5 鉄と血の宴

イヤァーッ! イヤァーッ! イヤァーッ!』

イヤァーッ! イヤァーッ! イヤァーッ!』


 アラザキ・レンドの〈アイアン・カッター〉とイノノベ・ドエモンの〈スケッギオルド〉、二騎のイクサは激しさを増す。鬼殺しを謳われるキントキ・スタイルのマサカリと、岩砕きを伝えられるジゲン・スタイルの剛刀。二人のパワーファイターは熾烈なチャンバラ・ラリーを斬り結びながら並走移動する。彼らの巻き添えとなった〈ミルメコレオ〉は最早数知れぬ。

 

『プラトゥーン各位! 若に見惚れとう場合ではなか! 眼の前ン敵ば斬り捨てィ!』

『サトゥーマの田舎者に遅れを取るでないぞ! イノノベ・サムライの意地を見せよ!』


 若き棟梁トーリョーの激戦に当てられ、〈チェスト・プラトゥーン〉と〈ダカツ・バタリオン〉のイクサ・フレームたちも次々とカタナを合わせている。小隊プラトゥーン大隊バタリオン、現状の数はほぼ互角だ。


イヤァーッ! イヤァーッ! イヤァーッ!』

『『イヤァーッ! イヤァーッ! イヤァーッ!』』 


 〈ヴァーミリオン・レイン〉と黒白の〈ペルーダ〉のイクサもまた壮絶である。二騎の〈ペルーダ〉はリーチの差を逆手に取り、サトミ・ヨシノを翻弄してさえいるようにも見える。実際、〈ヴァーミリオン・レイン〉は致命傷こそ受けていないものの、手ひどい装甲ダメージを受けていた。

 

 十字槍の穂先が電光の速度で突き出される。しかし穂先がえぐったのは鳥居トリイの柱であった。二騎の〈ペルーダ〉は嘲弄めいて柱の左右に立っている。

 

『このッ!』


 ヨシノが槍を薙ぎ払う。黒白の〈ペルーダ〉はショートジャンプ回避、それぞれジャンプキックとジャンプパンチを同時に、朱い〈ヴァーミリオン・レイン〉に浴びせた。

 

『ウァーーッ!』


 クリーンヒットが決まり、ノックバックする騎体。黒白の〈ペルーダ〉は追いすがらない。逆襲を警戒しているのだろう。

 

 黒と白の徒手格闘カラテ攻撃は鋭い。ドライバーの二人は恐らく黒帯上級スキルの持ち主だろうが、何より完全なコピー&ペーストめいたコンビネーションが、相互の技倆ワザマエを遥かに引き上げていた。

 

イヤァーッ!』


 テンリューの〈シロガネ〉の前に〈ペルーダ〉が迫る。テンリューは拝み打ちの斬撃を軽く躱し、その胸部に突きを入れる。

 

 カタナを抜きざま、電脳がフロアの微震を感知する。テンリューはすぐに全軍通達。

 

「各位、〈バルトアンデルス〉が来る!」


 巨影が落ちてくる。

 

 巻き添えになる〈ペルーダ〉、〈ミルメコレオ〉、〈アイアン・ネイル〉ら。新たな四肢は以前とは全く異なる形状である。

 獣めいた四つん這いのまま、〈バルトアンデルス〉は罅割れた鬼面で正面を睨め上げた。

 

 テンリューは事前のプログラムを騎体に走らせながら、もう一度通達を行なう。

 

「十秒、奴を足止めせよ。その後は私がやる」


 即座に動いたのは〈アイアン・ネイル〉二騎と、〈ロンパイア〉二騎。前者はともかく後者は意外であった。〈アイアン・ネイル〉が十一時方向から、〈ロンパイア〉が五時方向から、それぞれ〈バルトアンデルス〉を襲う。


