9 ユカイ・アイランドの欺瞞

 敵は複数いた。皆一様に黒いコンバットスーツを身につけ、ゴーグルマスクを装着していた。

 

 ゴーグルマスクの群れが銃器を向けた。銃身が明らかに太い。ブシュブシュブシュ! ナガレは狭い鉄骨の上で次々に撃ち出された物体を躱し、あるいは抜き放った電磁木刀で払った。奇妙な感触と共に木刀にそれがへばりついていた。鳥餅トリモチだ! まさか、殺さずに捕らえる構えなのか?

  

 ナガレは元来たルートを見た。しかし周到にも敵は既に回り込み、ルートを塞いでいた。ナガレは既に包囲されていた。

 下を見た。地面までの距離は優に五十メートル。自由落下すれば実際重力の作用で死ぬだろう。運良く生き延びても重傷は免れまい。

 包囲を食い破り、突破するしかない。ナガレはサプレッサー付のオートマティック・ハンドガンPJ-1600を抜き、安全装置を解除した。射撃。プシュプシュ! 敵は意外な身の軽さを見せて電撃スタン弾を回避しつつ、トリモチ・ランチャーを応射してきた。ブシュブシュ! やはり敵はニンジャ! 


 包囲網は迫りつつある。しかも身の隠し所が無きに等しいこの場では不利も不利だ。大きく博奕バクチするしかない。

 ナガレは一息に跳躍した。ゴーグルマスクの顔が眼前にあった。このナガレの挙動に明らかに戸惑っていた。電磁木刀を突き出す。横に退くゴーグルマスク。その脇をナガレの身体が通り抜ける。

 

 ナガレは賭けに勝ったと思った。

 とんでもない勘違いだった。

 

 ブシュブシュブシュ! ブシュブシュブシュ! 立て続けに射出されるトリモチ・ランチャー。味方の被弾をまるで考えていない――いや、トリモチに殺傷能力はないから有効だ! 事実、ゴーグルマスクは味方からのトリモチを浴びることになったが倒れていない。

 一方、ナガレは再度跳躍、身を捻りながら木刀を揮ってトリモチを切り払った。電撃は最大出力、トリモチは付着した端から焼かれてゆく。しかし一片がこびりついたまま剥がれなかった。機能の飽和も遠くなさそうだった。

 ナガレは鉄骨に着地するなり虎めいて伏せトリモチ弾幕をやり過ごし、すぐ姿勢の低さを保ったまま走り出した。

 

 ブーツの裏に粘着質の感覚がした。ガムでもなければ犬の糞でもない。トリモチだ。流れ弾かあるいはあらかじめここに仕掛けていたのか、それはナガレにとってどうでもいいことだった。

 ブシュブシュブシュ! ブシュブシュブシュ! ブシュブシュブシュ! ブシュブシュブシュ! ブーツを脱ごうとしたナガレにトリモチ弾幕が降り注いだ。


 着弾寸前、ナガレの腰ベルトから巻取り式フックロープが高速射出された。フックが一段下の鉄骨足場に引っかかる。電磁木刀でトリモチを焼きつつ強引に靴底を引っ剥がし、ナガレは自由落下。ロープを巻き取るのを忘れない。いくつかのトリモチを身体にへばりつかせながら、フックを支点に振子めいた円弧を描いて落ちてゆく。

 

 × × × ×

 

 ドオオーン! ユカイ・アイランドの白昼の青空に重低音の効いたサウンドが轟いた。大型立体投影ソリヴィジョンが映画の宣伝映像を垂れ流し続けているのだ。待ち惚けた観光客たちがぼんやりとソリヴィジョンを見上げている。


『その日、貴方は伝説の復活を見る! あの「ブッダ・サーガ」が帰ってくる! 本日は劇場版最新作「ブッダ・サーガNEO」の初公開映像をお知らせしよう!」


 突如、地震がした。

 

「エッ、何!?」

「ウワーッ! キャーッ!」

「地震だよ! 震度いくつあるのかなーッ!」 

 

 強くもなければ激しくはないが長く続く地震だった。観光客は皆うろたえた。こんな地震は一つしかない。イクサ・フレームによるイクサ・クエイク!

 

 大型ソリヴィジョンの表示が切り替わり、「しばらくお待ち下さい」のテロップと不可思議カラーリング画面が大写しになる。

 

 テロリロリン、テロリロリン。ノーティス音と共に臨時ニュースが流れる。

 

『ドーモ。ユカイ・アイランド運営からの臨時ニュースです。東市街区、通称裏街道にてイクサ・フレームが暴走中です。関係者以外は東市街区に近寄らないようにして、観光をお楽しみください。繰り返します。――』


 地震に足を止めた人々の群れの中に、ヤギュウ・ハクアとクロエがいた。ユイ・コチョウがいた。そして、トオミ・ミサヲがいた。一様に彼女らは事態の出来に気づき、行動を起こした。


× × ×


 テンリューとイノノベは毎日のように面会しているが、その時間は短い。その理由は後者が面会に割く時間を持てないからということだった。

 無論、そんなことが理由ではないのはテンリューも知っていた。


 その日も時間稼ぎのイノノベの下らぬ武勇伝を拝聴していると、黒服がやってきて何事か老人の耳に囁いた。その唇をテンリューは読んでいた。――「ネズミを発見しました」。


 イノノベは悠然としながら老いた唇に笑みを浮かべた。


「ところでタツタ少佐。貴公はイクサ・フレーム・デュエルに興味がおありか?」

「多少は」

「では面白いものをお見せ出来るやも知れぬ。尋常ならざる事態ではあるがね」

「ほう、楽しみですな」


 薄っすらと興味深げに笑みを浮かべながら、テンリューは心の中だけでこう呟いた――俗物め。

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