第7話「ボーン・トゥ・イクサ・ドライヴ」

1 後継者たち

「ネコチャン、どこですかー? ネコチャーン?」 

 

 ヨシノが公園ベンチの下を探していた。彼女はチェックのミニスカートを履いており、そのヒップは豊満だった。

 ユキヒロは、心配そうにヨシノの方を見ている男女の子供を見た。兄妹のようだ。兄は猫よりもヨシノのヒップの方に興味津々らしかった。ユキヒロはそのイガグリ・ヘッドを引っ叩きたくなったが、我慢する。

 

 植木が動いた。どうやら猫が動いたようだ。同時にヨシノがベンチの下から抜け出る。リボンで結わえたポニーテールに、ゴミ屑やら葉っぱが絡みついていた。

 

 草叢くさむらから虎縞の猫が脱兎の如く逃げ去ってゆくのが見えた。勿論ヨシノが見逃している訳がない。「ンニャー!」と叫びながら、ヨシノが猫を追う。公園は広く、猫とヨシノの姿は近視のユキヒロには見えなくなる。呆気に取られたように子供たちはそれを見つめていた。

 

 ユキヒロのポケットでホラー映画「タミヤ・イエモン・ヴァーサス・オイワ=サン」のおどろおどろしい着信サウンドが鳴った。伯母からの通信だ。

 

「はい、伯母さん。ええ。ヨシノも一緒にいます。はい、わかりました」


 通信が終わる頃にはヨシノが猫を抱えて戻ってきた。首輪を付けた、結構大きい猫だ。猫は不愉快そうにゴロゴロ唸っている。何度か爪を振り回したが、ヨシノは紙一重で回避している。

 ヨシノが妹の方に猫を手渡す。猫の唸り声がいくらか和らいだ。飼い主なのだ。

  

「はい、ネコチャン」

「アリガトゴザイマス、お姉ちゃん!」 

「アリガト、姉ちゃん!」

 

 兄妹が礼を言う。兄が猫の鼻を指でグリグリする。

 猫がその指を噛んだ。「アイテッ!」

 猫はどうやら兄の方には懐いていないらしい。


 猫を抱えた兄妹が家路につくのを、ユキヒロとヨシノは並んで見送った。ヨシノは童顔だが、肩を並べるとユキヒロより背が高い。


「電話なの、ユキ=クン?」

「出陣だよ、ヨシノ」


 ヨシノは花のように笑った。


「わぁ! また人を斬れるんですね!」


 時々、ユキヒロはこの幼馴染のことがわからなくなる。

 ヨシノはイクサ・ドライバーだが、ユキヒロはそうではない。そのことについては、なるべく考えないようにしていた。そしてヨシノの胸は豊満だ。ユキヒトにとっては、そちらの方が重要だ。


 男の方はサナダ・ユキヒロ。女の方はサトミ・ヨシノ。共に若く、トヨミ系過激派〈サナダ・フラグス〉に所属する主要メンバーだった。

 

 

 × × × × × × ×

 

 電子戦艦〈フェニックス〉号は偽装船籍を用いてタネガシマ島へ入港した。


 タネガシマ島はその名からもわかるように、タネガシマ男爵家の本貫地ネーミングタウンだ。ヤマトの地表上から大気圏外へ脱出した旧都オールド・ミヤコ貴族は、自らが造った軌道エレヴェータを嫌がらせめいて破壊した。それを修復し、再利用出来るまでにしたのがタネガシマ氏である。

 以来、この〈ミハシラⅠ〉がタネガシマ氏の最大の武器であり続けた。タネガシマ社と男爵家が分離し、多くの権利を手放しても、〈ミハシラⅠ〉の権利は手放さなかった。


 ナガレとコチョウが向かったのはタネガシマ文化財団ビル。

 胡乱な目をした受付嬢に、コチョウが偽名のヤマダ・ナオコを用いてアポイントの確認をしている最中だった(付記しておくと、コチョウは現在少女筐体である)。

 

 ナガレの眼は、エントランスに飾られたそれに引き寄せられた。


 それはナガレの身長よりも大きかった。卵だった。台座に立った、巨大な卵。漆黒の表面に、赤や青、金や銀が無数の筋になって幾重にも流れている。

 台座は大理石に精緻な彫刻を施した、それだけで立派な美術品であることはナガレの眼でもわかったが、この卵の前では完全に台座としての役割しか果たしていなかった。圧倒的な存在感の差だった。

 

 しばらく、ナガレは卵を呆けたように見ていた。

 

「それは竜の卵よ。化石になって、中身はヤマタイト化してるけど」


 女性の声だった。ナガレはそちらを見た。スーツ姿の母親ほどの年齢の熟女――生憎と母親の記憶はないが。ナガレは反射的に繰り返した。


「竜?」

「そう。播種はしゅ船〈エイジア〉号をヤマトへ招いたのは竜だと言われているわ。彼らはもういないけどね」


 竜はもういない。ヤマタイトを残して、どこかへと去った。ヤマティアンヤマトの民ならば三歳児でも知っている神話だった。

 

「先祖の収集品コレクションの中で最も貴重な物よ。大部分は誰かの歓心を買うために譲ったり、奪われたりしたけど、これだけは死守したんだって」


 女性は苦笑交じりに言った。


「……そうか、この卵はタネガシマ家にとっての〈ミハシラⅠ〉なのね、マツナガ家にとって」


 ナガレには思いつくことがあった。

 

「そのご先祖って――マツナガ・ドーダン?」

「正解!」


 熟女はアイサツした。


「はじめまして、コチョウのヤング・ツバメ=サン――失礼、サスガ・ナガレ=サンだったわね?。マツナガ・T・ダニエーラです」

「なんぞ来ておったか、ダニエーラ」


 こちらの様子に気づいてコチョウが言った。

 

「友達なの、二人共?」

「応。莫逆之友バクギャク・フレンズというには少々過言ではあるが」


 ダニエーラが受付嬢に軽く手を上げると、受付嬢が深く一礼オジギした。コチョウが小声でナガレに言う。

 

「ダニエーラはタネガシマ文化財団の事実上のナンバーワンにしてマツナガ家六代目当主だ」

「ヘェー……」


 マツナガ・ドーダン。河原住まいの賤民の身から、一時はヤマトの最高権力者であった男。毀誉褒貶も激しければ浮き沈みも激しい人生を送った、銀河戦国時代の、まさしく梟雄と呼ぶべき人物である。とは言えナガレの知識は主に伝奇歴史小説や歴史カトゥーンからなので大幅に偏っていた


 二人はダニエーラに招かれるままエレヴェータに乗り、432階の迎賓用茶の湯ルームに招かれた。

 

「まずは言われる前に言っておくわね――」

 

 スーツ姿の熟女は畳に座り――突如として土下座ドゲザした。


「――ゴメンナサイ!」

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