13 ポイント・オブ・ノーリターン

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〈レヴェラー〉に収容された〈ローニン・ストーマーズ〉にあてがわれたのは広い畳部屋である。艦長(と思しき人物)は二人をおざなりに慰労すると、部下に案内を任せそそくさと職務に戻っていった。

 マクラギとホネカワは一画を屏風コンパートメントで仕切って八畳ほどの個室にし、その向こう側を傭兵たちの雑魚寝部屋にあてた。

 体のいい軟禁、あるいは隔離であることはすぐにわかった。この〈レヴェラー〉は機密の塊、この部屋へ来る途中でも軍人や傭兵に見えない連中と何人もすれ違った。ましてや傭兵は部外者である。皆このような扱いには慣れていたし、三度の食事も出るだけマシと不平も出なかった。


「傭兵とイクサ・フレームのパーツは可能な限り収容しました」

「そうか。生徒たちは」

「男子十名余り取り逃しましたが、それ以外は」

「全員とは行かなかったか。ま、これで良しとしよう」


 師匠マスター殺しの気分はどうだった、と問いかけてホネカワはやめた。見ればわかる。マクラギの態度には熱がなく、完全に虚脱状態にあった。だが下手に師匠マスター殺しについて口にすれば本気で殺されかねないだろうと感じた。

 今はいいが、後々まで引きずるのは問題だ。ホネカワは別の話題を口にした。


「サスガ・ナガレがトメイとナカタニーズを斬ったようです」

「ほう、トメイはともかくナカタニーズをか」


 幽鬼オバケめいた目に多少光が戻ってきたようだ。

 

「意外でしたか」

「フン、兄弟弟子だ」


 そのくらい出来て当然、ということか。

 ザフロもウジマも一緒に死ねただけ幸運だろう。彼らは同性婚カップルだった。

 死に場所を選べる傭兵は稀だ。

 

「……しかし、呆気ないもんだな、ハチエモンを斬れば後は余生のつもりだった」


 いつでも死ねるし、いつでも殺せる――戦場イクサバのサムライの心得である。ただしホネカワでも、マクラギ以上にこの性向の強いサムライは知らない。銀河戦国時代のサムライに匹敵するほど、この隊長の生命倫理は自在だった。希薄なのではなく、自在なのだ。


「隠居には早すぎましょう。あなたがいなければストーマーズも立ち行かなくなる」

「ああ。そうも行かなくなりそうだ」


 ホネカワは部屋の隅に放置されたそれを見た。死体袋。中身は首のないヤギュウ・ジュウベエ=ハチエモンである。生前の敵愾心とは裏腹に、マクラギの故人への扱いは丁重ですらあった。尊敬していたというのは決して嘘ではない。むしろ尊敬していたからこそ殺したかった。そこまでの相手とは、ホネカワは巡り合わなかった。


〈レヴェラー〉は西陣営の島国ガーバでマクラギとホネカワを除いた傭兵を下船させる。その後、スポンサーと会う手筈になっている。場所は全くの不明。マクラギすら知らない。


〈レヴェラー〉が進むのは海底である。海底にはショーグネイションの監視の目すら及ばない。


×××


 グランドエイジアは〈フェニックス〉号から投じられた牽引策トラクターワイヤーによって回収された。

 コクピットハッチが外部操作で開かれる。


「なっさけねえなぁ」

「グッタリしてるねコイツ」

「ジスケ=サン、ヨサク=サン、お前さんらはイクサ・フレームに乗ったことは?」

「ア? ねえっスけど?」

「ないよね兄貴」

「そうだ。イクサ・フレームのスピードは最大で音速を超える。それで地上をずっと走り回るんだ。カタナをぶん回しながらだぞ? その加重たるやどんなものか、想像出来るか?」

「……ねえっスけど」

「……ないよね兄貴」

「そういうことだお前ら! わかったらさっさとドライバーを引っ張り出せッ!」

「「ハ、ハイッ!」」


 コクピットから数人がかりで引っ張り出されたナガレは開口一番こう言った。


「……トイレ、どこ? 吐きそう」


 ……便器へ胃の中のものを全部吐き出した。大したものは食っていなかったが、吐き出さずにはいられなかった。

 頭の中で未整理の思考がグルグルと渦を巻く。列車。友人の死。イクサ・フレーム戦。スティールタイガー。牢獄。小銃。生きていた娘。グランドエイジア。ハチエモン。

 戦闘に耽溺している間は思考が先鋭化し、生き延びるために必要なこと以外は殆ど思い浮かばなかった。しかし頭と身体が冷えれば――サムライらしく言うところの「血が冷えれば」、一気に情報の過剰摂取オーヴァードーズで気分が悪くなった。脳が情報の過負荷でフリーズしたような状態だ。

