第8話「オッド・ブレイド」

0 宇宙への理由

 ……再会の、少し前。


「オツカレサマだ、タナカ=サン」


 テントに造られた急拵えの執務室。書類に当たっていたタツタ・テンリューへ、タナカはミッションの成功を報告した。


「〈サナダ・フラグス〉が先鋒サキガケとして〈ヴァーミリオン・レイン〉を送り込んできました」

「把握している。ヤギュウも既に逃走する基地職員を抑えにかかっているところだ」

 

 テンリューが書類から顔を上げた。やや青みがかった眼がタナカを見つめて来る。深い眼だ、とタナカは思った。20歳前後の若造とは到底思えない眼である。その眼は深く、感情は読みにくい。テンリューの諜報活動に携わって半年が経つが、その印象は変わらないままだ。

 

 サスガ・ナガレの眼を思い出した。ナガレの眼は、恐れ気なく今のタナカの全てを観察しようとしていた。テンリューの眼は、深い部分まで見通してくるようだ。

 いずれにせよ、ただ剛直なだけのサムライの眼ではない。ニンジャとしてはやりにくい相手には違いなかった。

 尤も、タナカはテンリューもナガレも嫌いではなかった。それぞれ全く違う理由ではあるが、タナカは二人に好意に近いものを抱いている。


「ここは話し合いの場でも設けようと思う。三者会談だ」

「応じますかな?」

「応じるさ」


 応じないならば愚か者。そういうニュアンスを滲ませた口調だった。感情は相変わらず見えにくいが、テンリューには辛辣なところが時々垣間見える。


「それで、タナカ=サン。拉致された人々は?」

「ヤギュウへ引き渡しました。よろしいですね?」

「ああ。これでナガレに対して面目は立っただろう」


 タナカはテンリューを見つめ返した。

 

「どうした?」

「……どうもわかりかねますな、テンリュー少佐」

「何がだ」

「あなたが何故あの小僧に拘泥するかですよ。10年もの間、顔を合わせることもなかった幼馴染。言ってしまえば関係性などそれだけだ」

「それだけの関係性ではないからさ。あの場所で、我らは奇跡と生命とを共有した……」


 他にも何か言い掛けたようだが、結局テンリューは口を閉ざした。喋りすぎた、とでも思ったのか。


「我ら」という言葉。それがテンリューとナガレとミサヲのことであることは、タナカも知っていた。三人で生き延びた。その後、三人は二人になって、タツタ伯爵に拾われ、その養子になった。しかし知っているのはそこまでだ。「彼ら」が見たことについては、テンリューは頑ななほどに誰にも語ろうとしない。

 

 タナカの方が気を利かせることにした。

 

「データは、ここに」


 テーブルの上に差し出したメモリを、テンリューはタブレットに読み込ませた。その内容を見て、テンリューは頷いた。

 そう……このデータこそが潜入ミッションの要だ。拉致人員救出も、基地破壊工作すらも、このデータの前では意味を成さない。テンリューはそうとまで言い切った内容である。

 

「〈カーバンクル〉……やはり、あの老人イノノベが関わっていたか」

「そのようですな」


 これをテンリューは、あわよくば内密のうちに奪取するつもりだった。しかしそれは地上にはない。

 あるとすればイノノベ・インゾーの元に。即ち、宇宙。


「私にも宇宙へゆく理由が出来た」


 タナカはテンリューに、確信的な気配を感じた。まるで来るものを待っていた、という気配だった。


「私も、行かねばなりませんか?」

「いや。タナカ=サンは、西へ行ってくれ」

「西――ですか」

「マクサーへ」


 タナカは頷いた。西、マクサー・シティ。ショーグネイションへの反乱の芽が育ちつつある場所。


「何人か手の者ニンジャを忍び込ませているが、戻ってこない」

「ほう。だから私の出番ですか」

「行ってくれるな」 

御意ヨロコンデ!」


 それ以上の説明は不要だった。身を翻し、タナカはテントを抜けた。

 テンリューの与える任務は厳しいが、少なくともタナカに生き甲斐を与えてくれる。御意ヨロコンデ、という言葉も決して嘘ではない。

 一方で、どんどん深みに引きずり込まれる感覚はあった。どのような深みかまではわからない。しかし、確実にのっぴきならない状況に、徐々に脚を踏み入れつつある。理性ではなく、ニンジャとしての勘がそれを告げていた。

 

 あるいはそれでいいじゃないか、とタナカの別の感情がそうも告げていた。


 テンリューは養父であるタツタ伯爵の引き立て故に、〈トヨミ・リベレイター〉でもそれなりの地位にある。彼にまつわる、品性を疑うような噂話もタナカは知っていた。

 しかしテンリューがコネクションだけで今の地位を保っている男ではないことも、タナカは理解しているつもりだった。

 必ずや、テンリュー勇躍の時が来る。そんな予感があった。彼が巻き起こす何かを目近で見たいとも思っていた。

 

 カウヴェ・シティに夕刻が迫りつつある。空の色を見ながら、タナカは懐のタバコに手を伸ばし、それが切れていることに気づいた。

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