◆5章-3◆魔王の城に安らぎを

 幸せな日々はもう半年ほど続いていた。





何せ杏子姉は可愛いし癒しだし。


杏子姉の方はきっと俺なんて相手にしてくれないかと思っていたのだが、どうにもこうにも今となってはラブラブである。





「そういえばなんでそんなに必死に俺を探してくれてたの?」





「うーん。最初は手紙の返事くれないから文句言いに言って、会えなかったから腹立って直接文句言おうと思って探してたんだけど…」





 …そんな理由なんだ。





「でもほら、知り合いが行方不明なんて普通心配するよね?それにえいゆう君って私しか友達居なかったでしょ?」





 …うぅっ…痛いところを突いてくる。


しかしそれは事実であり、俺の唯一の癒しだったのだ。





「でもなかなか見つからなくて…途中から意地になっちゃってさ。絶対見つけてやるー!って、探偵に弟子入りして捜査の基礎を覚えたりしながら頑張ったんだからね?」





「…う、うん。ありがとう。…でもその言い方だとただ見つからないのが気に入らなくて頑張ってただけのように聞こえるんだけど…」





「そうとも言います!」





 …杏子姉は急にすくっと立ち上がり、腰に手を当てて偉そうにふんぞり返る。





こういう感情豊かでオーバーリアクションなところが昔から好きだった。





「でもそれだけじゃないよ?ほらえいゆう君って私に惚れてたでしょ?早く見つけてあげないと寂しがるかなーって思って」





「ちょっ、え?いきなり何言い出すの」





「…違った?」





「…違わない」





「でしょー?えへへー♪お姉さんを甘く見てはいけないのだ」





 可愛すぎるだろ畜生!





「それにそれに、私こんなにラブリーなのに何故か全然彼氏できないし、えいゆう君はいつの間にかこんなにイケメンになってるし。多少悪食野郎でもそんなの気にならないねっ☆」





 …喜んでいいのか怒るべきなのかわからん。


一つ言えることは





「確かにこんなにラブリーで彼氏ができないのはおかしい」





「でしょー?」





「ですな」





 この人と一緒にいると脳みそが馬鹿になっていく気がする。





脳から変な汁が出て気持ちよくなってくる。





要するに二人で居られれば俺は幸せなのだ。





そして彼女も俺と一緒に居られるのは幸せだと言ってくれる。





ならこのまま魔王の城で新婚生活といこうじゃないか。





「なぁ杏子姉」





「何かなだーりん♪」





「だーり…けふん。えーっと、あれだよ」





「何かね」





 杏子姉はこちらを見つめにやにやしている。





「プロポーズでもしてくれるのかねー?」





「…悪いかよ。結婚してくれ」





「…ん?…えっ?はぁ??マジで?」





 意外にも杏子姉は顔を真っ赤にして手をバタバタ振り回し慌てふためく。





「マジで。俺と結婚してくれよ杏子姉」





「…う、うん。じゃあこれからは姉っての辞めてよ。杏子って呼んで」





「…杏子」





「はい、あなた♪」





 げっふぅーっ!!





杏子姉、いや杏子は、そういって俺にウインクしてきた。





ウインクとか実際にやるやつ居るんだ!?


びっくりあざとい。


しかしこの人見た目はこんなだけど中身は割りとおばちゃんなのか…?





「あ、今何か失礼な事考えてない?」





「考えてない考えてない」








杏子が来てから魔物や人間は喰っていない。


その必要が無いからだ。





今の俺は、今までが全て嘘だったかのように幸せで、杏子と楽しく暮らしていく事以外どうでもよくなってしまった。





魔物に命じて農作物を育てつつ、基本的にはベジタリアン生活をする。


たまに魔物に混ざって二人で畑を耕したりして、鼻歌を口ずさみながらよく解らない野菜を引っこ抜く。





そんな生活を続けていたある日。








 俺は思い出す事になる。








俺は自分がやってきた事を完全に棚に上げて幸せになっていた。


そんな事許される筈がなかったのだ。





沢山の人を殺して喰った。


罪の無い人がほとんどだったし子供も沢山いた。


あの頃の俺は絶望に染まり狂っていたのだ。


消える事の無い罪が俺の中に詰まっている。





だから、いつかその報いを受けなければいけない。





それがたまたま今日だったと言う事だろう。





でも、そんな一言で自分を納得させる事なんて出来なかった。








どんな形で報いを受けることになろうと、それは自分がやってきた事への反動だと諦めて受け入れるつもりになっていたのだが、どうやら俺はその考えをもう一度改める必要があるようだ。








事実だけを簡潔に述べるとするならば


杏子が





杏子が死んだ。





正確には





殺された。








俺は完全に油断していた。


平和ボケしていた。





危機を察する能力だってあった。


俺がきちんとその可能性を考慮していたならば、こんな事にはならなかった筈だ。





そもそも、自ら死を選んだ杏子をこの世界に派遣してくる程神とやらは追い込まれていたのだ。





その理由はこの世界で起きている混乱の調査。


杏子はその使命を放棄している。


報告をせずに、女神側からのコンタクトも完全に無視しているようだった。


それは、調査の為に放った杏子までもが音信不通になってしまったという事だ。





そうなったら神様とやらはどうする?


次の調査員を送る?





あちらからしたらチート能力てんこ盛りのユウジすら消息不明で、それらを調査しに来た杏子とも連絡が取れない。





そういう場合次に打つ手はなんだ?





その答えは





実力行使。








あちらは今この世界で起きている事を余程の脅威と認識したらしい。





新たにこちらに送られてきたのは調査員などでは無く、ユウジのような無茶苦茶な能力を持った戦闘要員。





しかも、余程の人材不足らしく、人間性も知性も底辺の糞野郎だった。








そいつは俺の前に現れるとこう言ったのだ。





「テメェが魔王ってやつか。俺様が退治してやっから覚悟しやがれ」





 その時の俺は事態の深刻さにまだ気が付いていなかった。





「なんだお前。外にいた奴らはどうした」





 俺は畑仕事をしていた魔物達の事を言ったつもりだったが、奴が返した言葉は少し違っていた。





「んぁ?あの女の事か?お前の所に案内させようとしたら抵抗しやがったからぶち殺してやったぜ。少し探せばこうやってすぐに見つかるお前の事を必死になって庇うなんて頭が悪いよなぁ?あれお前の何?魔王のペットか?それともあれか、性奴隷…おっと、そんなおっかねぇ顔するなよ。もしかしてお前の女だったのか?冗談だろ?」





 俺はその話を聞きながらどんな表情をしていたんだろう。


頭の中は真っ白というか真っ黒というか何も考えていなかったのかもしれない。


何も考えられなかったのかもしれない。





俺はどんな感情だったんだろう。





怒り?


確かに目の前の糞野郎を早く殺さなきゃ。


それは間違いない。


杏子を殺した、こいつが?


何のために。


俺を庇ったから?


杏子が死んだ?


もう杏子に会えない…?





嘘だろ?





「おいおいマジかよ。魔王様っていうのはああいう地味な女が好みなのか?わかんねぇもんだな…あー解ったぜ。あっちがめちゃくちゃ上手いって事か!それなら俺も殺す前に楽しませてもらえばよかっ…」





「黙れよ」





「おっ、やっとやる気になったか?俺はお前さえ殺せばあとは自由にこの世界を楽しんでいい事になってるんだ。やるなら早くやろうぜ」





 俺はその時やっと自分の感情を理解できた。


怒りはある。


怨みもある。


だけど、それらとは少しだけ違っていた。





あぁ、やっぱりこうなるのか。





そういう諦めに近い感情だった。








こうなる事が俺の運命だったとして、だからと言って杏子を失う事が仕方の無いこととは思えない。





だからとりあえずこいつは殺そう。


殺さなきゃダメだ。


俺がスッキリする為に殺そう。


俺の為に殺そう。


殺して喰ってやろう。





そうでもしないと前にも後ろにも進む事ができそうにない。





そう決めたら早かった。


俺はまだ目の前でごちゃごちゃ喋ってる糞野郎を切り刻んでやろうとムラクモを呼び出した。





次の瞬間、俺の身体は全身を二十個くらいに分割されぐちゃぐちゃバラバラに地面に転がっていた。





何が起きた?





むしろこの状況でも思考が出来るというのが不思議だ。





「ははははっ!よっえー!魔王糞よえぇぇぇぇぇっ!!俺最強!誰にも負ける気がしねぇわ!!ひぃーっひゃひゃっ、あーたまんねぇ。さてと、次は俺が魔王にでもなってやろうか…」





 俺の身体の一部をぐりぐり踏みつけながら今後の野望や夢に思いを馳せていた何も知らない糞野郎の腰から下を一口で削り取る。





「…あっ?」





 奴は間抜けな声をあげて地面に転がる。


俺の身体はもう既に復元が進み、立ち上がれる程には回復していた。





残念ながらこいつは知らなかったのだ。


俺がどんなに細切れにされても死なない事。


それと、質量を無視して身体を自由に変形させられる事。


鋭い牙を持っている事。


人間を喰う事に躊躇いなどかけらも持ち合わせていない事。





ゆっくり立ち上がった俺が口いっぱいに奴の腰骨や太もも、ふくらはぎを詰めてバキバキ噛み砕くのをぼんやり眺めながらあいつは「な、なんだぁ…そりゃぁ…」と呟いた。





そうだろうな。


俺でもちょっと引くわ。


ユウジの能力を頂いていなければ俺は死んでいただろう。





いや、俺はどういう訳かムラクモを奪われて、ムラクモの力で切り刻まれたらしいのでそもそもユウジの力を引き継いでなければ奴の攻撃は俺の皮膚を切り裂けなかったかもしれない。





ユウジの力があったからこそ俺は切り刻まれ、同時にその力のおかげで生き残れた訳だ。





複雑な気持ちだが今は亡きユウジに感謝くらいはしておこう。





そして俺はゆっくりと死に向かう奴の頭をおいしく生で頂く事にした。





喰い終わった頃、奴の記憶が俺の物になる。


どうやら能力は意外とすぐに手に入るが記憶というのは情報量が多いらしく少しタイムラグがあるようだ。


そこで俺は先程何が起きたのかを知る。





まず、あいつが俺が攻撃するより早く時間を停止させる。





…はぁ?





