サムライ・エイジア
斉藤七陣
序 ~第一部「クロガネ・アドレッセンス」~
プロローグ
アンダー・ザ・サン・オブ・ヤマト
サムライの話をしよう。
× × × ×
イクサ・フレーム――Intensify eXtend Armored-Frame――未だに性質の多くが明らかならぬエネルギー「カルマ」を糧として動く、ヤマト太陽系最強の四肢駆動型機動兵器。全高20メートル、本体重量100トンもの巨体は全領域を踏破し得る莫大なパワーを誇る。
イクサ・フレームを駆る者をサムライと言い、或いはイクサ・ドライバーと言った。前者は遥か彼方の母なる地球、その島国の戦士階級に由来する言葉であり、後者は「イクサを成す者」を意味する語である。
陸海空、そして宇宙までもが今や彼らの戦場であった。
××××××××××××××××××××
惑星ヤマトの北半球に朝が来る。
地表より上空二千キロメートル、少なくとも一世紀は前に戦禍を
それでも惑星は美しい。鮮やかな海と大気組成と大規模原生林が人為的なテラ・フォーミングの産物であったとしても、ヒト種が自らの大気の内外で戦乱を繰り広げようとも、ヤマトは翡翠にも似た輝きを変わらずに誇り続けるだろう。
惑星の輝きを眼下に、今二騎のイクサ・フレームが対峙している。惑星と同じヤマトの名を持つ恒星の光を受け、イクサ・フレームのナノウルシ・コーティング装甲が艶めいた光沢を放つ。
一騎はガンメタルブラック。あらゆる物を貫く鋭い刃を具現したような黒鋼の装甲だった。
一騎はシルヴァーグレイ。何物の接触をも阻む堅き盾を具現したような銀灰の装甲だった。
腰の得物は鞘に納まったままのロングカタナ。言わずと知れたサムライの武器である。
双方共に数々の熾烈なイクサを潜り抜け、装甲の至る箇所を従来のものから換えている。しかしイクサ・フレームに多少知識のある者であれば、二騎が同型騎であることは一目で看破出来よう。カブトの額にビームクワガタが煌めき、黒いハニカム有機複眼には意志を示すように瞳孔を備えた双眸めいた光が宿る。
IFA-99Xの型式番号を持つ、文字通り同じ生まれの双子のイクサ・フレーム。二騎の名は〈グランドエイジア〉。識別コードは〈クロガネ〉と〈シロガネ〉。
それでもこうも漂わすカルマが異なるのは、互いに違う道を辿った故なのか。騎体も、ドライバーも。
〈クロガネ〉は燃えるオレンジの瞳で〈シロガネ〉を見据え、〈シロガネ〉は凍てつくアイスブルーの瞳で〈クロガネ〉を睨める。
二騎のイクサ・フレーム、二人の
惑星と同じ名を持つヤマトの太陽が、地平の彼方からほんの僅かに煌めきをこの場に投げかけた、その瞬間――
「「
イクサ・フレームのスラスターに火が灯り、カタナを抜いたのは同時。イクサ・シャウトと共に二騎は走る――敵騎を刃下に捉え、屠り去るために!
――
揮われたカタナとカタナが激突し交錯する。両者はイクサ・フレーム越しに衝撃を感じた。カルマにより互いの戦意を味わい、敵意を嗅いだ。
〈クロガネ〉は真正面から斬って落とす。〈シロガネ〉は右下から斬り上げて応じる。
〈クロガネ〉は弾かれたカタナを返し袈裟斬り。〈シロガネ〉は斬撃をいなし胴を薙ぎ払う。
〈クロガネ〉はガントレットで受けつつ手指部を狙った小手打ち。〈シロガネ〉は峰で弾いて真直斬り。
凌ぐ。斬る。返す。突く。払う。薙ぐ。打つ。捲る。――
両者、宇宙では珍しい脚を止めての撃剣である。その熾烈さは、サムライの動体視力でさえ捕捉は至難であろう。
「ナガレ! 守護(まも)るべき者の無いお前が!」
振りかぶられたロングカタナに蒼白のオーラが宿る。サムライの力の源、カルマ・チカラが可視化したサムライ・エフェクトだ。使い手の強いカルマ・チカラの証明である。
「したり顔でしゃしゃり出るなッ!!」
――斬(ザン)!! 技も何もなく、カタナを出力任せに叩きつける。それ故に強力な一撃だった。
辛うじて〈クロガネ〉はカタナで受ける。しかし、強烈な一撃の前に〈クロガネ〉の騎体が宇宙空間に木の葉めいて舞った。
「……ヌゥーッ!」〈クロガネ〉のドライバーが呻く。
〈クロガネ〉と〈シロガネ〉は元を正せば完全同型の兄弟騎。それぞれドライバーの適正に応じてカスタマイズされているが、自重含めたスペックにそこまで大きな差があるはずもない。あるのはドライバーの技倆か、カルマの差か――しかしそれは退く理由にはなりはしない。
――選ばれたのではなく選んだこと、それが矜持……!
