10 我に免罪符は要らず

 全騎の帰投命令が出た。

 

 各艦から複数の残骸回収用ドローン〈ナマズクン〉が放たれ、人命最優先プロトコルの元に実際狭い廻廊を泳ぎ回っている。

 

 電子戦艦〈フェニックス〉は廻廊の外で、他の三隻の強襲母艦――〈トヨミ・リベレイター〉の〈99マイルズベイ〉、〈サナダ・フラグス〉の〈シナーノ〉、〈ヤギュウ・サムライ・クラン〉の〈トミヤマ〉らと仲良く並んで、一時の補給休憩待機時間を憩っていた。


 〈フェニックス〉に所属するイクサ・フレームは〈グランドエイジア〉一騎のみである。目立つ損傷は胸部装甲と右腕部くらいで、修復用ドローンは三台を残して残りは他の艦に貸し出していた。

 

 それでも〈フェニックス〉格納庫は、〈グランドエイジア〉の修理を巡ってテンヤ・ワンヤと言った有様である。他の艦の様子は、凄いことになっているだろう。

 

 猶予は二時間である。その間に可能な限りの戦力を修繕し、部隊を再編成し、要塞突入後のプランを見直し、話し合う必要があるのだ。


 艦長のユイ・コチョウも多忙であることは間違いない。複数のタブレットを操作して〈グランドエイジア〉ver.1.2のログを確認し、次々と送られてくる他の艦からの連絡を捌き、敵の戦術に対して可能な手を考える。

 

「……わたしは軍属していたことなどないのだが」

『戦術顧問担当を雇われた方がよろしいかと提案します』

「マルタ=サンの言う通りかのう


 コチョウの溜息をコクピットから聞いていたナガレは、その溜息の相手から降りてくるように命じられた。


「調整は?」

「コクピットから出来ることは終わっちまったよ」


 コチョウは頷き、平坦な胸の前で腕組みをした。姿形は少女だが、その挙動には威厳が感じられる。


「もう一騎の〈グランドエイジア〉、か」

「あるとはヤチカ=サンから聞いてたけど」


 その話になることは、ナガレもある程度予想していた。

 〈グランドエイジア〉の原型は、旧アマクニ社が社運を賭けて設計し、作り上げたイクサ・フレームである。

 あらゆる面で現行量産騎カズウチを優越する諸元を誇る騎体となるはずだったIFA-99Xは、しかし結局完成には至らなかった。アマクニ社の倒産によって。


「どれだけの確率だと思う? 生き別れの実質ワンオフの兄弟騎が戦場で出くわす、だなどと?」

「さあ。滅多にあることじゃないだろうが」

「わたしも知らんが、まあ滅多にあることじゃないのは確かだな」


 二騎の〈グランドエイジア〉のうち〈シロガネ〉は倒産の混乱の中でどういう理由でか売却され、アマクニ社には〈クロガネ〉だけが残ったらしい。コチョウが旧アマクニ社を買収したのも、御蔵入オクラ・ウィズインしたイクサ・フレームの情報をいち早く聞きつけたためだ。


「どっちなのだろうな?」

「何が?」

「テンリュー少佐が〈シロガネ〉を手に入れたことさ。果たしてオヌシが〈クロガネ〉に乗っていることを知った上で手に入れたのか、それとも知らずに手に入れたのか」


 慣習から言えば、〈トヨミ・リベレイター〉のような軍閥では、少佐ともなればある程度自分の部隊の編成に対して口出しも可能な立場であろう。自身の乗騎の選択も含まれるはずだ。あるいはタツタ伯爵なり、テンリューを気に入った誰かしらから譲渡されたのだろうか。

 

「……どうだっていいだろ」

「まあ、今考えることではあるまい」


 聞きたければ聞けばいい、とナガレは思う。勿論それは今ではない。全てが終わってからが始まりだ。時間はいくらでもあるだろう。

 

 通信が入った。実直そうな青年である。サナダ・カーレン少将の甥っ子だったか。背も高くなく手脚も華奢で、戦場より研究室の方が似合いそうな男だ。


『ドーモ。はじめまして、ミズ・アゲハ=サン。サナダ・ユキヒロ大尉です』

「はじめまして、か、ユキヒロ=サン。ミズ・アゲハです。オヌシのことは聞いておる。あとミズが敬称だから『サン』は要らない」

『わかりました、ミズ・アゲハ』


 ナガレがその場から去りかけたのをコチョウが引き止めた。重要なミーティングということらしい。

 

