◆2章-2◆いまさらの出会い




「リンさんおかわり」


「はーい♪今日はなんだか沢山たべますね?」


 リンさんが俺用の器に米(のような穀物)を山盛りにしながら鼻歌混じりに言う。





あれから一ヶ月ほど俺はダレンと一緒に道場に通い、毎日朝から晩までヨシュアの指南を受け続けた。





恐るべきは二人を相手に一日稽古をつけていながらにして呼吸一つ乱れない体力である。





そもそも見た目は三十前後って所だが、どうやらダレンに聞いたところによると五十近いとか…。


少し青みが掛かった黒い長髪を後ろで一つ縛りにしていているのだが、一日稽古を終えてもまったく髪型が崩れた様子もない。


それが今のヨシュアと俺達の力量の差という事なのだろう。





リンから器を受け取り大口で一気に流し込む。


この世界の米はガリという穀物らしいのだが、その生姜のような名前とは裏腹に軽く柑橘のようなさわやかな香りがして美味い。


へたをすると米より好きかもしれない。





おかずはいつも肉野菜炒めみたいな物だったり野菜の煮込み料理だったりするのだが、この世界の野菜はどうにも数が多いのと見た目が知っている野菜とかけ離れすぎて覚えられない。


名前もザリュだとかソリーテだとか言われてもどれがどれやら。


ただ、リンが作る料理はいつだって美味い。


 その中でも俺のお気に入りはメゴリーという料理だった。


要は煮込みハンバーグのような物である。








それらを毎日腹いっぱい食わせてもらえるんだからそれだけでもとてつもない贅沢な暮らしと言っていい。





少なくとも奴隷として過ごした日々に比べれば。





「そういえばお兄様。騎士としてお城へ行くのはいつ頃になりそうなんですか?」





 ダレンも無言でリンの作る食事を幸せそうに食べていたが、箸を止めて口にガリをほお張りながら答える。





「ほれがな、たぶんなんらが十日前後先のこほになりほうだ」


「もう、お兄様ったらちゃんと飲み込んでから喋って下さいまし」


「んっ…んん…ふぅ。いやすまんすまん。あまりに美味かったんで口に詰め込みすぎてしまってな。なかなか飲み込めなかったんだよ」


「褒めても何も出ませんよー?」


 兄妹そろって顔を見つめてあははと笑いあう。





こういう何気ない日常がとても愛おしい。


あと十日もすればこの様子を見る事も出来なくなる。


俺とダレンは王のいる城へ行き、そこで騎士団に入るのだから、ここには居られなくなる。





その後リンは一人どんな気持ちでこの家で過ごすのだろう。


それを考えると少し憂鬱になるが、俺が一人ここに残ったところで何が出来るわけでもない。





俺に出来る事といえば騎士団に一緒に入って、少しでもリンに贅沢な暮らしをさせてやる事くらいだ。


騎士団に入れるのはごく一部の人間であり、その給料というか報酬はこの国の一般男性の稼ぎの倍以上だそうだ。





金に困る事は無いだろうが兄がいつまでも不在では寂しいだろう。休暇などがあればその都度ダレンには家に顔を出しに行けと進言しよう。





それから十日間、身支度などを整えつつ、引き続きヨシュアに扱かれる日々を繰り返す。





勿論俺の悪夢も繰り返す。





この家で最後に見た夢はいつもとどこか違った。





いつもならルーイが俺に恨み言を言ってくるが、その日は…。





「おい大丈夫か!?早く助けを呼んでくるから待ってて!」





 …そう言ってルーイがあの化け物を振り切って助けを呼びに行く。





ダメだ。





そこから先に行っちゃダメだ。





もしルーイが助けを呼ぶ為にあの場を離れたのだとしたら





ルーイが死んだのは俺のせいではないか?





「誰か、誰か助けて!だれか、だ…」


 ルーイの足元が爆発して、その身体が四方八方に散り散りになる。





そしていつかのデュークの頭のように弧を描いて俺の足元に落ちてくる。





ごろごろと転がるルーイの頭が俺の足にぶつかってその動きを止め、


その見開かれた瞳で俺を見上げながら微笑む。





「…そっか、君は…助かったのか。よかっ…た…」





 ルーイの瞳は大きく開きっぱなしで、やがて光を失った。








…助かってよかった?