「テンリュー! お前ともあろう男が!!」
〈クロガネ〉のドライバーは〈シロガネ〉のドライバーを糾弾した。怒りとそれ以上の悲しみを込めて。
姿勢を立て直しながら、〈クロガネ〉の前面装甲砲口から種々の弾丸が飛ぶ。ありったけの弾丸――イクサ・フレームでさえ直撃を受ければ軽傷では済まぬ火線だ。
しかしそれは当たればの話である。イクサ・フレームのメインCPUたる電脳の弾道予測に従い、イナズマめいた機動でそれを躱しながら〈シロガネ〉は敵手に肉薄する。カタナに憤怒の炎めいたサムライ・エフェクトを揺らめかせて。
「破(ハ)ァッ!」
加速が上算された斬撃が蒼白の軌道を描いて宙を走った。
「応(オ)ォッ!」
迎え撃つカタナにもサムライ・エフェクトが宿る。翠と蒼の炎が軌跡を描き、カタナとカタナが交錯する。
「チィーッ!」
〈クロガネ〉のコクピットでドライバーが鋭く舌打ちした。
半日に及ぶオペレーションが祟(たた)った。太刀打の直後、酷使に耐えかねたロングカタナがとうとう折れたのだ。一瞬アドレナリンの過剰分泌が砕ける刃を、宇宙の闇に溶け消える翠の炎を、スローモーションで網膜に映し出す。カタナ自体の長さは刀身の三分の二を残してはいるが、損傷の具合は甚大であろう。――
「――
〈クロガネ〉の思考と生命を断ち切るように、返すカタナで繰り出される〈シロガネ〉の技。コクピットを狙った円弧軌道の大斬撃は致命的な威力を孕んで襲いかかる!
〈クロガネ〉の左手が決断的速度で動いた。左腰部を探り、カタナシース付随のワキザシ・ビームカタナ・グリップを取り出す。その間ゼロコンマ二桁以下――ヒロカネ・メタルの鋼刃が装甲を切り裂く寸前、ビームカタナの光刃が出現し受け止める。ビームは通常より太く、長い。
「……何ッ!?」
〈シロガネ〉のドライバーが忌々しげに呻いた。
「練習しといてよかったぜ…」
〈クロガネ〉のドライバーが不敵に笑う。痩せ我慢だ!
「やることが小賢しいッ!」
〈シロガネ〉のドライバーが吼えた。
カルマ・エンチャント・カタナとリミッター解除ビームカタナを以て太刀打が再開される。相互干渉波がアーク放電を散らし、得物が打ち交わされる都度に暗黒の宇宙に閃く。
……ビームカタナは携行に向くが、質量を持たず攻撃力の面で実体カタナに譲るためワキザシ――サブウェポンとしての使用が多い。
対してロングカタナは常時の携行にやや難があるものの、ヒロカネ・メタルの質量とイクサ・フレームの出力の乗算により成立する斬撃の威力は他の兵器を圧倒する。刀身の損耗はカルマ保護がある程度補ってくれる。
一見まともに打ち合えているが、〈クロガネ〉の不利は明らかだ。ビームカタナの大出力はリミッター解除の産物、バッテリーは付属品から大容量のものに換えてあるもののそもそもが決して長持ちする使い方ではない。
「
〈シロガネ〉が上段(ジョーダン)から
「
〈クロガネ〉は横薙ぎにビームカタナを揮う。
干渉波と共に斥力が発生した。
そのヴェクトルを予め計算していた〈クロガネ〉は、そちらの方向へスラスターを吹かし後方跳躍する。更にクロガネが撒いていたフラッシュグレネードが炸裂し、シロガネの感覚機器に一瞬エラーが走る。シロガネが回復を待つ間に、クロガネは身を転じデブリ散乱地帯へ後退している。
鮮やかな逃走ぶり。〈シロガネ〉のドライバー、タツタ・テンリューは苦笑を口元に浮かべつつ、追わなかった。
「時間稼ぎ……お前の悪いところだぞ、ナガレ。子供の頃からの癖が一向に改まらないな……」
追う必要はない。敵の動きは見切っていたからだ。
テンリューは自剣を鞘に納める。自動的にコイグチ・ロックが作動。朱色のその鞘はソロリ社製試作電磁居合用カタナシース〈ガゴロク〉である。