 

「ダイジョブか?」


 トイレのドア越しに栗色の髪の少女が声をかけてきた。ナガレは便器に溜まったものを見つめながら言った。

 

「……聞きたいんだけど、生きてたのか」

「ン? ああ、列車でわたしは撃たれてたからな」

「うん」

「わたしはこれでサイボーグなのだ」

「……で?」

「それで説明終わりだが?」


 もっと説明せねばならぬのか、と言いたげな口調だった。少女がこちらの状態をおもんぱったのかはわからないが、確かにこれ以上の情報摂取は脳に悪い。

 

 幸い、一度吐くと随分気が楽になった。トイレを流し、少女に促されるまま茶室へ。

 茶室の卓袱台チャブダイには瓶詰め錠剤とスキットル入の水が置いてあった。少女が手渡してくる。その薬は口に含むだけで凄い味がした。水で口をすすぎながら飲み込む。瓶のラベルには「健胃健脳」と書いてあり、酔い止めなどよりはこちらの方が今のナガレには適していると思われた。


 二人共卓袱台に座ると、自己紹介が始まった。

 

「ドーモ、サスガ・ナガレ=サン=サン。わたしはミズ・アゲハ、電子海賊〈フェニックス〉号の艦長と呼ばれる者だが、本名はユイ・コチョウといいます」

 

 ミズ・アゲハ――ジキセン城では全く思い出しもしなかったが、アングラペーパーやネット掲示板でちょくちょく見る名前だった。詳しい訳ではないが、その人物が二〇年以上前から活躍する電子海賊ということは知っていた。そう言えばホンダワラ女子との昼食で、カコの映画に話が及んだ際、何とかいう監督がミズ・アゲハを材に取った映画を撮ろうとしたものの企画がポシャったらしいという話をしていたが――


「――ということは結構年上……」

「淑女の年齢を数えるものではないぞ、ナガレ=サン」

 

 ぴしゃりと言われてしまう。ナガレはそれ以上の穿鑿せんさくはやめた。


「……何で俺を助けた?」

「〈フェニックス〉には本来物理戦力は必要なかった。電子戦で十分事足りたからな。が――時代に変遷と共に、やはり物理戦力を求められるようになってきたのだ。イクサ・フレームとそのドライバーが」


 サイボーグ海賊、ユイ・コチョウは物思いに耽るような目をした。


「……本当ならばハチエモン=サンにお出まし願うつもりだったのだがな、十年前にニアピンで四肢のうち半分を失ってお流れとなった。そこでオヌシに白羽之矢シラハ・ダートが立ったということだ」


 なんだか論理が飛躍している気がする。まさか十年前の幼い自分に目をつけていた訳ではあるまいが――ダメだ、頭が働かない。

 

「更に言えばハイスクールの卒業を待ってスカウトをするつもりだったが、状況が状況だったのでな。こういったスカウトになってしまった。正直、スマヌ」


 コチョウが頭を下げた。これにはナガレが面食らった。


「……え、これスカウトだったのか?」

「それ以外の何に思う?」


 コチョウが頭を上げ、半眼になってナガレを咎めるように見た。


 拉致、誘拐と口にしかけてナガレはやめた。

 この年齢不詳の電子海賊はかなりの情報通だ。ハチエモンとの関係性はある程度把握しているのだろう。 

 コチョウは姿勢を正した。


「とは言え、ナガレ=サン。オヌシにも自由意志があろう。ここで帰るもよしとするが?」

「行く、行きます」


 即答だった。


「いいのか? ここから先を知りたいか? 聞けば戻れんぞ? 全てを捨てる覚悟はあるのか?」


 フィクションでお定まりの台詞。リアルで聞くとは思わなかった。

 

「構わない。友達と師匠センセイを殺した連中、残らず阿鼻地獄アヴィーチに叩き込んでやる」


 それがナガレの現実となる――いや、現実とするのだ。死をも含めて。

 

 コチョウが微笑んだ。奇妙にも慈母と口裂けチェシャ猫の印象がそこには同居していた。

 彼女が手を差し出して来た。もう後戻りは出来ない。そういう確信を抱きながら、その手を握り返した。

 

 ×

 

 サスガ・ナガレの死闘がここから始まる。

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第2話「ザ・ネーム・イズ・グランドエイジア」終わり

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