 二人は茶湯チャノユルームへゆく。


 ユキヒロは一拍置いて、深呼吸した。何か決断を言わねばならぬときの仕草であるとナガレはすぐ見抜いた。。


『我ら〈サナダ・フラグス〉は、〈セブン・スピアーズ〉技術の封印乃至破棄を決定したことをお伝えします』


 思わず、ナガレは拍手しそうになった。思い切ったものを決定したものだ。コチョウも外見上は平静を装いながら、内面スタンディングオベーションしていてもおかしくはない。ゲイシャ・ドール少女筐体の口元が、あるかなきかの笑みを浮かべていた。


「それは、カーレン少将も同意したのかな、ユキヒロ大尉?」

『ハイ。かなり悩んでおられましたが、結局は折れていただけました』

「折れていただけた、か」

『サナダの歴史は隠忍の歴史でもありますからね。特に古老の方々の説得は困難で……まあ、それはともかく』


 ユキヒロは語尾を濁して誤魔化した。過去の栄光と現在に至るまでの屈辱を忘れられぬ者たちは、どこにでも存在しているのだ。


「仲間が増えてありがたいよ、ユキヒロ=サン。ところでヤギュウはどうなっている?」

『皆目わかりませんね。あっちは手の者は入れられませんし』

「ハクア=サンならば何と言うだろうな、ナガレ=サン?」

「俺に言われてもな……」


 唐突に話を振られ、ナガレも答えに窮した。そもそもスクールではさほど親しくもなかったのだ。それでもなんとか答えを探り探り返してゆく。

 

「……ハクア=サンは正義感の強いサムライだよ。だけど、禁忌技術へ対する倫理観と、所属組織への忠誠――その二つを秤にかけてどっちに傾くかまでは、正直読めない」

『のみならず、ヤギュウ・アオヒコ少佐。彼が大公の意志の名代と見るべきでしょうね。経歴も不明ですし、正直、曲者クセモノだと思います』

「まあ、ヤギュウ・クランやリベレイターを取り込むのは諦めよう。技術争奪戦に於いては二対一対一。オッズは決して悪くない」


 ナガレもその意見に反対はしなかった。テンリュー個人を信頼しないわけではないが、彼には彼の立場もある。


『脚の引っ張り合いも考えられますね。期待しすぎないようにはしますが』 

「それはそれとして、だ」


 コチョウは話題を変えた。

 

 まずは要塞を攻略しなければならないのだ。攻略しなければ、惑星ヤマトに墜ちるという。

 

 ブラフという可能性も考えられた。しかし、最悪の事態に備えて悪いことはないだろう。


「ヴァン・モンはその構造上『心臓動力炉』と『マスターサーバ』を同時に止めねば完全には機能停止しないそうだな」

『はい。過去のデータからある程度は内部構造が変わっている可能性もありますが、そこは変えようがないでしょうね』


 タブレット端末にヴァン・モン要塞の仮想マップが表示される。


「ただ、チームを分割しなければならないか。『脳』に行きたがる連中が多そうだな……脳は記憶をも司るからな……」


 イノノベ・インゾーの秘蔵データがあるとすればそこだろう。構造マップデータ通りならば、司令室もその近くにあるはずだ。


「だが、イノノベは決して愚劣イディオットではない。ここまで追い込まれても後がないという状況では決してないのだと思う」

「目的達成のための望みはあるということか」

「あの老人は、今ある戦力を使い潰しても生き延びようとするだろうな」


 二人の会話を聞きながら、ナガレは思う。

 イノノベ・インゾーには、ひょっとしたら胸に秘めた高邁な思想があるのかも知れない。それによって築く未来は、素晴らしいものなのかも知れない。

 

 しかし、それを信じるには、かの老人の行なってきたことは、やはり邪悪に過ぎた。イノノベには度を越したエゴイストの傾向がある。目的のためなら手段を選ばず、如何なる犠牲すら惜しまない。その犠牲には、しかし決して自分自身は含まない。

 

「本来ならば生かしておく必要すらないが、奴は知っておることが多すぎる。可能ならばその身を確保したい」


 ナガレは頷いた。どうせ斬るべきと定めた相手は二人だけ。即ちマクラギ・ダイキューとミズタ・ヒタニ。イノノベ・インゾーなどは晩年の楽しみなく孤独に死ぬるがいい。

 

