、無数の火花が空間に散る。


『そしてアンタは俺の敵だ――ハチエモン=センセイの命、アンタの首で贖え! 到底釣り合わんがな!』

「やっぱりお前も人外ヒトデナシだよ、ナガレ!」


 コクピットの中でマクラギの頬が獰猛な笑みに歪んだ。実際それは獣の笑みだった。

 ナガレも同じ表情をしているのだろうと、マクラギは思った。

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