常識外れにも程がある。


時間を止めるとか馬鹿じゃねぇの?





とにかく、あいつの能力は時間停止能力。


それで俺の動きを止めて俺を剣で切りつけたが硬すぎて攻撃が通らず、どうしようか少し悩んだ末俺のムラクモを奪ってああなったらしい。


俺の力はあの防御力と、ムラクモの攻撃力なのだと勘違いしたわけだ。


それで気分良く勝ち口上をベラベラ喋っている間に俺に喰われてご臨終。





どんなに凄い能力を持っていても使う側がアレでは宝の持ち腐れという奴だ。








しかし、またとんでもない能力者を送り込んできたものだ…。


俺はこの先どうなるんだろう。





どうしたいんだろう。





今後もこうやって俺を殺そうという奴らが定期的にやってくるんだろうか。


俺はそれらを毎回毎回ぶち殺して喰ってさらに強くなって…。





それからどうする?





どうしたい?





解らない。


杏子を失ってしまった以上今の俺に生きる目標は何もなくなってしまった。





たった今、ユウジの能力で自分を切り刻む事が出来る事を認識したが、それと同時に結局死ぬ事も出来ないという事実も再確認させられた。





「…もう疲れちゃったよ。死ぬに死ねないしずっと眠って夢でも見ていたいな」





 誰に話しかける訳でもなく、呟いた。





だがその独り言に返事がある。





「…その、願い。叶えて、あげ…ようか?」





 まさか。


振り向くと城の入り口に腹部から大量の血を流し、下半身が真っ赤に染まった状態の杏子がいた。





「杏子姉っ!!生きてたのか!!」





 慌てて杏子に駆け寄る俺に、彼女は力無く「姉って、言うな」と笑った。





「お、俺杏子が殺されたと思って…」





「勝手、に…殺さ…ないで、よ。でも…多分私はもうダメだと思う」





 そんな事言わないでくれよ。


「まだ何か方法がある筈だ。そうだ、回復魔法を…」





「ううん、傷がね、ちょっと…深すぎるみたい。多分、もう…ダメなの。自分の事だから、なんとなく解るんだ」





 それでも、なんとかならないのか?


何か、方法は…。


俺が死ねなくても杏子が死んだら意味がないじゃないか!!





「それ、より…。この先きっとああいうのが沢山くるよ。それを殺し続ける日々に…えいゆう君は…耐えられる?」





 …そういえばさっき俺の願いを叶えるとかなんとか…。





「私、ね…。。どうしよう、話すのも…しんどく、なって、きた」





みるみるうちに精気がなくなっていく杏子に俺は何もしてやれない。


彼女は何を言いたいのだろう。





「えい、ゆう君は確か、人の記憶わかるんだよね?」





 そこまで聞いて俺は何を求められているのかを悟る。





彼女の腹部からどくどく流れ続けている血液を舐めた。


血だけでは足りないので怪我人に申し訳ないのだが傷口から肉を少しだけ千切って食べさせてもらった。





「痛っ」





「ごめん杏子。…でも、君の言いたい事は解ったよ。その能力で俺を…?」





 杏子はにっこり微笑んで、微かに頷いた。








杏子は自分が選んだ探し物を見つけてそこまで行ける能力以外にも女神から与えられていた力があった。





それは、戦闘要員じゃない彼女の為に女神が用意した力。





もし俺と直に接触してしまう事があった場合の最終手段。





対象を封印してしまう能力。





確かに封印という事ならば俺が不老不死だろうが全く関係ない。





「…どう、する?」





 俺はこのまま杏子を失ってしまうのだろう。


そしてこの先何度も何度もああいうのが俺を殺しにきてそれを殺して殺して殺して喰って喰って喰う日々。


そんなのは、嫌だ。





この世界に未練など毛の先程も無いのだ。


だから、俺の返事は一つ。





「お願い、できるかな?」





 具体的にどう封印するのか、どういう形で封印されるのかは知らない。


杏子自身もやってみた事が無いからぶっつけ本番になるらしい。


そして杏子が掠れた声で、途切れ途切れに歌いだす。





まるで俺に子守唄を歌うように。





まるで親が子に子守唄を歌うように。





泣きながら。





そして





微笑みながら。





まるでこの魔王の城全体に安らぎが広がっていくように。





俺は、その優しい声に包まれながら





心地の良い眠りについた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る