何がいいものか。





助かるならわたあめもルーイも一緒がよかった。


そうでないのなら俺だけが生き残っていい事なんて何もない。





ルーイに怨まれるのは辛いが、今回の方が俺にとってはよっぽど悪夢だった。








最悪な気分で目を覚まし、どんよりした気持ちを吹き飛ばすようにリンの用意した朝飯を食らう。


今日は朝からヘビーな料理だった。


騎士団へと送り出すお祝いなのだろう。





ダレンは「今日はすごいな!」といいながら豪快に骨付き肉にかぶりつく。





俺には、その肉が…





大切な友達に見えてしまって食欲が…





最悪だ。





俺は本来なら、食欲が無くなったと頭の中で言うつもりだった。





だが実際はどうだ。





わたあめのあのこの世の物とは思えない味を思い出して口の中を唾液でいっぱいにしている。





最悪の気分だ。








「どうしたの…?口に合わなかった?」





食事が進んでない俺をリンが心配するように覗き込んできた。





「い、いや、違うんだ。ごめん。多分ちょっと緊張してるんだよ」


「ジャンも緊張とかするんだな。俺はむしろ希望に満ち溢れているよ。今から楽しみでしょうがないぜ」





ダレンはポジティブというか、能天気というか…こういうところはある意味羨ましくもある。





「私としては夢を応援したい気持ちもあるけれど…それでもやっぱり怪我とかしないか心配よ」


「大丈夫だ。俺だけじゃなくてジャンも一緒だからな。俺が無茶しそうならこいつが止めてくれるさ」


「もう、お兄様ったら…本当に心配してるんですよ?…とにかく、ジャンさん。こんな兄ですがよろしくお願いします」





 うん、と頷きながら、いったい何をよろしくしろというのだろうと考えてしまう。





まあ俺に出来る事はするつもりだ。


リンを悲しませたくはないしな。








食事を終えてしばらくすると、家にヨシュアが訪ねてきた。


彼に連れられて俺達は城へと出発する。





城といえばゲームやアニメでは定番のファンタジー要素だが俺はまだ見たこともなかった。





ヨシュアが用意したダビ車に乗って約半日程行くと遠めにも分かるような豪勢な城が見えてくる。


思っていたよりも大きい。





城の周りには扇状に城下町が広がっていた。





もし蓄えが増えたらリンをこの城下町に呼ぶっていうのも有りなんじゃないだろうか。


あとでダレンに言ってみよう。








俺達はその後ヨシュアに連れられて騎士団長のシリウカという男に面会した。





「おお、君達がヨシュア師が言っていた二人だね。ここでの暮らしは決して優しい物ではないが腕を磨くのには最適だ。そして、きっとその力がこの国の為になる。これからよろしく頼むよ」





 騎士団長のシリウカという人間はなんだか二十台後半くらいで、思いのほか若い。


紫色の髪をオールバックにしていて清潔感漂う爽やかな好青年といった感じだ。





この歳で騎士団長を名乗るからには相当強いのだろう。





俺達は緊張しながらもシリウカに挨拶を済ませる。


ダレンはとても感動しているらしく握手を求めてその手を両手で握り締め何度も振っていた。





「これから騎士団の一員として国の為に全力を尽くさせて頂きます!頑張りますのでよろしくお願いします!」





「ははは。そう硬くならなくてもいいよ。君達の事は師からよく聞いている。これからは同じ騎士団の仲間として力を合わせて助け合っていこう」





 どこまでも好青年な発言である。


俺はなんだかこの綺麗を固めて作り上げたような団長の事がイマイチ好きになれなかった。





とはいえ汚い物を固めたような人間しか見てこなかったのでそいつらに比べたらよっぽどいい。





それからしばらくの間俺とダレンの二人は騎士団の一員として毎日訓練に励み、どこにでもいる感じの悪いジルガって名前の先輩に目を付けられて嫌味を言われたり、そいつが俺の事を文字も読めない獣呼ばわりした事に腹を立てたダレンが勝負を挑んで一騎打ちする事になり無事に勝利して一目置かれたり、騎士団に舞い込んだ魔物討伐の依頼にジルガ、ダレン、俺の三人でチームを組んで初任務を無事にクリアしたり、いつのまにかジルガとダレンがめちゃくちゃ仲良くなっていたりと毎日今までの生活とは全く違うがそれでいて刺激的な毎日が繰り返されていたのだがそんな事はどうでもいい。





俺は騎士団で頑張る事が人生の目標と言うわけじゃない。


あくまでもダレンの手伝いとしてこれが適してると思ったから一緒にきて頑張っているだけだ。





そんな捻くれた俺だからだろうか。


今でも毎日悪夢は続いている。





だけど、それでも。





この生活も悪くない。


ダレンと俺の二人でリンの為に頑張るのだ。


そしていつかこの二人が幸せになってくれさえすればそれでいい。


そこに、おまけのように俺も置いてくれていればなおいい。





こんな事を考えられる日が来るなんて思っていなかった。


俺は今とても幸せだった。








そして、毎度の事ながら俺の幸せという物は長く続かないのだ。











「君達は十分力をつけたしそろそろ大きな仕事にも付いて来てもらおうと思う」





ある日シリウカ団長に呼び出された俺達は、数日後に騎士団員二百人程で部隊を組み、巨大な竜退治に出かけるのだが、その一員としてついてこい。という命を受けた。





竜。…ドラゴン。





俺の中ではドラゴンといえばわたあめのイメージが強く、どうも討伐対象という実感が湧かない。





が、これも仕事である以上そんな個人の感情でごちゃごちゃ言っては居られない。


それにわたあめの親ドラゴンの事を思い出す。


あの亡骸はかなりのサイズだった。


たとえばあれくらいのサイズのドラゴンが暴れまわったとしたら被害は甚大なものになるだろう。








「ジャン、あの話…どう思う?」


 その夜宿舎のベッドで横になりながらダレンが俺に問いかける。


「どうって、竜退治の話?」


「そう。俺なんかに務まるのかなって」





 ダレンは自分の事を過小評価しすぎるところがある。





「ダレン、お前は強いよ。俺なんかよりよっぽど。やりたいようにやればいい」





「…そっか。ありがとう。なんだか悩んでいる時にジャンと話すといつも気が楽になるんだ。背中を押してくれて助かる」





 何を今更。


こっちは命を助けられてるんだぞ。





もしもダレンに何か危険が迫るような事があれば俺が守る。


そう、心に誓った。





そして、いつだって俺の願いってやつは…

















…なんだこれは。


どうしてこうなった?





