9 その名は〈グランドエイジア〉

 ××××××××××××

 

 遙か上空を光学迷彩モードで巡行待機していた電子戦艦〈フェニックス〉号が姿を現した。

 レーダーに突如出現した正体不明艦の扱いに困惑するヤギュウ強襲空母だったが、マーカーが「正体不明」から「味方」に転じることで安堵を見せた。尤もこれは〈フェニックス〉号の艦長たるミズ・アゲハの早業ハヤワザだった。立派な電子攻撃に違いないが、彼女からすれば手間を省いてやったということになるだろう。

 

 〈フェニックス〉が両サイドの大型アンテナウィングを展開し、極彩色のフレアを放出した。あたかも翼を開いた不死鳥(フェニックス)か、幻の蝶フソウニジハネオオアゲハのはねめいた印象を見る者に与えた。

 

「とっておきのプレゼントだ、受け取れ!」


 〈フェニックス〉の艦腹がオープンし、壷めいたものを地上に投下する。あるいはその形状は爆弾に似ていた。爆弾だとすれば高さ三十メートルという大型弾だ。その正体は大型の使い捨て投下ポッドである。ミズ・アゲハは〈フェニックス〉号が誇る電子戦能力を全てポッドの隠蔽に使用した。電子的に不可視になったポッドは一切の障害なく、目的の地点へ落ちて行った。

 

 そして――破壊KRAAAASH!! 着地と同時に特殊セトモノ・セラミック製の外壁が衝撃を残らず吸収し、ひび割れて砕け散った。

 崩れ落ちるセラミックスの破片が濛々もうもうと微細粒子の土煙を上げる。それすらジャマーとなって、発見を妨げていた。

 蒼い月光が土煙のヴェール越しに、その巨影を浮かび上がらせる。

 

 ジキセン城全体を直撃する衝撃で足元がゆらぎ、降って湧いた大質量に大気が押しのけられることで突風が生じる。立ち込める土煙にナガレは思わず立ち止まる。服の袖で顔を庇いながら、そして彼は、見た。


「イクサ・フレーム……?」


 風が吹く。土煙が拭い去られ、全貌が明らかになる。

 

 出現したのは、そう――片膝立ちでうずくまる黒鋼の装甲のイクサ・フレームだった。全長二〇メートル、重量一〇〇トン。艶光るガンメタリックの分厚い積層装甲を纏う、左腰部装甲にロングカタナを帯びたサムライズ・ベーシックスタイルの……イクサ・フレーム!

 

 ズムズムズム――ギュンギュンギュン――ダウダウダウ――フォフォフォ――アイドリング中の騎体内部からエンジンやジェネレーターやラジエーター、関節などいくつものパーツや部位の発する輻輳音が際限のないコーラスを奏でている。

 

 面頬マスクは牙のような意匠。眼に相当する部位は黒々とした眼窩がんかに見えるが、恐らくはハニカム状の有機複眼だ。眠っているようにも見えるが、その電脳は今も絶えず周囲を監視していることだろう――と、眼窩にオレンジ色の光点が生まれた。光点は肥大してすぐに黒い瞳孔を備えた眼となり、

 

 ――ギン

 

 ……紛れもなく、サスガ・ナガレを見つめていた。

 

『ナガレ=サン! こっちだ!』


 黒鋼のイクサ・フレームの胸部コクピットハッチがスライドした。栗色の髪を抑えながら、少女が手を振った。身につけているのは赤系統のタイトなスーツ。声は携帯端末インローにも聴こえた。ナガレは最早驚愕も出来ないほど心が麻痺している。


『こっちに飛び乗れ!』


 イクサ・フレームの右マニピュレーターの指先が窓に伸ばされた。


 ――BLAM!! 黒鋼のイクサ・フレームが撃たれた! いや、ダメージはない。ホロ・マントで防いだらしい。発動時の余光が装甲の各所に残っている。

 弾が飛んできた方向ではジャマブクセスがタネガシマを構えていた。二発目が来る。――BLAM!! 再度ホロ・マント発動、これも防御。しかし、このままではエネルギー中和磁場がダウンしかねない。ドライバーの乗らないイクサ・フレームなど気合の入った歩兵ならば十分殺せるのだ。ましてやドライバーが乗ったイクサ・フレームの相手など!