『そこでいい考えがあります。「心臓」と「脳」を一直線に結んでしまえばいいのです』

「そうか、そのためのエーテル・カタナか!」

『障壁を、一気に〈ヴァーミリオン・レイン〉が切り拓きます』

「だが……かなり騎体に負荷がかかるのでは?」

『技術的には可能です。ただ、騎体の限界を超えて、ヨシノが無理をしてしまうかも知れない。それを防ぐために僕も〈ヴァーミリオン・レイン〉に乗ります』

「ほう」


 コチョウが嘆息めいた声を上げた。

 ナガレもこの線の細い青年を見直した。


『僕が出来ることといえば、エーテル・カタナの制御くらいですけどね』

「いや、なかなか見上げたものだよ。しかし」


 コチョウは語を一度区切った。


「〈ミルメコレオ〉始め、温存戦力が要塞内部にはある。ナガレ=サンがブースターをブチ込んだことで要塞側が引っ込めたようだが」

『〈ペルーダ〉もありますね。今のところ、敵は熟練ヴェテランのサムライが少ない。ですが〈ペルーダ〉の連携能力を発揮されれば厄介です』

「〈バルトアンデルス〉もだな。あれが果たして最後の〈バルトアンデルス〉とも限るまい」

『修復して出てくる可能性も』

「だったらもう一度斬るだけだ」


 ナガレが強く意志を込めて言った。

 コチョウが頷いた。


「その意気や良し――と言いたいところだが、それらを引っくるめて退治る術はあるのだよ」

『本当ですか?』


 ナガレは、少し意気阻喪した。


悄気しょげげるなナガレ=サン。シュヴァ湖の事件で闘った〈ミルメコレオ〉――あれをバラしてわかったが、どうやら複数のスレイヴサーバをマスターサーバが統括しているらしい」

『スレイヴとは個々の騎体ですか』

「そうだ。ヴァン・モンの『脳』――マスターサーバを抑えれば、〈ア・バオア・クゥA.B.Q.〉――電脳間の連携は止まる。わたしはそう見ている」

『マスターを、どうします?』

「わたしも〈グランドエイジア〉に乗る」


 ナガレはその言葉の意味を測りかねた。三秒して、

 

「……エエッ?」

「反応が遅いのうナガレ=サン」 

「だって……なあ、ユキヒロ=サン?」


 馴れ馴れしくユキヒロに振ったが、そのユキヒロも実際困惑しているようだった。


「〈グランドエイジア〉に乗るということは、戦場に身を置くということですよ?」

「そのくらいの経験はある」


 全然違うよコチョウ=サン、とナガレは言いかけた言葉を飲み込んだ。コチョウが〈グランドエイジア〉の後部に乗るのは、その場に放置するよりイクサ・フレームのコクピット内部の方が危険がないと判断される場合だけだ。

 今回は違う。どう考えても、電子戦艦の方がイクサ・フレームの内部より危険は少ない。


 しかしナガレの言葉程度でコチョウが止まるとは、どうしても思えなかった。


「〈グランドエイジア〉の電脳能力ならば、ヴァン・モンの『オツム』にクラッキング改竄を最短で出来よう」

『……それが効果的なら、僕にあなたを止める理由はありませんね、ミズ・アゲハ』

 

 ユキヒロは鹿爪らしい顔で顎に手指を当てた。

 

『わかりました。〈ヴァーミリオン・レイン〉含む四騎で「心臓」を、残り四騎が「脳」を受け持ちます』

「そして、〈グランドエイジア〉は『脳』へ向かう。そういうことでよろしいか?」 

 

 合意を得た。


『それで、ですね。ここからは二人で内密の話をしたいのですが』


 ユキヒロの視線がナガレの顔付近を行ったり来たりする。ナガレは立ち上がった。


『ご理解いただけてアリガト・ゴザイマス、サスガ・ナガレ=サン』

「いいさ、ユキヒロ=サン。あと、その堅苦しい口調はやめてくれ」

『了解した。では、戦場で逢おう』


 ナガレは茶湯チャノユルームを退出した。少しコチョウの点てる抹茶が恋しくなったが、我慢した。


× × × ×


 ユキヒロとの通信が終わり、コチョウはじっと茶湯チャノユルームに端座していた。


 コチョウにはナガレには言っていないことが沢山ある。その中には、本人に知られれば確実に問題になりそうな情報も含まれていた。

 

 特にこれは最大級の爆弾だろう。ユキヒロにも、それをナガレに何故知らせないのか尋ねられた。

 

 そう、既にユキヒロは知っていたのだ。ナガレが知るのも時間の問題だろう。


 だが、コチョウは敢えて知らせないことにした。

 

「……こんなもの、イクサの前に見せられるか」


 コチョウはそれが免罪符になり得ないことを知りながら、吐き捨てるように呟いた。


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 第10話「イクサ・フレイム・ウィズイン」終わり

    次回、第11話「マシニング・ラクシャス」へ続く……

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