 〈バルトアンデルス〉は大型四足獣めいて荒れ狂った。右前肢が〈アイアン・ネイル〉らをまとめて殴り倒し、後肢が跳ね上がり〈ロンパイア〉を蹴り飛ばす。〈ロンパイア〉の内一騎は運悪く鳥居の笠木カサギに直撃し、爆発四散した。


 明らかに、〈バルトアンデルス〉の凶暴性は以前よりいや増していた。

 

 〈テンペストⅢ〉部隊が、鞘に収めたカタナを揮って〈ミルメコレオ〉の残骸を弾き、〈バルトアンデルス〉にぶつけた。〈ロンパイア〉も擲弾筒を巨大イクサ・フレームに向ける。


 〈バルトアンデルス〉はそれらを躱し、弾き、機銃で撃ち落とす。当たるものも到底有効打とは言えない。


 それだけで十分だ。

 

 〈シロガネ〉の装甲塗料ナノウルシのカラーリングが、銀灰色から黒鉄へ変わっている。そのための十秒は稼いだ。

 

 今の〈シロガネ〉は、見た目だけならば兄弟騎の〈クロガネ〉と殆ど変わらない。


 しかし、イクサ・フレームの電脳ならば、〈クロガネ〉との識別は容易だろう。〈シロガネ〉は特にカルマ・エンジンを〈禅-87〉タイプへ換装している。カルマ・エンジン・パルスや戦闘輻輳音イクサ・コーラスの違いは明確だ。

 

 だがそれでいい。それだけでいい。

 

 テンリューは〈シロガネ〉のタネガシマライフルを一射した。

 

 脚部を失った〈ロンパイア〉をいたぶっていた〈バルトアンデルス〉の肩部装甲に、銃弾がめり込む。

 

 鬼面が〈シロガネ〉を向く。無機質なはずの機械の眼に、狂おしいほどの獰猛さが宿る。

 

『〈グランドエイジア〉……! ナガレ――違うッ! 貴様! 俺をバカにしているのかッ!』

「ドーモ、ミズタ・ヒタニ=サン。タツタ・テンリュー少佐です。サスガ・ナガレなら『心臓』の方だ」

『何ッ!』

「待てミズタ=サン、俺はお前を別にバカにしている訳ではない」


 テンリューはニヤリと嗤う。冷酷なほどの嘲笑である。


「俺は犬に対して、お前は犬だと言っているだけさ」

『貴様ァ! ナガレを出せッ!!』


 四脚で〈バルトアンデルス〉が疾走した。その勢いたるや、至近にいるイクサ・フレームが衝撃波で吹き飛ばされるほどのものだ。〈ミルメコレオ〉が連続して爆発四散する。

 

 完全なる獣の暴走スタンピード。瞬く間に〈シロガネ〉との距離が埋まる。

 

 テンリューは猛牛をいなす闘牛士めいて、その一撃を右に躱す。

 

 〈バルトアンデルス〉のクローが、ヒロカネ・メタルの鳥居に深々と三条の爪痕を刻む。ほぼ同時に、〈シロガネ〉のロングカタナが胴を薙ぐ。

 

 〈バルトアンデルス〉が敵意に満ちた視線を再び〈シロガネ〉に向ける。騎体胴部の傷は浅かったが、テンリューの作戦は思いの外ミズタの精神に深い傷を与えたようだった。

 

『貴様ら……ッ! ツルんで俺を舐めやがって! 跡形も残さず殺してやるッ!』

「妄想と現実は区別すべきだぞ、ミズタ=サン」

『ウウオオオオオオーーーッ!!』


 ミズタの言葉は言葉にならなかった。殆ど――否、完全に獣の咆哮だった。

 

 巨獣の突撃を受けると見せて、〈シロガネ〉が跳躍する。

 〈バルトアンデルス〉の背部に斬撃を一太刀浴びせ、後尾に〈シロガネ〉が降り立つ。

 

 テンリューの思った通りだった。ミズタ・ヒタニは完全に度を失っていた。

 