電磁居合(デンジイアイ)。即ちカタナによるレールガンに他ならぬ。鞘を砲身に見立て、カタナの刀身を弾丸として鞘走らせる。これをカルマ・エンチャントしたカタナで成せば、剣速・威力・射程のいずれもが飛躍的に上昇する。更にカルマでコイルを回すことで出力を加算させる。
無論リスクは存在する。ただでさえ電磁居合の習熟は容易ではない。その上、出力を上げれば上げるほどその制御は等比級数的に難易度を増してゆく。カルマ・チカラの制御は、それ自体が優れた量子CPUであるイクサ・フレームの電脳でさえ及ばざる領域である。見よ、コクピットの中のテンリューは歯を食いしばり、額から汗を滴らせながらカルマを練り上げ、可能な限りの力強さで、しかし慎重に、コイルを回している。制御失敗の末にあるのは騎体ごとの自爆であり、さすれば命はない。
発想自体は独自のものではない。論文がいくつか残されている。が、サムライ・非サムライを問わず考案者はそのリスクがリターンに見合わないことに気づき、机上の空論として封印した。あるいは投げ出した。
タツタ・テンリューは彼らの研究の残滓を掻き集め、土台にして、それを完成させた。極度のハイリスクはそのままに。
サイドスクリーン側に表示された電磁居合コイル用デジタルインジケータの針はとうに安全域を振り切れており、不安定な制御を示すように針先はレッドゾーンの境目で震えている。「警告」「危険」「暴走域」明滅する赤文字のホロ表示とともにビープ音がけたたましくがなり立てる。
知ったことか。
ナガレはどこだ? ドライバーの心理を代替するように、電脳が血眼になって敵影を求めている。鞘の中で荒れ狂う稲妻の制御限界は刻一刻と近づきつつある。
体感で結構な時間を浪費したように思うが実際は何秒だったのか。ようやく電脳がクロガネの姿を捉える。廃コロニー隔壁越しの敵影を。ナガレ!
握り絞めたままのカタナ・グリップを更に強く握り絞めた。コイグチ・ロック解除――今こそ解放の時。
「轟け雷(イカズチ)――
イクサ・シャウトと共に抜刀――迸る巨大なる雷のカタナ。これぞまさしくタツタ・テンリューがサムライ・アーツ最大奥義、超電磁居合〈ナルカミ・ブレイカー〉!
鞘の内部から刀身を介して宇宙空間に解放された電磁圧の刃は、蒼白のドラゴンめいて触れるもの皆引き裂き打ち砕きながら虚空を驀進した。コロニー外壁すら例外ではない。カルマの加護を得た神の雷は複合合金外壁のミラーコートをも物ともせず、接触部分を原子の塵と還元してゆく。この威力の前ではイクサ・フレームの装甲など言うに及ぶまい。
そう――イクサ・フレームの敵がイクサ・フレームという前提条件の上に立つならば、この威力は明らかに過剰である。対艦? 対要塞? 大戦艦の特装砲で十分だ。アームストロング・ランチャーでもいい。オーバーキルのサムライ・アーツの制御に時間を費やすくらいならば、もっと効率的なサムライ・アーツを研鑽すべきであろう。
非の打ちようのない道理である。それでもテンリューにはこの技をマスターせねばならぬ理由があった。倒すべき敵のため。このナルカミ・ブレイカーを以てしても打倒し得るか定かならぬ敵とのイクサのため――
電磁圧の刃が消えた。炸裂を以て。
強力な電磁圧が生み出したEMPが嵐のように吹き荒れ、シロガネの機器にエラーが束の間走った。エネルギーの解放によってコロニー外壁が原子の灰燼と化し、宇宙にエネルギーの嵐が渦を巻く。
その中でテンリューは食い入るようにスクリーンを見つめる。ナルカミ・ブレイカーの電磁圧カタナは宙へ融けるように消える。派手に炸裂などはしない――通常ならば。
テンリューは電脳より早く敵の生存を悟った。
「……ナガレめ!」
××××××××××××
……その少し前、壁に隠れた〈クロガネ〉のドライバー、サスガ・ナガレは敵騎の様子を窺った。追ってこない。安堵したのもほんの一瞬、電脳が表示した情報からテンリューの目論見を悟り、一気に顔から血の気が引いた。己の見通しの甘さよ!
