もう異世界は勘弁してください

野暮天

第1話

 退屈。決して無い物ねだりはしない方だが現状を説明するならそう言うのが適切だろう。

 今日は特別なパーティーがある日だった。有名貴族や王族がこぞって教会に集まる日で子供達は退屈そうにしている。それはそうだ。パーティーというのは大概おとなが楽しむもので子供はいつだっておいてけぼりだ。そんなことわかりきっている。

 神様からのありがたい教えも大抵は流されてまともに理解している人間なんていない。だから俺はいつもの手段に出ていた。

「はい聞いてらっしゃい見てらっしゃい。こちらが聖ソフィア堂お墨付きの免罪符だよ」

「免罪符ねえ。お前本当よく思い付くよな」

 となりの幼馴染みの勇者ディランがあきれ顔で俺に視線を向ける。

「なんだこれも教会存続のためだろう」

「だからといってやっていいことと悪いことがあるだろう」

 勇者は付き合っていられないとばかりに肩を竦める。それがなんだか様になっていて少しばかり悔しい。

「シスターが見たら何て言うかな」

「そんなもの相手にしなければいいのさ」

 強がりを言う俺に対して勇者はため息をついた。かれこれ生まれたときから一緒にいるから付き合いは長い。お互い性格も正反対。向かった方向性も真逆だった。

「とにかく俺はこの教会を守るためにはなりふり構っていられないんだよ」

「そういうところは素直なんだか」

 ディランはそう呟くと免罪符を求める客に笑顔を振り撒く。すると女性から黄色い歓声があがる。

「ごめんね。今日は挨拶回りに行かないと」

 羨ましい限りだ。教会出身のディランはいつも周囲に気を配り、その立派で華やかな姿から多くの女性を魅了していた。

 本当にこんなやつのなにがいいんだか。

 俺はなんだか面白くなくてむすっとしているとディランは肘でつついてくる。

「おいここで免罪符売らないと教会が売り払われてしまうんだろう。お前ももうちょっと頑張れ」

 応援してくれているのかいないのかはっきりしないがディランは女性を中心に免罪符をばらまいていた。

「あの英雄ディランさまの免罪符よ。一生飾っておくわ」

「正確にはディランさまが育った教会が発行している免罪符です」

 珍しくディランに対してのぼせない女性がいる。そう思った瞬間。頭に拳が叩きつけられる。

「こらアンジェロ。私がいない間に何をたくらんでいるのです」

「ええ。いいじゃん別に。減るものでもあるまいし」

「これは主の意志に反する行為です。私が没収します」

 案の定同い年のシスターは俺の方をきっと睨んで片手には大量の免罪符が握られていた。

「私が回収していたからいいもののこれであとから苦情が来たらと思うと頭が痛くなります」

 少女の名はエリサといった。毎日のように顔を会わせているから耳タコだった。

「とにかくあなたは無謀にもほどがあります。もう少し自分のことを考えてから行動に出てください」

「ええ。俺は教会のためにと思って働いていたのに」

「正確にはただ金をせびっているだけでしょう」

 冷たく言い返されると俺としても反論の余地がない。

「本当に教会のことを思うなら私のことを多少信じていただかないと」

「信じてるけど俺はただ心配なんだよ。だって最近エリサは忙しそうだろ」

 また金の工面に急いでいるのかと思えば気の毒になる。ただでさえ細い体がさらに痩せ干そって見ていられないほどだ。それでも彼女は気丈に振る舞っていた。

「アンジェロ、あなたに言っていませんでしたが今日からあたらしい支援者がやってきます」

 だからパーティーを開いているのですと苦々しい顔で告げられる。

「なんで。俺が免罪符売ってるじゃん」

「それでは賄えないほどの借金があるのです」

 まさかそこまではっきり言われるとは思わなかった。この教会の財政が逼迫しているのは知っていたが彼女はそのことを周囲には伏せていたはずだ。

「もしかして俺のやってることって全部迷惑だったのか? 」

「そうは言っていません」

 どうしてか彼女はすぐさまそう返す。その姿はどこか慌てていてそれがまだ同い年の少女なのだと実感できて嬉しい。俺ばかりが子供じゃないのだと思えるからだ。

「シスター、アンジェロの相手ばかりじゃなくて俺にもなにかないのか」

 困っているエリサをさらに困らせるようにディランが口を挟む。

「立派な勇者になったあなたにかける言葉などありません」

「ずいぶん他人行儀なんだな」

 あなたは教会を去った人間でしょうと彼女は寂しそうに笑う。どうしてそんな顔をするのだろう。不思議だったが俺はなにも言えないでいた。

「悪い悪い。俺も久しぶりに招待されたからな。嬉しくてつい憎まれ口を叩いてしまった」

「憎まれ口ってほどじゃないだろ」

 俺がそう指摘してもディランはいつもの余裕な表情だった。こいつは昔からつかみどころのない男だった。そしてなぜだかエリサは緊張した面持ちだ。

「どうしてそんな顔をしてるんだ」

「……あなたに説明すると長くなりますから」

 ここでは控えさせていただきますとにべもなく返される。なんだか俺だけ蚊帳の外で悔しい。

「まあいいだろう。すぐにわかることだから」

 ニヤリとディランが笑みを浮かべる。それが合図とばかりに聖堂のなかで拍手が起こる。

「さて本日の目玉です。ディラン・スチュアートの婚約の儀です」

 ディランの名が呼ばれる。だがその内容は全く聞き覚えのないことだった。

 ディランが婚約? にわかには信じがたかった。

「しかもそのお相手は」

 司会はもったいつけたような口ぶりで最後まで言わない。

「どういうことだよディラン、エリサ」

 俺が二人に問いただすがエリサはだんまりを貫き、ディランも貴公子のようににっこりと微笑むだけだった。

「なんと美しい夢物語だと笑う人もいたでしょう。幼馴染みが成長して二人結ばれるとは」

 その話に嫌な予感しかしなかった。

「夫婦の相手となるのはこちらのうら若き少女エリサです」

 そして二人は盛大な拍手に包まれる。

 俺には何がなんだかわからなかった。



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