 

 ジャマブクセスがにじり寄るように近づいてくる。

 

『早くせよ! あと二発もタネガシマを喰らえば危うい!』 

 

 躊躇っている暇はない。ナガレは巨人の手を渡り、コクピットに飛び乗った。少女は背部のスペースに移動している。

 圧搾空気排出音と共にハッチが閉鎖される。真新しい人工皮革の匂い。フロントスクリーンが点灯し、周辺状況を映し出す。ナガレはシートに座ると、左右に存在する操縦桿たるT-グリップを握った。騎体は動かない。


 フォーン……穏やかなノーティスサウンドと共に、ナガレの目の前にホロディスプレイが浮かんだ。上にはこう表示されている。

 <<ドライバー名を入力:>>

 

 少女が後ろから言う。


「個人認証システムだ。指紋認証も兼ねている」

「面倒だな!」


 毒づきながらサスガ・ナガレは手元に投影されたQWERTY式ホロキーボードで自分の名前を入力していく。

 エンターキーを押す前にナガレが訊いた。


「そういやコイツの名前は?」

「型式番号IFA-99X[K]――ペットネームは〈グランドエイジア〉」


 ナガレのニューロンが一瞬活動停止した。


「……いい名前だ!」

 

 現代の若者たちと同様に不信心者のナガレが、運命を信じたのはこれが初めてのことだった。型式番号のIFAはそのままアマクニ社製イクサ・フレームを意味する。その上に子供の頃から憧れ続けた、偉大なるイクサ・フレーム〈エイジア〉の名を冠した騎体!

 

 許されることならば感慨の泉に頭までずっと浸っていたいところだが、そうも行かない状況だ。入力を終え、昂然と面を上げて背筋を正したナガレがTグリップを握る。網膜認証レーザー光が視界を過る。

 

 <<ドライバー:サスガ・ナガレ 登録完了>>


 認証登録画面ホロディスプレイがグリッド拡散消滅する。血を巡るカルマがT-グリップを通してカルマ・エンジンへ行き渡り、イクサ・フレームを賦活させる。エンジンと己の心臓の鼓動が同期するような錯覚すら覚える。その高揚!

 ナガレは決断的に吼えた。


「――目覚めろ、〈グランドエイジア〉!!」


××××××××××××


 正体不明騎を確認したトメイ・ルッグンは躊躇なく攻撃を仕掛けた。若いとは言え、トメイもそれなりの経験を積んだ傭兵である。動く動かないに関わらず、「戦場イクサバに出てきたら怪しい奴は皆敵」とは実際剣豪ムサシウスの警句である。


 トメイは警告なしにタネガシマライフルを撃った。接近しながら、合計六発。的が動かなければまず外さない距離からである。それが、直撃弾は二発のみ。明らかにおかしい。敵が火器F管制C装置Sに干渉しているというのか。

 トメイも若いサムライの例に漏れず、射撃を熱心に練習する方ではない。だからこの状況が彼に慎重策を取らせた。FCSなしでも直撃させられる距離まで近づけばいい。ゆっくり、確実に。


 それにしても――見たことのないイクサ・フレームだった。待機姿勢のまま動かぬその騎体に見覚えはない。輻輳音をライブラリ検索にかけても結果は出ない。新型か? 羨ましい。妬ましい。ジャマブクセスは悪くない騎体だが、如何せん古い。男ならば最新鋭騎体を任されるほどのドライバーになりたいものだ――


 トメイは黒鋼のイクサ・フレームが動き出す気配を感じる。いや気配ではない。カルマ・エンジン音が明らかに変わった。ドッドッドッ――ゴーッゴーッゴーッ――鼓動のように短かったエンジンの波長が巨人の唸り声めいて周囲にどよもす……確実に、奴は動く!

 

 タネガシマの引き金を引く。――BLAM!! 反動で銃身が跳ね上がる。確実に当たる距離で弾丸は放たれた。

 確実に――そのはずだった。


 黒鋼のイクサ・フレームの頭部が正面を向き、猛然と火を吹いた。吹返フキカエシ部レーザー機銃、胸部CIWS、榴弾砲、デブリ焼灼ビーム砲――イクサ・フレームが備えるあらゆる火砲が瞬間的に、一斉に、猛然と火を吹いたのだ。

 ――BRATATATATATATATATATATATAT!! ただの一点、そう、タネガシマライフルから放たれた重金属弾へ――果たせるかな、無数の激烈な銃撃を瞬間的に受けた重金属弾は弾道を逸らされ、虚空を貫き明後日の方向へ飛び去った。


「……なッ!?」


 トメイは何が起きたのか最初は理解できず、絶句した。まさに脳が理解を拒んでいた。およそ聞いたことも見たこともなければ想像すらしたこともない、有り得ざる事態だった――……だと!?


 片膝姿勢の黒鋼のイクサ・フレームが立ち上がった。

 

 兜の額にビームの炎がクワガタとして燃え上がった。銀の面頬マスクは剥き出しの戦意を示す乱杭歯ラングイバを抽象化したような意匠。黒々としたハニカム有機複眼にオレンジの瞳がこちらを睨み据えながら燃え輝く――

 

 これが〈グランドエイジア〉の初陣だ。

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