〈クロガネ〉の電脳は〈シロガネ〉の鞘周辺に膨大なエネルギーを感知している。しかもそれは刻一刻と増幅しつつある。壁越しに叩き込まれる超戦術級サムライ・アーツ。危険だ。
「…作戦変更!」
騎体の冷却やKEP(カルマ・エネルギープール)の回復を待つつもりだったが、最早悠長にしてはいられなかった。
〈クロガネ〉は壁越しの敵へ向き直り、ビームカタナ・グリップを納めた。折れたロングカタナを抜いて頭上に掲げ、大上段(ダイジョーダン)を執る。
放つは伝説の戦略級サムライ・アーツ、〈カミカゼ・ブレイド〉。
問題点はある。技の性質上発動にまで時間がかかること。いつ敵が攻撃してくるか読めないこと。そして――ナガレが一度もこの業(アーツ)を使ったことがないということ。
見たことはある。マクロ視点で。師匠(センセイ)と一緒に見た戦争ドキュメンタリー。師匠(センセイ)の言葉はずっと覚えていた。
『カルマの特性を自覚すれば、お前なら使えるはずだ』
ナガレは師匠(センセイ)を信じた。自分以上に信じられるものだった。センセイの一言は血の一滴に等しい。
血より発するというカルマを意識しながら呼吸する。騎体のヒロカネ・メタルが意志を、カルマを、カタナに通す。……おお、観よ、カタナの刀身に緑色の光がオーロラめいて揺蕩いながら収斂してゆく――
幸いまだ〈シロガネ〉は仕掛けてこない。あるいはこちらを見失っているのか……だとすれば探知能力の差だろう。探知能力に電脳性能が占めるパーセンテージは大きい。
そして〈グランドエイジア・クロガネ〉の電脳は特別製だ。
ただ時間的猶予がさほどないのも事実だろう。こちらを捕捉次第〈シロガネ〉が攻撃を仕掛けてくるはずだし、遅かれ早かれそうなるのもまた目に見えていた。
迎撃だけなら他のサムライ・アーツもある。しかし敵の集める膨大なエネルギーを鑑みてそれでは不十分だと生存本能が訴えていた。
想定される攻撃は己の最大攻撃に匹敵するものと推測する。ならばこちらはカミカゼ・ブレイドで応じる他あるまい。
ただし〈シロガネ〉は変わらず距離を保っており、推測通りならば相手の攻撃は十分こちらに届く。一方自分が相手に届くほどの一撃を放つにはカルマを練る時間があまりにも足りない。故に防御に使う。
制御の問題は己次第。
刀身のオーロラが徐々に輝きを増してゆく。だが不十分だ。出力も、時間も。オーロラは眩いばかりに輝き、客観的に見ればいい的だろう。しかし他に術はなかった。幸い敵は他に確認されていない。
勝負は一瞬、敵手の攻撃が放たれた直後。そのタイミングより僅かに早くとも遅くとも、〈クロガネ〉諸共に宇宙の藻屑と化しサムライ・ニルヴァーナへ直行することとなるであろう。また、カルマの制御にしくじっても死ぬ。よもや有り得ぬこととは思うが、テンリューのカルマ・チカラの限界値がナガレの想定を上回っていたとしても、こちらの防御を食い破られて――ナガレはふとニンガリと笑って、不安思考をニューロンの片隅に追いやった。
まさしく乾坤一擲(ケンコン・ワン)、死ぬか生きるか二つに一つ。結果は唯一グレート・ブッダのみぞ知る。
またもや主観時間が泥めいて遅滞する。全天周スクリーン、各種インジケータ、三次元ジャイロ羅針盤……ナガレは周囲に視線を巡らす。永遠にも似た十何秒が過ぎてゆく。ナガレは叫びそうになった――まだか、まだか、テンリュー!
PPPPPPPP―――!! 電脳がけたたましくアラートを鳴らし〈シロガネ〉のエネルギー解放を知らせる。時間の泥が一気に拭い去られる。ナガレが動いたのはそれに先んじてのことだったか否か。
歯骨を噛み、腹の底に沈めていた息をシャウトと共に解き放つ。
「吹けよ嵐(アラシ)――勢彌(セイヤ)アアァァァァァッ!!」
圧縮された膨大なカルマ・チカラが解放された。カルマの嵐が巻き起こり、コロニー廃外壁を内側から食い破るようにして展開する。不完全なカミカゼの盾と怒り狂うイカズチの刃――雷と風、二つの力がぶつかり合う――そして!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます