5 赤き一条の光が

 自部隊の騎体を見た。隊列を維持し、敵と根気よく渡り合い、戦力を削っている。ヤギュウ・クラン独自の巧妙な集団戦法だ。


 ただ一騎だけが、敵に包囲され孤立無援の状態にあった。その宇宙仕様〈テンペストⅢ〉の右腕は既にもがれ、微細なアーク放電を虚空に散らしていた。本来ならば継戦不可能として撤退させて然るべき損害状況である。

 

「アブナイ!」


 ハクアは急遽、部隊をまとめて救援へ向かう。いずれのヤギュウ・サムライも士気は旺盛で、騎体に目立った損害はない。本来ならば一人一人が十人と渡り合うような剛の者を揃えているのだ。その上「犠牲は恥なり」という風潮は、若いサムライの間では決して珍しくなくなっていた。

 

 兵に限らず、犠牲を強いるを良しとするような時代では最早ない。新しい時代のサムライなのだ、という自負がハクアには存在する。その矜持が、部下の死を肯んじようとは考えさせなかった。

 

「吶喊します!」

『『『オオオオーーーッ!!』』』


 敵の包囲は意図があるのかないのかわからぬが、分厚い。それらをハクア騎が先頭として切り込み、引き裂いてゆく有様は、重く鋭利なノダチ・ブレイドの一撃めいていた。

 

 だが、突撃が止まった。魚鱗ウロコめいて固まる〈ペルーダ〉部隊が、堅き盾としてカタナを阻んだのだ。

 ハクアは自部隊を散開させた。こちらも盾として敵に対抗する構えである。

 

 押し合う〈ペルーダ〉と〈テンペストⅢ〉の部隊。

 

 しかしその間にも孤立した〈テンペストⅢ〉は敵にジリジリと追い詰められている。左手にカタナを握って振り回すが、多勢に無勢。〈ハルベルト〉の槍により〈テンペストⅢ〉の左脚部を斬り落とされた。


 ハクアが眼を瞑ろうとして、思いとどまった。せめて部下の最期の姿は見てやらねばならない。それが部隊を預かる者としての義務だと思ったからだ。


 誰もが危うんだ孤立〈テンペストⅢ〉の運命は、しかし終わらなかった。


『――イヤァァァーーーーッ!!』


 あたかも朱光の飛沫しぶきを上げて宇宙を奔る流星一条!

 

 その進路上にあったイクサ・フレームは騎種・騎体を問わず斬断され、爆発四散の運命を辿ることになった。〈テンペストⅢ〉と押し合っていた〈ペルーダ〉部隊の一部もその一閃で切り裂かれ、そのままハクアは押し込み、崩す。


 そう、それは一騎のイクサ・フレームである。猩々ショージョーレッドの装甲に金の鹿角カヅノ。十字槍を肩部装甲にマウントし、右手マニピュレータに握っているのは代名詞的兵装〈エーテル・カタナ〉。まさしく〈サナダ・フラグス〉の旗騎〈ヴァーミリオン・レイン〉である!

 

 エーテル・カタナを腰部装甲の鞘に納め、代わりに手にした槍を揮って〈ヴァーミリオン・レイン〉が敵を斬り裂く。その間に孤立〈テンペストⅢ〉の救出は成った。ハクアはそれを部下たちに任せる。

 

 敵の数は明らかに減っていた。それでもなお多い。

 

 〈ヴァーミリオン・レイン〉の方からレーザー通信が来た。戦場には場違いな明るい声が、ハクアの鼓膜とニューロンを少し揺さぶった。


『ヤッホー、ハクア=チャン! ドーモ、サトミ・ヨシノです! お久しぶり!』

「……ヨシノ=サンですか」

 

 彼女のことは忘れるはずがなかった。〈サナダ・フラグス〉が誇る次世代のスーパーエース・サムライ。若手最強を謳われる一人。そしてジュニアハイスクール時代、剣道ケンドー無敗を誇っていたハクアに唯一土を着けた相手。それがサトミ・ヨシノなのだ。それ以来何度か対戦の機会があったが、負け越している。生身でも、騎体でも、だ。

 

 戦場で出会ったのは、これが初めてである。

 

「部下を助けていただき、アリガトウゴザイマス」

『いいのいいの! あたしとハクア=チャンの仲だし!』 

 

 何故かヨシノはハクアに対して馴れ馴れしい。恐るべき技倆ワザマエの持ち主だが、実際一見してただの女学生にしか見えないのがサトミ・ヨシノである。彼女を知らぬ者ならば、サムライとは到底思えぬことだろう。


 そしてヨシノが五十騎というイクサ・フレームを斬ったドライバーとは、その事実を知っても容易には信じられまい。


 〈ヴァーミリオン・レイン〉に〈ラスティ・ネイル〉三騎が同時に襲い掛かる。ヨシノは少しも動じることなく一騎の胴部を槍で貫き、それを振り回して他の二騎を弾き飛ばす。

 

 宙に騎体の泳いだ一騎を、ハクア騎のロングカタナが袈裟懸けに斬撃する。

 残る一騎の胴を、ヨシノ騎の十字槍が薙ぎ払う。

 

 三つの爆発四散火球が宙域を目映く照らす。

 

『流石だね、ハクア=チャン』

「あなたもです、ヨシノ=サン」

 

 ハクアとヨシノは称賛の言葉を躱し合う。ヤギュウとサナダ、立場は違うが好敵手とはこういう相手のことを指すのだろう、とハクアは思っている。

 

『でも――』

 

 一方、ヨシノは不服げに言った。 

 

『この人たち、そんなに強くない!』

「ええ。練度はそれほど高くないようです」 

 

 ハクアもその点には同意する。数だけは多いが、個人としての練度も、また集団としての連携も、総じてレヴェルは高くないと感じられるのだ。

 

「こちらも即席ニワカならばあちらも、ということですか」

『どーしてくれるのって感じよね! こっちは地獄ジゴクめいたイクサがしたいのに! ホントありえない!』

 

 そのあたりの感性は、どうしてもハクアには理解出来ない。本末転倒ではないかという思いが先にくる。

 

 サムライが強さを求めることは、戦士階級にある者としての本能に近い。ハクアにもそれは確かに存在する。しかしそのためだけに強敵やイクサを望むほど、ハクアは強さに飢えていなかった。

 

 ――PPPP! コクピット内に警告音が鋭く鳴り響く。咄嗟にハクアとヨシノは騎体を散開させた。一秒前まで2騎が存在した座標を、極彩色の光の矢が貫いて奔った。

 

 電脳は観測したカルマ・エンジン・パルスから、その正体をライブラリ検索し、弾き出した。即ち〈ペリュトン〉である。

 

 しかも攻性防御フィールドの極彩の光が、遅れて三つ続く。その狙いは〈ヴァーミリオン・レイン〉だ。

 

『やッだ、もー!』

 

 言いながらもヨシノは舞うが如き機動で、立て続けの三連〈ペリュトン〉突撃を回避してのける。御美事オミゴト


『それじゃバイバイ、ハクア=チャン! 生きてまた逢おう!』


 これ見よがしにスラスターの炎を輝かせると、そのまま〈ヴァーミリオン・レイン〉が先頭の〈ペリュトン〉を追った。残り三騎〈ペリュトン〉もまた〈ヴァーミリオン・レイン〉を追ってゆく。


 〈ペリュトン〉を四騎まとめて相手取るのは、ヨシノの〈ヴァーミリオン・レイン〉でもかなり手こずるに違いない。しかし、ハクアにも援護の余裕はない。

 

 意識を切り替え、ハクアはまた部隊をまとめた。僚騎の撤退は一騎、傷だらけではあるが撃破はなし。上々というべきだろう。要塞へ近づいてゆく。


 攻城側は、気づけばヴァン・モン廻廊の半ばを過ぎ、残り3分の1というところまで来ていた。要塞までは遠くはないが接近は容易ではない、という距離だ。三次元ジャイロ羅針盤の敵マーカーも大分数を減じている。

 

 要塞の入り口――通称「ヴァン・モンの顎」――に迫りつつある一群があった。〈アイアン・カッター〉をカシラとした部隊、サトゥーマ・クランからやってきた〈チェスト・プラトゥーン〉と言ったか。サトゥーマ・サムライの剽悍さを随分と発揮したようで、装甲が無傷のイクサ・フレームは一騎もないようだった。装甲が脱落している者もある。

 

 銃弾の降り注ぐ中、一番乗りの名誉をあずかった〈アイアン・ネイル〉が、「ヴァン・モンの顎」に右足をかけた。その騎体はロングカタナの切先を頭上高く上げて存在を誇示する。

 

 背後から来ている巨影に気づくこともなく。

 

 次の瞬間、〈アイアン・ネイル〉の上半身が消失した。

 

 要塞の「口」の中から、巨影の姿が次第にアラワになる。

 

 全長五〇メートルの人型。姿勢はやや猫背気味に前傾し、小さめの胴体に末端肥大した四肢が伸びている。頭部はヴァン・モン要塞そのものを抽象化したような鬼面キメン。肩部装甲には神秘的かつ禍々しい古代ヤマトグリフで「バルトアンデルス」の八文字が記されている。――あれが!? あれが〈バルトアンデルス〉!? 何たる巨大にして異形のイクサ・フレームであることか!

 

「あれが……!」

 

 ハクアが息を呑んだ時、〈バルトアンデルス〉の鬼面の口腔の奥が赤く燃え、そこから一条の光が迸った。

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