2 誰がための血祭りを

 ナガレが連行されたのはイクサの舞台となった廃墟からそう遠くない場所にある荒屋あばらやだった。荒屋と言ってもかなり広く、年季は入っているがかなり頑丈そうだ。

 ナガレは手足に拘束バンドを巻かれ、冷房のない部屋の椅子に座らされている。ジャケットには体温調整機能もあるから低体温症の心配はない。

 隣の部屋では囲炉裏イロリにくべられた薪が音を立てている。そこから会話が漏れ聞こえてきた。


「……フブキ=サン、何者なんだね、あの男は」


 老いた男の声に、女が応えた。


「まだわからない。ドライバーとしての正規訓練は受けているようだ。が、かなり我流が入っている。まるで古参兵ヴェテランの年季だ」

「アタシらを捕まえに来たのかね? コワイねェ、恐ろしいねェ」


 中年女が声を震わせた。唱和する声の数々。


「さっさと叩き殺しちまえ!」

「雪に埋めちまうか!?」

「ヤッチ・マイナー!」

「皆落ち着くんだ」


 集団がヒステリックな論調になる前に、フブキと呼ばれた女がその場を制した。


「彼は拘束されているから何も出来はしない。まずは情報を聞いてからだ。殺すも殺さないも、その後で決めればいい」


 やや沈黙の間があってから、誰かが言った。


「……フブキ=サンが言うなら仕方ない」

「埋めちまった方がいいのに……」

「それにしてもねェ、この雪は一体いつになったらやむのかねェ」


 ナガレのいる部屋に二人、入ってきた。

 一人は野良着の若い男、もう一人は軍用コートを着た若い女だ。男がナガレに注ぐ視線には明らかに敵意が込められている一方、女の視線は値踏みするそれである。

 ナガレは前で拘束された手指で女の方を指して、言った。


「アンタがリーダーか」

「……よくわかったな」

「まあね」 


 ナガレは曖昧にその理由を濁した。男の方は恐らく訓練すら受けていないということはナガレにもわかった。が、素人であることを指摘されると怒り出す素人というものは何故か存在する。ここで険悪ムードになるのは望ましくない。


「〈ローニン・ストーマーズ〉……アンタたち、知ってるか?」


 女と男が視線を交わす。……やはり脈なし。ナガレは話を変えることにした。


「ブリザードが止むのを待っているなら、よした方がいい。アンタたちを鎮圧しにイクサ・フレーム部隊がやって来る。その中にはスナイパーも含まれているって話だ」


 男がナガレに詰め寄り、襟首を掴んだ。


「いい加減なことを言うな! どうせお前はその斥候に来たんだろう! お前は自分の命欲しさに味方を売り込むことにした、違うかッ!」


 都合よく解釈すればそうなるらしい。いや、都合よく解釈しなくても普通に考えればこの程度の推理は成立する。

 女――フブキがたしなめた。


「よさないか、モトロウ=サン……この電磁ブリザードの中、イクサ・フレームで斥候には来ない。実際彼の騎体は視認しただけで五発も被弾している。単騎では目立ちすぎるんだ」

「フブキ=サン、こいつが功績イサオシ欲しさに突出したということは?」


 どうやらこの男は「疑えば際限がない」ということを知らないらしい。ナガレは襟首にかかったままのモトロウの首を手で外した。モトロウが忌々しげにナガレを見た。


「アンタがそう思うのは勝手だが、モトロウ=サンとやら――」


 ナガレが物の道理を諭そうとした時、女の叫ぶような呼び声がした。


「大変だよッ、フブキ=サン!」

「どうしたんだ?」

「ウチの子がぐったりしてるのよ! 熱も酷くってさ……」


 中年女の抱きかかえた女の子が、その腕の中で苦しそうに息をしていた。呼吸に気管支炎独特の音が雑じっている。

 フブキは眼を見開いて一瞬硬直するのがナガレにも見えた。それからためらいがちに、震える手を額に当てる。

 

「……熱が高い。薬は?」

「ないよ……この家にも……」

「なんてこった……」


 モトロウが呟いた。


「薬ならあるよ」


 ナガレが言った。


「俺の騎体の座席裏だ。そこに医療キットと非常食が一緒にある。ハッチを開けるには、俺の生体認証が必要だ。つまり、何が言いたいかというとだ、俺を解放しろ」


 モトロウが怒鳴った。


「ふざけるな! どこの馬の骨ホース・ボーンとも知れぬ奴が――」 

「わかった」 


 フブキの判断は早かった。ナイフを取り出し、ナガレの前に来た。

 フブキとナガレの眼が合う。その視線の中間にナイフの刀身を立てて見せ、彼女は言った。

 

