7 その者音速の壁を破り

 KRA-KAR-KRA-TOOOOOOOOMMM!! 連鎖的爆轟音と共に、積もりに積もったジュスガハラの雪が怒涛の如く舞い上がった。地雷だ! 大量の地雷がバラ撒かれている! 雪煙が立ち込める。断続的に地雷が炸裂する。……爆発は三十秒ほども及んだだろうか。ブリザードがなお吹き付けるが、氷の霧は広範囲に渡っており容易には消えてくれない。バモセの〈アイアン・ネイル〉が通信レーザーを放ち、僚機の安否を確かめた。

 

「無事か!?」

『エヒザイが脚をやられました!』


 真っ先に飛び出して行ったのがエヒザイの〈アイアン・カッター〉だった。何たる粗忽ソコツ! エヒザイだけでなく、バモセ自身もだ。敵がトラップを仕掛けてくることくらい読んで然るべきだったのだ。

 

『バモセ=サン』

「ノキヤマ=サンか?」

『村の方から光が――』


 凄まじい衝撃波と共に雪が再び巻き上がる。地雷の遅延信管か――轟音ゴオオオン!! いや、音が遅い・・・・

 ファーンファーンファーン!! コクピットに鳴り響く遭遇警戒音エンカウントアラート。ドライバーの判断を電脳が否定した。敵だ、イクサ・フレームの奇襲だ!

 

 バモセの視界の片隅で何かが飛んだ。

 同時に、エヒザイ騎が膝から崩折れた。アイアン・カッターは頭部と右腕部を失っており、その断面を晒しながら雪の上に崩れ落ちた。つい確認した三次元ジャイロ羅針盤の表示は忌々しくも相変わらず「使用不能」。


 ブリザード越しに敵騎の姿が浮かび上がる。オレンジ色の瞳、同色のビームクワガタ。黒鋼クロガネの装甲。右手にはロングカタナが握られ、これがエヒザイを斬ったとすぐに知れた。

 およそ聞いたこともないエンジン音、見たこともない騎体。敵は〈ブリッツ〉のみ、それもスナイパーと聞いていたが――話が違う!

  

 ……エヒザイ騎の右腕部が雪の上にようやく落ちた。

 未確認騎アンノウンの燃える瞳が、バモセを真っ直ぐに射抜いた。

 

 ×××××

 

 少し前。

 フブキの〈ブリッツ〉が接触通信によってナガレの〈グランドエイジア〉に視界データを転送する。フブキ手ずからのグリッド照準付きだ。――と言っても、電磁ブリザードのカーテンによって何も見えない。本当に敵がいるかもわからない。しかし、ナガレはフブキを信じると決めていた。スナイパーの視力や観察眼は決して侮れぬものがある。

 

『あの位置だ』 

「オーケイ」

 

 スラスター点火。飛翔準備。この位置とこのブリザード、狙撃を受ける心配はない。

 グランドエイジアが抜刀する。

 視点が仰角に。騎体が徐々に浮上し、加速する。

 やがて頂点。視点が仰角から俯角へ。

 俯角を更に下へ向け、目標地点を視界へ納める。

 そして最大戦速まで加速。音速の壁を易々とブチ破り、グランドエイジアとナガレは敵へ肉迫する――

 

 着地前に生じる衝撃。雪が柱めいて高原に立つ。雪原に轍を刻みながら直進。そして――轟音ゴオオオオン!!


 正面に影が見えた。見えるものは敵。認識と同時に袈裟懸けにカタナが揮われる。――ザン!!

 そのまますれ違う。

 グランドエイジアが止まる――奇襲アンブッシュ成功。

 サスガ・ナガレはグランドエイジアのコクピットでアイアン・カッターへ袈裟懸けの一撃を見舞った、その手応えを感じ取った。

 安堵する暇はない。グランドエイジアのハニカム有機複眼が既に角付きの〈アイアン・ネイル〉を視界に捉えている。

 即ち次のカタナの錆とすべき敵。それへ、近づく。

 

 ……ふと、ニューロンを嫌な気配が掠めた。フブキから言われた言葉が浮上する。

 

(もし自分がスナイパーであったならば、どのタイミングで撃つだろう――それを考えながら場所を取るのが対スナイパー戦の基本だ)

 

 俺が狙撃手であるなら撃つのは今ここだ――ナガレは全力でスラスターを噴かし、右へ回避運動。

 ――ギュン! 荷電粒子ビームの矢がブリザードに包まれた闇夜を切り裂き、ゼロコンマ三秒前までグランドエイジアのコクピットが在った場所を射抜いた。

 

「ヌゥーッ!」

 

 ナガレは呻く。危ういところであった。左腕部ガントレットのナノウルシ・コーティングが焼け焦げている。ビームスナイパーライフル。やはりノキヤマ・ツムラはそこにいるということか。

 それにつけても、ホロ・マントが使えないのが惜しい。パージした発生装置デヴァイスは回収してあるが、専用のスターターがなければチャージ出来ないタイプであったため装備はしていない。あれがあれば接近が容易になるのに――

 

 いや、今更使えぬ兵装を思うべきではない。ナガレは自戒した。

「今の状況を最大限利用し、最善を尽くせ。さすれば勝利への道は開かれん」――ハチエモンの福音書第一章第五節。

 

 角のないアイアン・ネイルが二騎、カタナで斬りかかって来た。カタナとカタナが噛み合い火花が散る。

 PPPP……グランドエイジアからのアラート。僚騎とナガレを相争わせている間に、「角付き」が死角へ回り込んできつつあった。ナガレは騎体をバックステップさせて「角なし」二騎と距離を置き、カタナを薙いで牽制しながら「角付き」と向き直る。


 ――BLAM! フブキの援護射撃フォロー。電脳を撃ち抜かれた「角なし」の一騎が沈黙する。

 

 倒れ伏したアイアン・ネイルを踏み越えて、生き残りのアイアン・カッターが拝み撃ちの斬撃をグランドエイジアへ見舞う。――ギン! 頭上に掲げたカタナで防御。

 

 アイアン・カッターの追撃が来る。ギン! ギン! ギン! 右袈裟、左袈裟、胴薙。敵の攻撃全てを受け流しつつ、ナガレは他の二騎が己に接近してくるのを見て取る。これで敵は全部か。五騎を三騎に減らせたのは幸先さいさきよかったが、慣れぬ地形でのイクサは困難が付きまとう。その上に敵狙撃手の援護射撃フォローにも気を尖らせねばならぬ。

 ギン! ギン! ギン! 小手、突き、掬い上げるような斬撃が来た。今度は際どいところだったが何とか防ぐことが出来た。


 感情が逸るのをナガレは理性で抑制した。敵からしてみれば、四騎で一騎を何故抑え込めぬのかと苛立つところだろう。今がこらえどころだ、勝機は必ず来る――

 

 ――BLAM!!


 ――ギュン !!

 

 二つの銃声が同時に鳴り響いた。

 撃たれた!?

 そう錯覚するも騎体に影響はなし。

 

 狙撃手同士が互いに互いを狙って撃ったのだ。

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