 ミズタの闘う理由など、ナガレへの私怨だけだ。三度敗北してなおその生命を付け狙う厚顔には恐れ入るが、テンリューはそこにつけ込んだ。〈シロガネ〉をナガレの〈クロガネ〉へ露骨な欺瞞を施すことにより、ミズタ・ヒタニへの挑発としたのだ。ミズタの精神に深々と刻まれた、未だ癒えぬ恥辱という傷口に、嘲弄という名の塩を塗り込んだ訳である。

 

 その効果は、テンリューの予想を超えて覿面テキメンだった。

 

 みたび、〈バルトアンデルス〉が睨み据える。口腔のビームを機能不全のために撃たないのか、あるいは敢えて撃たないのか。

 

 突撃が来る。

 ただし――今度は横回転を加えた螺旋状突撃。これにはテンリューも意表を突かれた。

 

 カタナを突き込む。回転が刀身を弾く。コクピットに衝撃が走る。

 

 石畳に前方から二本の轍を刻みながら、騎体が十メートル、五時方向に押される。徐々に押される。押されながら、〈シロガネ〉は退かぬ。

 

 轟音ゴオン! 大質量の金属と金属がぶつかる音が響き渡った。

 

 テンリューが確認すると、〈シロガネ〉の左腕部装甲はグズグズになっていた。しかし握力は三〇パーセント減で済んでいる。

 

 鳥居がへし折れる。〈バルトアンデルス〉の姿はない。

 

 いや、上だ。上から巨獣が前肢を上げて降ってくる。バックステップ回避した〈シロガネ〉が〇・一秒前までいた地点を、クローが抉る。

 

 土煙越しに〈シロガネ〉のアイスブルーの眼と〈バルトアンデルス〉の紅い眼が睨み合った。

 

 ここに来て、巨獣が立ち上がった。五〇メートルの人型。前に出る。クローを揮う。〈シロガネ〉は押される。後退する。

 

 〈シロガネ〉は、石段まで追い詰められていた。

 

 突如、踵を返して石段を登る。〈シロガネ〉を〈バルトアンデルス〉が追う。

 

 二騎のイクサ・フレームが石段を疾走する。上り詰めた先には、ジンジャ様式寺院。分厚い朱塗りの扉が開け放たれたままだ。

 

 〈シロガネ〉が中に飛び込む。

 

 金属分子を含んだバイオ樫製がふんだんに用いられた、そこは完全に神聖な寺院とも見えた。エド・ポリスのカンエー・テンプルやかつてのイゼー・カテドラルもかくやと思われる清浄な空気アトモスフィアがそこに満ちていた。

 

 しかし同時に、明確な異物がそこには存在していた。全長一五〇メートルの、おびただしいケーブルに繋がれた半球状機械物体。そ己こそがこの寺院の主だというように、中央に陣取っていた。

 

 動力源、ヴァン・モンの「心臓」だ。

 

 やや遅れて、〈バルトアンデルス〉が寺院のバイオ木材床を踏み荒らしながら入ってきた。

 

「成程な。『心臓』の番には如何にも相応しい。――役割をすっかり忘れてしまっているようだが」

『貴様らを全員血祭りに上げれば問題はない』


 テンリューが投げた挑発に、ミズタは案外冷静に返した。

 

 寺院の扉が閉ざされる。核シェルター並の分厚さの扉である。生半可な攻撃ではビクともするまい。

 

 二足歩行の〈バルトアンデルス〉が、悪鬼羅刹ラクシャスめいたシルエットを投げかけた。

 

『貴様など、袋のネズミよ。泣きわめけ。許しを請え。さすれば楽に殺してやる……!』

「何を言っているミズタ=サン」


 テンリューは憐れむような口調で言った。最大限の挑発効果を引き出すように。

 

「お前が有利になる条件など一つもないぞ。むしろ追い込まれたのは貴様の方だ」


 空間は、広い。ここならば〈バルトアンデルス〉でも十全にその機動力を発揮出来よう。


「セカンドステージ、始めようか」


 それでも、テンリューには一切負ける気がしなかった。

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