「ただし、逃げるなよ」


 拘束バンドを切られながら、美人だな、とナガレは思った。磨き抜かれたヒロカネ・メタルのような、アイスブルーの眼だった。


× × × ×


 外は股上まで埋もれるような雪だった。三百六十度、視界はどこまでも白い。マスクを着けていても、容赦のない風と雪が頬を苛んでくる。

 

「あっちだ!」


 フブキが雪に負けじと叫んだ。

 彼女の指先の方向をナガレは見た。百メートルほど離れた場所に三騎、イクサ・フレームが待機姿勢で並べてあるのが見えた。申し訳程度の屋根はあったもののやはり役には立たず、装甲にはかなりの分厚さの雪が積もっている。このままでは朝には完全に埋もれてしまっているに違いない。雪像めいた状態になる、というのはありえないのだ。

 

 百メートルを進むのに一時間はかかったような気がした。

〈グランドエイジア〉の足元に着いたナガレとフブキは、一緒になって騎体に積もった雪を払い除けた。投降時にエンジン完全停止指示に従ったのが今更のように悔やまれた。休眠スリープモードならば、騎体電脳がナガレを視認次第勝手に雪を払い落としているだろう。生憎エンジンの火が完全に消えている今、グランドエイジアは何の反応も示さない。


 無言で雪を払うこと主観時間で一週間、ようやく黒鋼色のコクピットハッチが見えるようになった。グローブからかじかむ手を抜き、掌紋認証。ハッチが開き、乗り込む。手を貸して、フブキが後部座席に乗り込むのを手伝う。

 ハッチ閉鎖、挿しっぱなしのキーを回してエンジン点火。スクリーンが点灯する。

 

「フゥーッ……」


 そして、一息吐く。後部座席のフブキの怪訝な視線を感じ、ナガレは応えた。

 

「騎体の暖機中だ」

「それで?」

「ついでに他の騎体を雪をレーザーで溶かしちまうけど、いいかい?」

「……それ以外に余計なことはするなよ」

「了解」


 エンジンが熱を帯びるのを待つ間、フブキが言った。

 

「君の目的は? 義によって推参スイサン、という訳ではなさそうだが」

「ゴモットモ。俺の目的は、ノキヤマ・ツムラというスナイパーの命」


 ナガレが応えた。

 列車襲撃事件にノキヤマが加わっていたことを、コチョウは突き止めていた。


「ジュスガハラ高原に凄腕のスナイパーが立てこもっているという情報が入った。同時に、そいつを駆り立てにスナイパーが動いたという情報も。そのどちらかがノキヤマらしい、ということで、ここに確かめに来たんだ」

「外れで残念だったな」

「そうでもないさ。フブキ=サン、でいいのかな?」

「構わない」

「俺はサスガ・ナガレ……あ、別に偽名があったんだった。まあいいや。実際アンタはいい腕をしている」

「私も狙撃には多少の自信はあるよ」


 フブキが言った。それが謙遜に過ぎることはナガレが身を以て知っていた。


「それでだ。協力しないか?」

「協力?」

「アンタがノキヤマの対抗狙撃カウンタースナイプをする。俺が護衛他をぶっ倒す」


 少し間を置いて、フブキが訊いてきた。


「君を信用出来るのか?」

「俺はノキヤマに友人を殺られた」


 ナガレは言った。


「下手人はノキヤマだけじゃないし、何より戦況が入り組みすぎていてノキヤマが殺したってこと自体が状況証拠に過ぎないが、俺は奴らを一人ずつ血祭りに上げていくことにした。……これでいいかい?」 

「…………」


 フブキは応えない。

 

 やがて十分に暖機され、レーザーが極低出力で発射された。〈ブリッツ〉と〈ラスティ・アイアン〉の装甲から雪が除去されてゆく。

 その様子を見ながら、フブキがぽつりと言った。

 

「復讐は……何のために?」

 

 ナガレは少し考えてから言った。 


「……結局のところ、自分のためだな」

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