シャドウハンター陽向
五速 梁
第1話 世界の影に潜むもの
片側が切り立った崖の、二車線に満たない道を車は不穏な揺れと共に上っていた。
「円さん、これって早目に引き返した方がよくないですか」
私が内心の不安を告げると、運転席でハンドルを握っていた円が「そうね」と言った。
「もうちょっと行ってみて、開けてこないようならそうしよっか。怖いもんね」
私はひそかに胸をなでおろした。道幅がこれ以上狭まったらUターンもできないからだ。
私たちが目指しているのはカーナビも用をなさない、山奥の「知る人ぞ知る店」だった。
私は
「この道に見覚えはない?……蔭山さんはそのお店には、行ったことなかったのよね?」
「はい。十年以上も前、まだ家として祖父たちが住んでいた頃に一度行ったきりで……」
「そっかあ。実の祖父母でも事情があって疎遠って人、いるもんね。……でもいい機会じゃない。向こうから招待されるなんて」
私は頷き、祖父からの「招待状」をあらためて眺めた。そこには毛筆で「いつわりの影が九十九集まれば、真の影となる」という謎めいた言葉が記されていた。
これは父の死がきっかけでひきこもっていた私に、「十年ぶりにお祖父ちゃんのところに手紙を出したら、こんな返事が来たの」と母が困惑しながら手渡したものだ。もちろん、私にもこの文章の意味はわからない。……だが、「いつわりの影」という言葉には思い当たる節があった。
「もともと、孫に会いたがるような人じゃないってことは父から聞かされてたし、私も特に会いに行こうと思ったことはないんですけど……やっぱり不憫に思ったんでしょうか」
軽自動車の小さなタイヤが小石を跳ね飛ばすたびに、私の気持ちも上下する気がした。
「どうかしら……でも本当にいいのかなあ、身内でもない私が一緒行ったりして」
既婚者とは思えないほど幼い顔の円は、ミラーを覗きながら小首をかしげた。円と私が知りあったのは、小さな美術館で催されていた希少鉱石の展示会でだった。
私が気になる石をじっと眺めていると突然、小さな声で「うれしいな、私もその石、好きなんだ」と声をかけてきたのが円だったのだ。
大学在学中に結婚、夫婦ともに研究者だという円は、父を亡くしたばかりで閉ざしがちだった心のわずかな隙間に、清水のように流れこんできたのだった。
「いいに決まってるじゃないですか。こんな山奥に車まで出してもらって……」
私はいよいよ狭まり始めた道路幅を見つめつつ、申し訳ない気持ちで言った。
「だってこんな場所……って言ったら失礼だけど、陽向ちゃんひとりじゃ来られないでしょ。私もあなたから聞いてネットとか見たんだけど「
円の口調から、どうやら後悔はしていないらしいとわかり、私はほっとした。
それにしても「いつわりの影」がもし私が思っている通りの意味なら、祖父は私と父しか知らないはずの「秘密」を知っていることになる。
電話にすら滅多に出ないという祖父に思い切って会うことを決意したのは、祖父本人の口から直接、言葉の意味を聞きたいからだった。
「……あっ、見て陽向ちゃん。向こうに何か開けた場所が見える。もしかして終点かも」
円の目線を追うと、確かに狭まった山道の奥に陽の当たる地面のような物が覗いていた。
〈第二回に続く〉
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