第11話「マシニング・ラクシャス」

0 眠らざるラクシャス

 敵の突入を目近に控え、宇宙要塞ヴァン・モン内部は更に慌ただしさを増していた。

 

 ヴァン・モンの構造図は、敵陣営にはとうに知れ渡っているものとして動いていた。そこは百年以上の軍歴を持つイノノベで、陣容には手堅さがある。

 

 とは言え、実際の戦術は現場のサムライに任されている。気づけばマクラギ・ダイキューは、要塞の外様トザマに対する全指揮権を握っていた。握らされていた、と言うべきだろうか。確かに戦闘経験や実力で言えば、マクラギに匹敵する者はいない。


 場所は士官用個室。マクラギは携帯通信端末インロー片手に、傭兵たちの部隊編成について、〈ローニン・ストーマーズ〉副官のホネカワ・タダシと話し合っているところだった。


「ストーマーズに回された分の〈ペルーダ〉が一騎余っています」

「ああ、ブンモトが死んでたな」


 タツタ・テンリューの〈グランドエイジア〉がヴァン・モンの「口」へ一気呵成に突入すると見るや、ブンモトが駆る狙撃騎を斬撃始末し、爆発四散を見届ける暇もなく即Uターンし去ったという。電光石火サンダーボルトと呼ぶ他ない早業である。


 ブンモトが俗に言う「イモ」――二流以下の狙撃手――だったにせよ、一刀にて敵を屠ったテンリューの技倆ワザマエは疑うべくもない。

 

 ただ今の状況では、ナガレかテンリューかの二者択一になるだろう。そういう予感があった。

 今は、どちらかと言えばナガレの気分だ。


「要塞内部だから今更狙撃手なぞどうでもいいが、余るのも勿体ないな」

「テデノがいいでしょうな」


 ホネカワが短く応えた。彼自身もまた〈ペルーダ〉に乗ることになっている。

 マクラギは乗らない。〈スティールタイガー〉があるからだ。

 

 ブンモトが自分を「師匠殺しセンセイスレイヤー」と陰で呼んでいたことを、マクラギは知っていた。イノノベの肝煎キモイリでなければ、この手で殺していたところだ。

 

 だからという訳でもないが、マクラギはブンモトの独断専行傾向について見て見ぬ振りをした。その結果として手柄を立てたがっていたブンモトはマクラギに無断で出撃し、勝手に戦死した。犬死イヌジニが常の傭兵でも特筆すべき犬死ぶりである。


 多分、マクラギは一週間後にはブンモトの存在を忘れていることだろう。生きていればの話だが。


 無論、死ぬつもりはない。死ねばイクサは愉しめぬ。


 個室の自動ドアが開いた。


「マクラギ・ダイキュー=サン!!」

 

 名前を呼ばわる声の方へ目を向けた。専用の自動車椅子に乗った若い男だ。端正な顔と言えるだろうが、卑屈さや怒り、尊大さなどのマイナスのカルマの影が染み付いた顔だった。

 

「ドーモ、ミズタ・ヒタニです。アンタが指揮官だと聞いた。頼みたいことがある」 

「何だ」 

 

 マクラギは、これがミズタと初対面だということに気づいた。別にどうでも良かった。頼み事とやらも、おおよその見当はついている。


「俺の配置は、『脳』側にお願いしたい」


 案の定だった。


 〈バルトアンデルス〉は完全に破壊された訳ではない。胴体のコアが残っている。どうやら開発部は、とことんまでデータを取るつもりらしい。

 何しろかの騎体の研究費は、通常の量産騎カズウチイクサ・フレーム開発の三十倍から四十倍と見積もられている。半端者のヤング・サムライを使い潰してデータを収集しても許される額だろう。銀河戦国期の終熄より百年、ヤマトの戦争は経済観念と無縁ではない。