「…ジャン、これを、リンに」





 それがダレンの最後の言葉だった。





俺の目の前でダレンは真っ黒になった。





いや、ダレンだけじゃない。


騎士百九十九人。


ジルガも団長のシリウカさえも。





ドラゴン討伐に出ていた俺以外の全ての騎士団員は俺の目の前で黒焦げの墨になって風に舞った。





これは夢…?


きっと夢だ。








…でも、俺は自分があの悪夢以外の夢を見ない事を知っている。


これが現実である事を知っている。





いつもいつもいつも。


俺の希望や願いは唐突に引き裂かれる。





俺は疫病神か何かなのか?


いったい俺が何をした?


俺のせいなのか?





俺が関わったからルーイも、ダレンも、死んでしまったのか?





頭の中が真っ暗になる。


うまく思考がまとまらない。





俺達は騎士団の討伐部隊で目標のドラゴンが潜む山を目指し城から二日ほどかけて進軍した。





そして山の麓の平原にたどり着いた頃、その目当てのドラゴンが視界の果てに降り立った。


部隊は混乱したが、シリウカの指揮によりむしろこれ幸いとドラゴンに攻撃を仕掛けようと皆雄たけびを上げながらドラゴンに向かう。


向かっていた。





そしたらこれだ。


おそらくドラゴンが火を噴いた。





わたあめがやったアレみたいなものだろうか。


あれの数百倍の炎が騎士団を襲った。


火竜だったのか?そんな事は聞いていない。





そもそも火竜だったとして、ここまでの破壊力がある生物がこの世界に存在しているのか。





恐ろしい。


足が震える。


俺の目の前でボロボロと崩れていくダレン。





そのダレンが真っ黒になりながら俺に託した物。





そうだ、これをリンに届けなくては。





それは指輪だ。


なにやら内側に文字が彫られている。


きっと大事な物なのだ。





俺はダレンに何もしてやれなかった。


俺は無力だ。


何の役にもたたない。





なのに何故?


団員は全て真っ黒な墨となった。





なのに何故だ。





何故俺は生きている?





なんでよりによって俺なんかが生き残っているんだ。


生きるならダレンだろう。


そしてリンの元へ帰ってやれよ。





ダレン。


なんで何も言わないんだよ。


こんな指輪自分で渡せよ。





おい、ダレン!





ダレンだった物の肩だった場所を掴んで揺さぶる。





するとダレンだった物は砕けて風に飛ばされていった。





…なんなんだよ…。


なんで…こんな事に。








いっそ、俺も殺してくれよ。





この惨劇を引き起こしたドラゴンが居る方へ目をやると…。





そのドラゴンが崩れ落ちるところだった。





「…なんだ…?」





 ドラゴンはまだ随分と先に居てここからでは良く見えないが、崩れ落ちたドラゴンの頭から何者かが角を切り落とした。





その角を担いだ人間と、その取り巻きの三人がこちらへ向かって歩いてくる。





いや、ただの通り道だというだけで俺に用はないだろう。





絶望に身を震わせている俺の近くを通り過ぎる時、そいつはこちらに気付いて言ったのだ。





「お、生き残りがいるじゃん。お前せっかく助かったんだからこれからは命を大事にしろよなー?」





 戦闘を歩くイケメンがこちらをちらっと見ながらそう言い、通り過ぎていく。


取り巻きの三人は全員まだ若い女子で、漫画やアニメでよく見る魔法使いのようなローブを纏った人、チャイナドレスのような形の服を纏った武道家っぽい人、後は鎧を身に纏うナイト風の人。





なんだこいつら。


典型的名勇者ご一行みたいなナリである。





こいつらがあのドラゴンを…?





俺はこいつらに感謝すべきなのか、むしろ怨むべきなのか…分からない。





命があるのはこいつらがドラゴンを倒したから。





そして、まだ死ねていないのはこいつらがドラゴンを倒したから。





もう俺は正常な思考が出来なくなってきているのかもしれない。


生きるべきか死ぬべきか、生きる理由は何か死ぬべき理由は何か。





もう何も分からない。





ただ、一言。





あいつらの先頭にいるイケメンが去り際に口にした独り言が俺の全てを嫉妬と羨望と悪意と怨みと妬みと殺意で埋め尽くした。








「しっかしこの世界は最高だな」








 俺が聞き間違える筈がない。





その言葉は間違いなく











日本語だった。

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