シンデレラ・ストーリー another

蜜柑桜

第1話 シンデレラ、舞踏会へ行く

 御伽噺おとぎばなしのお決まりの言葉から始めましょう。


 昔々、あるところに…優しい自然と肥沃な土地に恵まれ、産業も栄えた豊かな国がありました。

 この国の王様とお妃様には一人の王子がおりました。

 見目麗しき王子はすくすくと育ち、生涯を共にする女性を求める年頃になりました。

 王子が成人を迎える誕生日、国はそれはそれは豪奢な舞踏会を開き、城下の、いえ、国中の乙女を招いて、その中から王子の伴侶を選ぶと言います。


 さてこんな幸せそうな国ですが、悲しいことに他の世と等しく、可哀想な女の子もおりました…彼女の名前は…


 *


「シンデレラ!まだ暖炉掃除をしているの?」

 城下の一角にある屋敷の窓から甲高い声が響いてきます。流行はやりの服に身を包んだ若い娘が叱りつけるのは、彼女と真反対に服を灰で汚した痩せ細った娘。

「ごめんなさいお姉様。寒くて暖炉の薪も多いものだからすすが詰まって…」

「早く終わらせなさい、お城の舞踏会で着るドレスもあんたが作るんだからね!」

 ばたんと扉の向こうへ消えた姿に、シンデレラと呼ばれた娘は肩をすくめます。

「お金が勿体ないからって素人しろうとの私が作ったドレスを着ても、玉の輿こしに乗れる見込みは薄いのに…」


 彼女の通り名は「灰被りシンデレラ」。幼い頃に両親を無くし継母ままははに引き取られてからというもの、穀潰こくつぶしは許さぬとて継母、継姉に召使いのごとくこき使われきました。日々の家事のおかげで服は汚れ、かぶった灰ゆえにこの呼び名が付いています。


 ヒビ切れた指を撫で、シンデレラは溜息をつきました。

「私も一度でいいから綺麗なドレスを着て、舞踏会に行ってみたいものだわ」


 窓の外の道は城の舞踏会を控えて色鮮やかな花々で飾られています。シンデレラがたたずむむ薄暗い家の中とは大違い。


 別世界のような外の景色に手を伸ばすと、コツンと当たったガラス窓のさんに、綺麗な白鳩が停まっているのに気がつきました。毛並みは美しい銀色ですが、ひどく痩せています。人懐ひとなつこくこちらを見る眼が愛らしく、シンデレラはパン屑をやろうと台所へ入っていきました。


 *


 舞踏会当日、継母と継姉はシンデレラがようよう仕上げたドレスに身を包み、洒落た髪型に羽飾りをつけ、しかし悲しきかな、ドレスを発注できる家ではないので、徒歩で城へ出かけました。

 家に残されたシンデレラは、舞踏会に行けないのは残念ですが、夜中まで苛められなくて済むと気分も軽く、箒を相手にステップを踏みます。


 意気揚々と踊るように床を履き、さぁご飯もこっそり贅沢しちゃおと思っておりますと、玄関から控え目に音がします。まさか二人が城から戻ったはずはなし、お届け物でしょう。「はいはい」と上機嫌で扉を開けました。


 その途端、星屑ほしくずのような光の粒子が空中で渦を巻き、中から黒の長い外套を羽織はおった銀髪の少女が現れました。少女の手には先端にルビーをくわえた竜の頭を持つ白金の杖。もう片方の手は黒の帽子を胸に当て、シンデレラにうやうやしく礼をします。


「こんにちは、シンデレラ。この間はご飯をありがとう」

「な、なに今の…」

「何って魔法魔法。あたし魔女なので。この間の白鳩よ。もっかい化けとく?」

 いきいき話す少女とは逆に、シンデレラは入り口で固まりました。それにも気付かず少女は続けます

「御礼をしたくてね。お願いは何がいい?」

「え…願い…といえば真っ当な人間としての暮らしを…」


 魔女はそれを聞くと大げさに首を振ります。

「じゃあまず舞踏会に行かなきゃね」

「え」

「だって『国中の乙女』が招かれるはずなのよ。貴女がいけないのは真っ当な国民たる仕打ちじゃなくて法律違反みたいなものよ」


 魔女は杖についた竜の頭をすっとシンデレラに向け、「まころんしるぶぷれっ」と一振り。

 その掛け声とともに眩い光に包まれたシンデレラの身体は、あら不思議、美しい真珠とサファイアが散りばめられた絹織きぬおりのドレスをまとっていました。頭にはマリン・ストーンがあしらわれた銀細工の冠が光り、揃いのピアスが耳元で揺れています。


 窓に映った自分の姿に、シンデレラはほうっと吐息を漏らします。

「すごい…お妃様みたい…まさに舞踏会にいそうだわ…」

「うんうん、綺麗よー。靴はお決まりでこれっ」


 杖のルビーがまたたくと、シンデレラの布靴は光を返すガラスの靴に。


「んー、でもまだ何か足りないなぁ」

 驚き二の句の出ないシンデレラに構わず、魔女は部屋の中を見回し、台所の隅に視線を止めます。床に転がる南瓜に向けて「ぽたーじゅしるぶぷれっ」と杖を一振り。すると南瓜は宙を飛んで玄関の外へ、そこでむくむく膨らみ、白木の馬車へと早変わり。


「よしよし、家を壊さずやらなきゃね。というわけでこれに乗って舞踏会に行ってらっしゃいな。ほんとは二晩続くはずだけど、尺がないから今晩だけでよろしく」

「えっでも私、招待状も無いし家事も終わらせなきゃ…」

「のんのん。突っ込みを入れちゃいけないときってあるのよー…招待状は魔法で馬車の中、偽造って言わないでね。家事は魔法でやっとくわー」

 そう言いながらも、少女はシンデレラを元南瓜の馬車へ押し込み、杖をまた一振り。何処からか馬と馭者が現れ、颯爽と手綱を握るではありませんか。

「この子達の出所は聞かない方がいいかも。掃除不十分って思うだろうから。それと悪いんだけど十二時の鐘が鳴ったら魔法解けちゃうから、それまでに帰ってね。若い子が夜中まで外ほっつき歩いちゃ駄目だからそういう設定なのよ」


 じゃ、いってらっしゃーい、と魔女の掛け声で、もう星が瞬き始めた夜空の下を、馬車は軽快に走り出しました。

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