「何故?」


 マクラギは一応訊いた。理由の方など、訊くまでもなくわかっていた。ただマクラギ自身が口にするのは、限りなく億劫だった。


「そちらの方が重要なんだろう? データバンクがあるから。だとすれば、ナガレは『脳』に来る。それで」

「くだらねえ」


 一蹴した。

 ミズタの顎が落ちた。三秒ほど喘ぐように顎を上下動させて、ようやくミズタは発言した。


「くだらない、だと……?」

「ああくだらん。復讐? 雪辱? ハッ、戦場イクサバにそんなもン持ち込むんじゃねえ。決めた、お前の持ち場は『心臓』の方だ」

「くだらないだと……! 巫山戯ふざけるな!」


 ミズタが激昂した。

 マクラギは白眼を向ける。 


「次は! 次こそはナガレを……!」

イヤァーッ!」

「グワーッ!」


 容赦なく、マクラギは拳を頬桁ほおげたに叩き込んだ。ミズタは口から血を吹きながら吹っ飛び、倒れた。


「なァミズタ=サンよ。何で殴られたかわかるか?」


 倒れた姿勢のミズタが顔を上げた。本当に理解していない顔だった。

 マクラギは立ち上がり、敢えて噛んで含めるような口調で続けた。


「復讐や雪辱を戦場に持ち込むこと、これは心底くだらんと思うが、俺がそう思ってるだけで個人の問題だ。別にいい。だがよ、『次』――サムライがそれ言っちゃ終わりだぞ」


 ミズタが目を剥いた。


「テメエは既に三度もナガレに負けてるんだ。負けってのは、本来死だ。次なんてありゃしねえンだよ」

「グ、グググ……ッ」


 ミズタが身を起こし、横倒しになった車椅子に手を掛け、気迫の籠もった目でマクラギを睨みつけた。気迫だけだな、とマクラギは思った。

 

 ミズタの手脚の先は、義肢と呼ぶにも余りに簡素な金属の棒だ。これはこれでハイ・テックの塊であり、〈バルトアンデルス〉との神経接続を成しているのだ。

 この棒のお蔭で、ミズタは手脚の再生医療を今後受けることすら出来ないという。


「それとも何か? 俺の指示が聞けんのか? ならばイクサ・フレームから降りろ。サムライであることを捨てろ。そこまでしてナガレの首を獲る覚悟があるのなら、認めてやらんでもない」


 ミズタの眼が怯みを見せた。それは今のミズタには一番効果的な脅しだからだ。〈バルトアンデルス〉を引き離されれば、ミズタ・ヒタニは手脚をもがれたも同然である。


 彼がサムライであることを捨てることが出来たならば(そしてイノノベと一族との関係性を無視すれば)、良質の義肢や生身の再生手脚で、今後の人生をそれなりに生きることも出来たかも知れない。ナガレに対する屈辱を抱えたまま。

 しかし、その人生をミズタは選ばなかった。彼はサムライであることを捨てられなかったのだ。


「貴様に選択権はないんだよ。悪魔に身も心も売り払った貴様にはな」


 つまるところ、悪魔との契約とはこういうものなのだろう。一見して選択肢のあるようで、実際の道は一つだけ。そこに足を踏み入れた者は、気がつけば後戻りが不可能になっている。

 

 サムライと悪魔は、サムライとヒューマニズムよりずっと相性がいい。


 マクラギは、ミズタ・ヒタニを立ったまま見下ろした。一切の感情の籠もらない視線だった。


「以上だ。わかったらとっととね、ミズタ・ヒタニ=サン。俺からは何も言うことはない。折角手に入れた手脚を腐らせるなよ」


 もうミズタの顔は見なかった。いつの間にか元のように起こされていた(ホネカワがやったようだ)車椅子に這うようにして座り直し、ミズタ・ヒタニは部屋から出て行った。


 マクラギとホネカワは戦術的な話を続けた。


「あの蟻どもは?」

「〈ミルメコレオ〉ですか? 数は15%を失いましたが、それでも十分な数があります」


 一度出した〈ミルメコレオ〉を引き上げさせたのは、ドクター・サッポロの判断である。もう少し〈バルトアンデルス〉の単騎戦闘データを取りたいという願望をイノノベが聞き入れたのだ。ちょうどロケットめいてナガレの〈グランドエイジア〉が切り離したブースターが、「口」の第一次防壁に穴を開けたのも契機になった。

 

「白兵戦能力ではイクサ・フレームの敵にはなりませんが、それでも数さえあれば脅威たり得ます」

「知ってるよ」 

 

 自動多脚戦車〈ミルメコレオ〉の基本諸元は、マクラギの頭に入っていた。サムライが主力である戦場で用いる兵器というよりは、むしろ民衆鎮圧のためのものという印象が強い。力なき民衆を弾圧するための兵器。

 

 〈ミルメコレオ〉の図面を引いたのも、またドクター・サッポロ・アツンドという話だ。マクラギは、彼とは口を聞きたくもなかった。

 

「眠れんのか、ホネカワ=サン」


 僅かに、ホネカワの目元に隈が浮いていた。ホネカワは恥じるようにそれを認めた。

 

「ええ、まあ。緊張しています」

「少しでいいから寝ておけ」

 

 マクラギは言った。優しさの問題ではない。睡眠不足で火急の判断を誤られてはそれこそ洒落にもならぬ。


 尤もホネカワにそう告げた彼自身、ここ2日全く眠っていない。眠る必要がなかった。それほどまでに脳と身体は昂揚していた。

 

 もうすぐ、修羅場の幕が開ける。安全地帯で高みの見物を決め込むサッポロのような連中にはさせておけばいい。


 マクラギにとっては、待ち望んだ時間だ。見物などしていられるはずもない。


 修羅場は、参加するのが一番愉しいに決まっている。特に、マクラギ・ダイキューのような人外ヒトデナシ悪鬼羅刹ラクシャスには。

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