6 〈バルトアンデルス〉暴狂

 最初は重かった。そして、痛かった。いや、痛いというより、熱い。

 

 ドクター・サッポロは手足が馴染みきっていないからだと言っていた。直に慣れるだろう、とも。

 

 切断され、機械と接続された四肢は熱のような痛みを訴え続けている。それは苦痛には違いないが、決して耐え難い訳ではない。ずっと待ちかねていた瞬間のための苦痛であると信じていたから、受け入れることも出来た。

 

 そう、おのが手でサスガ・ナガレを屠り去り、爆発四散させるため――究極的にはそのためだけに、ミズタ・ヒタニは悪魔へ身と心を売り払ったのだ。

 

 決して安くない代価だが、今更惜しむ心はない。今のミズタ・ヒタニは地獄めいたイクサを望んでいた。

 

 うなじに接続されたケーブルから、膨大な1と0の情報が流れ込んでくる。それは人間の脳髄程度のプロセッサでは処理しきれず、全神経が灼けるような激痛が襲い掛かる。

 だがそれも一瞬のこと。痛みが潮めいて引くと、手足の痛みもまた消えていた。なるほど、ドクターの言っていたのはこういうことか。


 ……どうにも時間の感覚が曖昧だ。

 

 気づけば周囲は喧騒と焦燥に包まれていた。どうやら臨戦態勢にあるらしい。

 

『〈バルトアンデルス〉』


 ドクター・サッポロがコクピット内部のミズタに呼びかけた。コクピット内部で、機械と接続されたミズタへ。


『出られるかね、ミズタ=サン?』

 

 ミズタは肯定した。

 悪魔は――ドクター・サッポロは微笑んだ。

 

 大型カルマ・エンジン〈犠-6363〉が重々しく唸りを上げて始動する。

 

 無数の送電ケーブルに繋がれた〈バルトアンデルス〉が、鬼面の双眸ひとみを爛と輝かせて動き出す。

 

 トヨミ軍七大超兵器セブンスピアーズ最強騎。直立全長50メートル、総重量500t、大型メガイクサ・フレーム〈バルトアンデルス〉が、ミズタ・ヒタニの拡大された手脚として今動き出す。


 光学迷彩展開。巨大な異形の姿が周囲に溶け込む。通常電脳の探知能すら欺瞞する迷彩である。

 

 ミズタは巨人の一歩を踏み出す。その感覚で確信に至る。こいつは俺だ。俺の、新たな四肢だ!

 

 カタパルトに乗り、斜め前方に射出される巨体。その姿は、目視可能ならば舞台の奈落より飛び出す歌舞伎役者カブキアクターめいて見えていたことだろう。全長五〇メートル、重量五〇〇トンが嘘のような軽捷ぶりだ。〈ガリンペイロ〉ですら及ばない。

 

 ミズタは敵の姿をすぐ捕捉した。こちらに背を向け、カタナを掲げる〈アイアン・ネイル〉。――ウツケめ!

 

 ケーブルを引き千切りながら、跳躍した。その速度と距離が、ミズタを更に驚喜させた。あっという間に、敵の背中はすぐ目の前に現れていた。

 

 着地と共に光学迷彩解除。構わない。右腕を振り上げ、その先端の鋭利なクローを突き出す。

 

 大型砲の直撃を受けたかのように、〈アイアン・ネイル〉の上半身が弾け飛んだ。まるで豆腐ほどの感触すらなかった。

 

「フフフッ……ハハハッ……こいつ、砲弾かよ!?」


 思わず笑ってしまった。イクサ・フレームを駆ることがこんなに容易かったとは! 今までハイスクールで学んだことが全くバカらしく感じられた。

 

 センサーに感あり。ヤギュウ・ハクア専用〈テンペストⅢ〉。こんなところで遭うとは奇遇な。

 

 まずは挨拶代わりの砲撃と行こう。

 

 〈バルトアンデルス〉の顎が開き、口腔から大口径ショックビーム砲が放たれた。


 ハクア騎は攻撃を予め読んでいたのだろう。身を翻して回避する。

 

 その代わりというべきか、背後で直撃を受けて爆発四散する騎体があった。マーカーによれば味方の〈ワイヴァーン〉。位置取りからハクア騎へ攻撃を仕掛けるものだったようだ。

 

「知るかよ」


 口元を冷淡に歪めながら、ミズタは言い捨てた。


 ハクア騎が蛇行軌道を描いて〈バルトアンデルス〉に急接近を仕掛けてきた。


 それよりも、足元にまとわりつこうとする〈アイアン・ネイル〉共が眼についた。僚友の仇討か。


 ミズタは左腕部機銃をバラ撒き、〈アイアン・ネイル〉共とハクアを同時牽制。

 

 〈アイアン・ネイル〉と〈アイアン・カッター〉が大上段から同時に襲い来る。ジゲン・スタイルの大上段からの一撃。それはヤマト全星に威名を轟かせる剣だ。

 

 その同時攻撃を、〈バルトアンデルス〉が左右の腕部クロ―で真っ向から受け止めた。流石に、重い。

 

 しかしそれだけだ。〈バルトアンデルス〉が右脚を跳ね上げる。その先端には、分厚い電熱溶断ヒートマサカリ。

 

 〈アイアン・カッター〉を庇って〈アイアン・ネイル〉が左右に分断された。やはり、豆腐より柔らかかった。

 

 左肘部ロケット点火。左腕を揮い、〈アイアン・カッター〉を殴りつけた。左腕部を根こそぎ潰されながら、〈アイアン・カッター〉が吹っ飛んでゆく。

 

「運がいい奴だ……」


 腕もいいのだろう。咄嗟の判断で左腕部を丸ごとクッションに使い、コクピットを守ったのだ。洒落臭シャラクサし!


 だが他の騎体らが接近しつつあるので追撃はやめた。取り分け面倒なのはハクア騎である。ああ見えて彼女は粘り強い剣を使う。

 

 一掃するため、右の後ろ回し蹴りを放つ。2騎の〈アイアン・ネイル〉が直撃を受け、ノックバックした。内1騎は頭部電脳をひしゃげさせ戦闘継続不能に。

 

 ハクアはその一撃を掻い潜りつつ、懐へ潜り込んで来ていた。

 

 地摺りから切先が奔る、その一撃を〈バルトアンデルス〉の左腕装甲が防ぐ。腕部装甲は頑強である。

 

「ドーモ、ミズタ・ヒタニです。久しぶりだな、ハクア=サン!」

『ミズタ・ヒタニ=サン、ですか!』 

「そうだ! そしてこれが〈バルトアンデルス〉!」 

 

 右腕のクローがハクアの〈テンペストⅢ〉を狙って動いた。果たせるかな、ハクア騎は身を沈めてスラスター点火、〈バルトアンデルス〉の脚部の間をすり抜けるように移動しながら脚を斬る。しかし、脚部装甲もまた腕部と同様の強度なのだ。

 

「これが俺の新しい手脚だッ!!」

 

 頭部が背後の〈テンペストⅢ〉を向く。その口腔から威力を絞ったビームが迸った。翻転して〈バルトアンデルス〉の背後から斬りかかろうとしていた〈テンペストⅢ〉、その右肩部装甲が円形に穿たれ、溶融され、右腕部が断裂された。

 

 ビームの直撃を受けながら、ハクアはその威力を借りて体勢を立て直す。予備のワキザシ・ショートカタナを構える〈テンペストⅢ〉の姿を、ミズタは小賢しくも微笑ましいもののように見る。

 

 横手から、多数の多脚戦車が出現した。イクサ・フレーム・サイズの蟻に似たその姿は〈ミルメコレオ〉。多脚戦車が放つ機銃の雨を横殴りに受け、さしものヤギュウの剣姫ソードプリンセスも怯みを見せた。ハクアも〈ミルメコレオ〉へ機銃を撃って牽制しながら蛇行機動で距離を置く。

 

 タネガシマライフルの銃撃が、廻廊側から飛んできた。

 

 それを〈バルトアンデルス〉は躍るような機動で回避する。見た目を裏切って、その機動性は極めて高いのだ。前面装甲はおろか、鬼面の頭部もタネガシマの一発や二発では通らない程度には堅牢である。


 〈バルトアンデルス〉が「ヴァン・モンの顎」を蹴って、宇宙空間へ翔んだ。莫大な推力で、みるみるうちに加速してゆく。


 宇宙浮遊物デブリに隠れてタネガシマを構えていた赤い〈ロンパイア〉の胸部へ、〈バルトアンデルス〉の前蹴りが食い込んだ。回避の余裕すら与えぬ一撃。コクピットブロックがドライバーごとぐしゃりと潰れる感覚は、豆腐より雪ダルマを潰したときのことを思い出す。

 

「……ハハッ、ハハハッ」

 

 自然と、笑いが湧き上がった。

 

「……ハハハハッ! 見たかよ、この力は! ハハハハハッ!」

 

 笑いは哄笑に変わった。おかしくて仕方なかった。

 

 3騎ほどが斬りかかってきた。〈アイアン・ネイル〉と〈ロンパイア〉と〈テンペストⅢ〉の混成である。


「ハハハハハッ! 通常の3倍の出力で!」

 

 〈テンペストⅢ〉を右腕で打ち据え、〈アイアン・ネイル〉をクローで薙ぎ払い、〈ロンパイア〉を脚部ヒートマサカリで切断する。

 

「敵を! 蹂躙し! 劫略ごうりゃくし! 屠り去る!」

 

 動かなくなった〈テンペストⅢ〉を、左腕クローで掴み上げた。そのまま〈バルトアンデルス〉は頭部の高さまで持ち上げた。

 

「これはもう! 花魁オイランを抱く以上の快感だッ!! ハハハハハハハハッ!!」


 哄笑の如く、〈バルトアンデルス〉の口腔から大出力ビームが迸った。ビームは〈テンペストⅢ〉のコクピットを穿って虚空へ走り抜けていった。


 残った騎体を蹴飛ばす。三つのイクサ・フレームが爆発四散の爆光を残して、消えた。

 哄笑は、まだ止まらない。

 

 やがて、レーダーが高速機動物体を捕捉した。

 ズームする。その正体を見極めるのと同時に、ミズタ・ヒタニの哄笑が止んた。意識せず、その眼が見開かれる。

 

 高速機動物体はイクサ・フレームだ。長大なスラスターを背負った騎体だ。黒鋼の装甲、ビームクワガタ、燃えるオレンジの疑似ツインアイ、食いしばった乱杭歯の面頬マスク――見忘れていない。忘れるはずもない!

 

 その騎体! ――〈グランドエイジア〉!

 

「――サスガ・ナガレ=サンッ!!」


 ミズタは咆哮した。憎悪、憤激、嫉妬、屈辱、そして歓喜――様々な感情がごた混ぜになった咆哮が、〈バルトアンデルス〉のビームと共に迸った。

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