粛清のカノジョ

葦ノ原 斎巴

序幕

第1話 掃き溜めにタマ

[現在進行系修羅場を語るスレ]

284:名無しの紳士さん

 スレ違いかもしれないが、俺と俺の幼馴染の話を聞いてくれ。

 夏休み最終日の深夜。明日からの学校がイヤで嫌で寝つけないんだ。


>>とっとと話せ、スレ違いかは俺らが決める

>>恋バナか? こんな掃き溜めに書き込むんだからドロッドロを期待する


287:名無しの紳士さん

 ありがとうみんな。

 俺は今、このダークウェブ掲示板に音声認識アシスタントで書き込んでいる。だからその、喋ったままが書き込まれるから変な感じになったらごめん。

 えっと、何から話そうか。そうだ、学校が嫌って言ったけど、厳密には違うんだ。先生が苦手とか、まして授業がダルいとか、そんなくだらねぇ理由じゃないんだよ。


>>焦らないでいいからな

>>手短に分かりやすいあらすじ求む

>>三分間だけ待ってやる


291:名無しの紳士さん

 むしろ学校は好きなんだ。旧時代から連綿と残されてきた生きた化石じみた社会の機能、ある意味ロマンってヤツでさ。

 ITのおかげで、家で授業を受けることができるのに、わざわざ通学という苦痛を与えるその無駄さが大好きだ。


>>おっと、急に知的な話が出てきたぞ

>>予備知識ってやつか

>>続けろください


294:名無しの紳士さん

 集団生活や団体行動は、学校でしか学べない。……というのも今では古い考えでさ。

 集団だろうがなんだろうが、もう時代はVRというバーチャルで全て完結できるようになっている。

 なのにどこぞの教育評論家が叫ぶ、『人見知りに育っちゃう!』論を振りかざし、狭い教室に何十人も押し込める、その窮屈さも大好きなんだ。


>>おう、学校が好きってのは分かった

>>それがどう繋がるんだ


297:名無しの紳士さん

 それで、俺の幼馴染はAI、アンドロイドって奴なんだ。まぁ今どき珍しくもないけれど、昔のアニメでいう青いタヌキみたいなそれさ。人工知能を積んでいて、自分で考え自分で動く。……青いタヌキと違うのはその見た目くらいかな。


>>最近のは人間と区別がつかないもんな

>>俺もアンドロイドの友達いるぜ

>>クラスに一人くらいはいるな

>>むしろ俺がアンドロイドだ


302:名無しの紳士さん

 赤ちゃんから始まって、大きくなっていくのも人間の俺と同じでさ。十三年経った今じゃ、彼女は立派な女子中学生やってるよ


>>幼馴染と彼女は一緒?


304:名無しの紳士さん

 ああ、幼馴染っつったり彼女っつったり表現がブレてんな。それじゃこっからはタマと呼ぶ。なんでかって? 机に野球ボールがあったから。


>>幼馴染はタマ!

>>猫みたいだな

>>で、そのタマがなんなんだ?


308:名無しの紳士さん

 こっからが本題なんだけど。俺は学校が大好きだ。それだけは一点の曇りなく断言できる。

 成熟したシステム社会の現代で、無駄なことや窮屈なこと、抑圧って言うのかな、そういうのはなによりも贅沢なことなんだと思う。

 だがしかし、だからといって受け入れがたいモノもある。

 くどくなっちまったけど、つまり俺が言いたいのはさ。

 瞼の裏に浮かぶは涙なしでは語れぬ記憶。タマの暴走っぷりがハンパねぇってことなんだ


>>お? お?

>>お? お?

>>お? お? お?


311:名無しの紳士さん

 それは朝、玄関を出ると表札の隣に佇んでいて、

『おはよ、きぃくん。あれ、まだ眠気が抜けてない? そんな無防備なきぃくんも、大好きだよっ』

 ぽへーっとはにかんでいるクセに、朝っぱらから豪速球を叩き込んできやがって。そのままなし崩し的に二人で歩く通学路でも、

『ねぇ、きぃくん。ふらふらしてるしやっぱりまだ眠いでしょ? 大丈夫、きぃくんの腕、ぎゅぅっと掴んでてア・ゲ・ルっ』

 露骨過ぎる密着で押し当てられる柔らかな感触は、男のサガで振り払えぬまま学校着いて、昼休み。

『ハーイみんなー、ちゅーもぉ~っく、静粛に! ……ここで残念なお知らせです。みんながこっちを向くまで三秒もかかりました。これからきぃ君に、はい、あ~ん。をするのです。誰がきぃ君の胃袋を牛耳ぎゅうじってるか、とくと刮目して御覧ごろうじろ、なのです! はい、きぃ君。あ~んっ』

 牛耳るとか御覧じろとか最早意味が分からないのに巻き起こる拍手と大歓声、指笛なんて器用なことしやがるヤツもいて、もう洗脳されてんのかってくらい色々ヤバイ。

 俺が女子と話せばその子を『泥棒猫!』って罵るし、いかに私、あ、タマのことな? 私が頑張ってるか、すっげー語り始めるし。それはもう授業が始まってもお構い無しで、『こっちの方が重大な問題なんですよ!』って先生を注意することだってあったんだ


>>やべぇー惚れるわ

>>なにそのタマ超欲しい

>>三秒もかかりました、ってどこの軍曹であられるんだよ


348:名無しの紳士さん

 家が隣で朝から一緒、同じ学校、同じ学年同じクラスの隣席。羨ましいとか言うけどな、朝から晩までずっと一緒、俺から見たらぶっちゃけスゲー面倒くさい。

 

>>惚気のろけ

>>タマが暴走、あれ待てよ? お魚くわえたドラ――この書き込みはルールル、ルル、ル~されました


376:名無しの紳士さん

 怖! このスレ見られてんのかと思ったわ。

 まあ、俺が止めるとすぐにやめるし、ごめんなさいって謝るし、悪いヤツじゃないんだよ。

 クラスでハブられてもないし、逆にそのハンパなさで粛清しゅくせいの彼女ってあがたてまつられている。

 

>>そりゃあ崇めたくもなる

>>女神様ならぬ彼女様


398:名無しの紳士さん

 同い年の幼馴染だし、学校学年はまだ許せるさ。けどな神様、同じクラスで隣席とかやりすぎだ。運命レベルの采配だけど、こんな神なら俺はいらない。

 粛女しゅくじょ――、自称『俺の彼女』の粛清が度を超えているんだがどう思う?

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