6 ヌッペホフ襲来

 傭兵団〈ヌッペホフ・テラーズ〉の重装甲ミコシ兵器輸送トレーナー二台が奏でる履帯音を無限にも等しいブリザードが吸い込んでゆく。運転席からではヘッドライトで照らしてもなお夜空の黒と雪に埋まった大地の白しか見えない。後は横殴りに吹き付ける果てしのないブリザードのみ。自動運転ナヴィゲータがなければ早々に迷いかねない場所だ。


「こうも寒いんじゃ、小便すら迂闊に行けませんね、ボス」


 助手席に座る隊長のバモセ・ボントは後部座席の副官ボツタから緑茶オチャを受け取った。外の気温は氷点下二十度を下回っている。熱湯すらすぐに凍る温度だ。車内ヒーターはガンガンに焚いているが、それでも寒気は音もなく忍び寄ってくる。そろそろこのミコシも買い替えどきか。少なくとも製造から五十年は経っているはずだ。

 

 つくづく傭兵になどなるものではないとバモセは思う。兵器は維持するだけでカネを食う。イクサ・フレームほどの兵器ともなれば尚更だ。いっそ手放してしまいたいが、イクサ・フレームなしの戦争などヤマトでは考えられない。

 そして戦争をしないバモセ・ボントも、全く想像が出来ない。

 

 かの「バロウズ戦役」の時はよかった。指令に従って出撃し、敵を撃墜する。英雄と持て囃され、酒も女もドラッグもかなりの自由が利いた。

 それが、民間人虐殺に加担したという汚名を着せられ、半ば逐われるようにして退役させられた。そりゃあ完全な濡れ衣とは言えないが――ゲリラはまとめて狩っていいと許可を出したのは上層部であったはずだ。バモセは裁定に対して今なお不服を抱いている。

 とはいえ、過ぎたことだ。不名誉除隊にせぬ代わりに口外無用を暗に意味する書類へ捺印し、バモセは傭兵に転身した。

 

 傭兵団の他の面子も訳ありだ。尤も今の時勢で訳ありでない傭兵などバモセは知らない。温和そうな巨漢のボツタは、浮気していた女房を間男ごと港湾に沈めている。

 

 隣に座るニュービー、ノキヤマ・ツムラもその一人だろう。痩せぎすで白眼が勝った、何を考えているかわからない男。八拍子を刻むように薄荷味ガムを噛む、得体の知れないスナイパー。

 ジュス村に籠もるイクサ・ドライバーを狩る。今回の仕事を持ってきたのもノキヤマだ。この男が〈ヌッペホフ・テラーズ〉に入ってから一月半。ノキヤマはチームに馴染む様子もなければ、馴染もうとする努力を見せることもなかった。ただしその銃の腕は本物だった。その射撃には時として鼻につくことがあったが――優秀な狙撃手なのは間違いない。

 

 ミコシが停止した。目的地へ着いたのだ。

 バモセの指示で傭兵たちがミコシ・コンテナへ移ってゆく。ミコシ・トラックは都合二台、それぞれに三騎ずつイクサ・フレームが収容されている。

 

 ドライバーが各々専用の調整を施した騎体へ騎乗し、六騎全て外に出た。

 五騎が〈アイアンⅡ〉タイプ――内訳としては接近戦性能強化騎〈アイアン・カッター〉が二騎、重装甲騎〈アイアン・ネイル〉が三騎。

 もう一騎はノキヤマの騎体である。

 アイアン・ネイルのバモセが告げた。

 

「これよりミッションを開始する」

 

 × × × ×

 

 深更ウシミツ・アワーのジュス村に、ブリザードの音を掻き消す爆轟音が響いた。

 イクサ・ドライバー二人は今夜の不寝番であるモトロウが来る前に起きている。陣羽織ジンバージャケットにイルカレザースーツの戦装束イクサ・ドレスを装備したナガレが、獰猛な笑みを浮かべて言った。

 

「おいでなすったようだぜ、フブキ=サン」


 モトロウが怪訝な表情でナガレを見た。


「それにしても……ナガレ=サン、アンタどれくらい地雷を撒いたんだ?」

「ありったけ……五ダースくらい?」 


 軍用コートを身につけたフブキが呆れたように言う。


「高原の地形を変える気か、君は?」

「雪が吹っ飛んでくれた方が俺もやりやすいし、フレームがやられてくれたら御の字だろ」 


 言い訳がましくナガレが言う。


 対戦車地雷はイクサ・フレームの電脳性能の向上著しい今日こんにちではさしたる役には立たないと思われがちだが、このように状況次第では十分な障害になりうるのだった。一方で、これだけの地雷の連鎖爆破でも一騎を倒せば上々と言える。


 ナガレとフブキが出陣する。その背中を村民らが見送った。

 

御武運をイクサ・ラック!』その一言を唱和させて。

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