7 イクサを為す者
遠い昔のことのように思われた。
ナブラ・シティ、士立ヤギュウ・ハイスクール。ナガレがここに通っていたのは、僅か3ヶ月前のことである。その間に、様々なことがあった。ありすぎた、と言っていい。
今まで、少なくともイクサ・フレーム20騎を斬ったのだ。
ナガレは休学中の学生で、まだ学校に籍は残っているはずだ。しかし今となっては、在籍していたという認識自体が希薄になっていた。
1人で裏門からスクール敷地へ入った。調査官としての偽装が効いているため、守衛も何一つ気に留めずに通してくれた。
尤も構内に入ると、そういう訳にも行かない。
「あれって……だよね?」
「サスガ・ナガレだよな……」
「ナンデ? サスガ・ナガレナンデ?」
生徒たちが囁き交わす声が聞こえる。彼らにとって自分は何なのだろう、とナガレは思う。拉致された研修生が、トヨミ家七大超兵器を撃破して帰ってきた。
今のナガレにはどうでもいいことだった。
ファクトリー棟。
黄色と黒の現場保護テープで封印された入り口の前、誰かが所在なさげに佇んでいた。ナガレはその人物に覚えがあった。
「ケンヒト=サン?」
呼びかけた。ケンヒトはこちらを向いたが、誰だったか一瞬、気づかなかったようだ。ケンヒトは目をしばたたかせ、確認するように言った。
「……ナガレ=サンか? 随分……久しぶりだな」
ケンヒトの声には戸惑いがあった。どの話題を持ち出したらいいのか、わからないようだった。
「ドーモ。お久しぶりです。14人が死んだって聞いて、さ」
ナガレは単刀直入に言った。ケンヒトの顔が曇った。
「ああ。アタロウ=サンも……気の毒なことになった」
ナガレが保護テープを潜って中へ入る。ケンヒトもそれに従った。
「資料を取りに来たんだ。論文に必要だから……」
中を歩いてゆく。歩き慣れた廊下だった。ベタベタと貼られた学生バイトの張り紙も、機械油の臭いも、今となっては懐かくさえある。
「けど、こうなっちまって……」
二人が脚を止める。白テープが、倒れた者の姿を輪郭として物語っていた。
そこから死者の姿が増えていく。13人。
「アタロウ=サンが殺されたのはここだ」
ケンヒトが応接室を指差した。これで、14人目。
「コージロー=サンが連れて行かれたって本当かい?」
ナガレの質問にケンヒトが頷く。
「連絡も取れないんだ。彼とアタロウ=サンの孤児院も心配していた」
ナガレは応接室へ入った。ケンヒトは廊下に留まった。
くたびれたソファに、横たわるアタロウの輪郭を白テープで型どっている。しばらくナガレがそれを睨むように見ていると、
「……その日、ミズタ・ヒタニが来ていたんだ」
「ミズタが?」
ケンヒトが出した名前に、ナガレは驚いて振り返った。
ミズタ・ヒタニ。校内イクサ・フレーム・トーナメントでナガレが負かした男。取り巻きだった学生から聞いた話では、確か休学中だったはずだ。
「ああ。事件のあった時間帯に、棟に入る姿を見た」
「
「軍警察には話したんだけどな」
ミズタ・ヒタニは上級
ファクトリーチームに遺恨を抱いた休学中の学生が、殺人事件と前後して現場に居合わせていた。少なくとも重要参考人として身柄を捜索する価値はある。
ケンヒトが言った。
「ナガレ=サン、お前さんが関わってるのか?」
「――どうも、そうみたいだ」
短く、それだけを言った。本当に確証はない。しかし、ミズタも関わっているとなれば――疑念は確信に変わりつつあった。
もしそれが事実ならば――
「……ナガレ=サン、随分変わったな」
ケンヒトの言葉に、ナガレははっとした。
「変わったって、俺が?」
「そうだ。なんと言うか――カルマというか、まとってるアトモスフィアというか――ちょっと前まで一緒にいたはずの、ナガレ=サンと同一人物とは思えないんだ。そうだよな、ニュースが本当なら――」
ナガレは何も答えず、軽く手を上げてケンヒトの言葉を遮った。
「ケンヒト=サン、心配懸けてゴメン」
「あ、ああ……」
それ以上言葉をかわすこともなく、ケンヒトが資料の入ったメモリを回収し、二人は棟を出た。
別れてから、裏門では
「久しぶりのスクールはどうだった?」
ナガレがクルマに乗るなり、コチョウが聞いた。
ここに戻ってくるべきではなかった、という思いが不意にナガレの胸中に兆した。ここは将来のサムライを育てる場所だ。そして、サスガ・ナガレは最早サムライだった。イクサを為す者だった。
ケンヒトはナガレが変わったと指摘した。変わりもする、とナガレは思う。
イクサ・フレームを駆って実戦を経験し、既に20騎もの敵を斬っていた。ならば、ここにいるべき理由はない。
だから、こう言うだけにした。
「もう、あそこに戻ることはないだろうな」
コチョウが頷いた。
遠ざかるスクールを、ナガレはもう見はしなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます