◆プロローグ-2◆はじめてのともだち
移動しながらドラゴン(仮)の名前を考えてみるがなかなかいいのが思いつかない。
今まで生き物に名前をつけた事なんて…。
幼稚園の頃に野良犬を保護してうちで飼ってもいい事になってポチって名前を付けたのが最初で最後だった。
ポチは凄く懐いてくれて僕はとても気に入っていたんだけれど、実は飼い主の所から脱走しちゃった迷い犬だった。
ポチを散歩している時に偶然飼い主がそれを見かけて涙ながらに返してほしいと言われたのをなんとなく覚えている。
あの時の空虚感は忘れられない。
あれだけ懐いてくれていたポチがよく解らない横文字の難しい名前で呼ばれて、僕にするよりももっともっと尻尾を振って飼い主さんに飛びついていく姿は、嬉しいというよりやっぱり悲しかった。
その後ポチはこちらを振り向く事はなかった。
「きゅーい?」
気が付いたら暗い顔でもしていたんだろうか。(仮)が羽をぱたぱたしながら心配そうにこちらの顔を覗き込んでいた。
「ああ、ごめん。なんでもないよ。…って言っても言葉は通じないよな…でもやっぱり名前はつけてやらないと」
「きゅっきゅ♪」
「わかってんのかなぁ…?とりあえず名前名前…」
かといって名前がぱっと思いつくなんて事はなくて、ポチ、タマ、シロ、やっぱり犬猫の良くある名前ばかり頭に浮かぶ。
そもそもシロは白いからシロなんだろう。だったらアカ?なんか微妙。
きゅいきゅい鳴いてるからキューイとか?意外と呼びづらい。
「きゅっきゅ♪きゅっきゅ♪きゅーい♪」
やたら機嫌よさげに頭のまわりをふわふわしている。
ふわふわ…丸い。
「よし、お前の名前はわたあめだ」
「きゅ?」
「これからよろしくなわたあめ」
「きゅきゅ♪わたーめっきゅー♪」
…しゃべった。
「お前、しゃべれるのか?」
わたあめは不思議そうに首をかしげていたが、「わたーめわたーめ♪」とくるくる飛び回っていた。
どうやらよく意味は解っていないらしい。ただ単にこちらの言葉を真似しているだけだろう。
でも、教えたら喋りだす鳥のようにわたあめにも言葉を教える事ができるかもしれない。
簡単な会話が出来るようになったら嬉しい。
しばらく川沿いを下流へ向かい歩いていると、あちこちで水を飲んでいる生き物に遭遇したが、少なくとも見た目がヤバそうな奴は居なかった。
僕のいた世界で言うところのタヌキみたいなのとか、カワウソみたいなのは結構いて、僕らに気付くとさっと逃げていってしまう。
もしかしたら最初に遭遇したあの気持ち悪い奴はこの近辺でも一番危ない奴だったんだろうか?
だとしたらいきなりそんなのに遭遇したわけで、相当運が悪い。
いやいや、簡単に決め付けていると危ない。
今昼間で、偶然このあたりに凶暴なのが居ないだけかもしれないし、もしかしたらこの川の中からとんでもないのが急に飛び出してくるかもしれない。
この世界の事がまだ何も解らないのだから油断したら死に繋がる。
死ぬのは怖い。
なんとかして人里まで…。
でも人里にわたあめを連れていっても大丈夫なんだろうか?
それはおいおい少し考えなければいけない気がする。
でもまずは生きてここを抜け出す事を考えないと。
さらに下流まで下ると川幅がどんどん広くなり、だんだんと地面の傾斜もゆるやかになってきた。もうすぐ平地に辿り付けるかも、と思ったあたりでまた危険と遭遇する。
あいつほど危険なのは居ないにしても、犬が崩れたみたいな奴に追い掛け回されたり、血を吸われたら干からびそうなでかい蚊みたいな形の虫に狙われたりしながら走る。
なんの力もない十歳のガキにこんな奴らをどうにかできるわけが無い。
それに傷だってまだそこらじゅう痛い。
動けてるのが不思議なくらいだ。
それは多分わたあめのおかげなんだろうが、傷はもうほとんどかさぶたみたいになって固まっていた。
そのため、身体を動かすとき逆に硬くなったかさぶた部分が邪魔をして動きにくかったり、それが剥がれかけて激痛が走ったりする。
僕はその辺で拾った棒を杖にして歩いたり、武器として振り回したりしながらなんとか命を繋いでいた。
無傷とはいかない事もあって、何度か死ぬ!って思ったりもしたけど、わたあめがそいつらに突進して川に突き落としてくれたり、噛み付いたりしてサポートしてくれたおかげでなんとかやり過ごしている。
「きゅ…」
だんだんとわたあめからも元気がなくなってきた気がする。
僕も歩き疲れたし、そろそろ今日は限界かもしれない。
またこんな場所で一晩過ごさなくてはいけないのだろうか。
せめて火をおこす事が出来れば。
火を怖がる生き物は多い。
その常識がこんな世界で通用するかどうかはわからないけれど、ある程度危険を避けられるかもしれない。
とりあえずどこか休める場所を探さないと…。
しばらく回りを探してみたが、あんな洞窟みたいな場所はそう都合よく見つかるものじゃない。
どこにも安全そうな場所なんてなかった。
仕方ないので、せめて少しでも外敵に見つかりにくい場所を探す事にした。
川辺に大きな岩がごろごろと転がっている一帯を発見したのでその岩の中から一番大きいのを探してその影に隠れるように身を丸くする。
体育すわりのような状態なので窮屈ではあるが、これは休憩するためというよりも出来る限り安全に朝を迎えるためなので仕方ない。
もっと自分にサバイバル知識があればよかったんだけど、そういう漫画はさほど読んでいなかった。
基本的に頭に詰まっている知識が小学校の授業で習った事とアニメや漫画で出来ているので出来る事に限りがあるのは仕方の無い事だ。
だから、出来る範囲で出来る限り、生き残れる確立が高くなるように立ち回らないといけない。
それに今は心強い味方がいる。
身体を覆う鱗はもう結構硬くなっていて柔らかくはないが、ふわふわ飛ぶまるっこいわたあめ。こいつに出会った事でかなり状況がマシになってきた。
やがて日が完全に沈み辺りが闇に包まれる。
隣で丸くなるわたあめを見るともうすやすや寝息を立てていた。時々「きゅっ」とか寝言を言っているのが可愛い。
その夜中。
傷が痛んで目を覚ますと、まだ回りは闇に包まれていて、大きな、僕の居た世界よりも三倍くらい大きな月がぼんやりと辺りを照らしていた。
星は見えない。曇っている感じはしないのでもしかしたらこの世界に星はないのかもしれない。
ずる…ずる…
妙な音がする。
何か大きな物が身体を引き摺るような音。
嫌な予感がする。
「きゅー?」
僕の様子を不思議に思ったのかわたあめが目を覚ましてしまった。
「静かに。ちょっと静かにしてて」
小声でわたあめに注意をするが、わたあめにはその言葉の意味が解らなかった。
「きゅ?きゅっきゅーい♪」
甘えるように僕の身体にしがみつくわたあめ。
ずるずるずるずる…
まずい。わたあめの声に気付いたのか、身体を引き摺る音が近くなってきている。
どうする?
ここで身を潜めるか早めにここを抜け出すか。
ここに居た場合、やり過ごせるかもしれないがもしここを見つかってしまったら逃げ場を失う。
岩の隙間に居るのだから前に回りこまれたら終わりだ。それにわたあめが声を出したらやり過ごす事も不可能。
ここからすぐに出た場合。
全力で逃げればなんとかなるかもしれないけど回りは暗くて足を取られてしまうかもしれない。
どっちの方が安全か少し考えて、動く事にした。
わたあめはまだその音には気付いていないしまた声を出す可能性が高い。
このままじゃ見つかる。
わたあめを抱き上げ、静かに、ゆっくりとその場から離れる。
幸い月の光が川面に反射していてぼんやりとだが、見えるようになってきている。
暗闇に目が慣れてきたのもあるだろう。
そろりと移動し、今までいた岩場に振り向くと、
ずどん
まさに僕達が隠れていた場所を上から回り込むようにでかい黒い影が回り込んで覗き込んでいた。
あのままあそこに居たら絶望しかなかった。
今も状況が悪いのは変わらないが、出来る限り静かにこの場を離れるしかない。
わたあめもその影の存在に気付いたのか静かに僕の身体にしがみついてぷるぷるしていた。
よし、いい子だ…。
音を立てるなよ…?
ごろっ。
良く見えない足場で、僕が小石を蹴飛ばしてしまった。
まずい!
慌てて影を確認すると、そいつはこちらにゆっくりと振り向くところだった。
見つかった!!
そこからはもうよく解らない。
全力で逃げるしかない。
ごろごろと岩が回りにある足場の悪い状況で、僕はとにかく必死に走った。
相手はこういう足場が得意では無いらしく思ったよりもゆっくりだったが、それでも僕よりは早いかもしれない。
追いつかれたら終わりだ。あんなでかい奴をどうにかできる力は無い。
「ぐ…ぐぼぼぎげぁー!!」
影の主が叫ぶ。
聞き覚えのある声だった。
最悪だ。アイツだ、アイツが追いかけてきた。
必死に走る。
途中からわたあめは僕の手を離れて自分から宙に浮かぶ。
それでもけっして僕を置いて行こうとはせず、僕のすぐ後ろくらいをふわふわ追いかけてくる。
「ヤバくなったらわたあめだけでも逃げろよ」
そんな事を言っても伝わらないだろうが、せめてここで出会った友達だけでも助けてあげたかった。
「きゅー。きゅっ!!」
わかんねーよ。理解してくれたのかしてくれなかったのか。
どっちにしてもとにかく逃げるしかない。
目の前に僕と同じくらいの高さの岩が立ち塞がる。
このくらいなら乗り越えられる筈!
急いでよじ登る。
手は上に届いてる。足をかけるでっぱりもある。なら行ける!
なんとかその岩をよじ登った所で後ろから奴が、その岩に体当たりしてきた。
バランスを崩して岩から落ちる。
大した高さじゃないから怪我はたいした事ない。
下の石にあちこち打ち付けて痛いがなんとか動ける。
ふと心配になって回りを見渡すと、わたあめは奴の手が届かないくらいの高さを飛行しているので大丈夫そうだ。
なんとかこいつを振り切らないと…
でも、とにかく足場が悪い。
飛び乗った岩にコケのような物が生えていて足を滑らせて転ぶ。
すぐに体制を立て直して走る走る走る。
その繰り返しをどれだけ続けただろう。
きっと実際には全然時間なんて経っていないんだろうけど僕にとっては一時間くらい逃げ続けているような気分だ。
そしてじわじわとそいつが僕の背後に迫る。
…逃げ切れない。
奴のぐぼぐぼ言う濁った声がもうすぐ後ろに迫っていた。
このままじゃまた背中を引き裂かれて今度こそ死んでしまう。
そんなのは嫌だ。
嫌だ。
嫌だ嫌だ嫌だ!!
杖兼武器代わりにしていた棒は寝床に置いてきてしまっていて何も武器が無い。
立ち向かっても無残にやられてしまうだろう。
なら、これしかない。
なんとか少し高めの岩に登り、奴に振り向く。
胴体の上の方についている大きな口が開かれ、獰猛な雄たけびと共に鋭い牙が輝いた。
そいつが腕を振り回して僕の足元を狙ってくるが、少し横に移動してかわす。
あんなのに足を掬われたら二度と歩けなくなってしまいそうだ。
僕が取る手段は
高い位置から岩を落とす。
これくらいしかできない。
まず小さな拳大の石を拾ってあいつの口のあたりを目掛けて投げつける。
多少痛かったらしく一瞬だがひるんでくれたのでその隙に大きめな岩を抱えて…
持ち上がらない。
僕はそんなに力はないのだ。
仕方ないのでそのままなんとか転がして落とす事にした。
すると、ちょうど僕を追いかけて岩に登ろうとしてきた奴の身体の上にヒットした。
やった!
でもこんなくらいで奴は死んだりしない。そんな事は解ってる。今は逃げる時間が少しでも稼げればそれでいい。
僕は岩から飛び降り、奴を背にしてまた走り出す。
が、僕が落とした岩を奴が思い切りぶん投げてきた。
僕には当たらなかったが、近くに着弾してその岩が弾ける。
その砕けた欠片が僕の身体にいくつも突き刺さった。
とっさに頭は守ったが、あちこち細かい石が刺さってめちゃくちゃ痛い。
僕が呻いている間に奴がまた追いついてきてしまった。
振り返ると奴が大きな爪のある腕を僕に振り下ろそうとしているところだった。
…ここまでか。
これ以上はどうしようも無い。
僕は死を覚悟した。
どうせなら一発で殺してほしい。
そして願わくばわたあめは見逃してやってほしい。
元の世界は大嫌いだったけど、こんな世界に比べればマシだった、なんて最初は思った。
でも友達の居なかった僕にやっとできた友達。わたあめ。
わたあめに出会う為にこの世界に来たのだと思えばこんな最悪な化け物がいる世界も悪くなかったかもしれない。
できればもっと一緒に居たかった。
ごめん。
涙が溢れて止められない。
恐怖と、悲しみでもう目の前は見えなくなっていた。
「きゅきゅきゅーっ!!」
「ぐぼがっ!?」
多分、わたあめがあいつに何かしたんだろう。
涙でぼやけた視界であいつがもがいているのが見えた。
すごいじゃないかわたあめ。
どうかそのまますぐに逃げて。
そこで急に頭を横から思い切り殴られたような衝撃が走って僕は意識を失った。
気が付くと、周りは光に満ちていて、僕がたどり着きたかった平地、そして道らしき物が目の前に伸びていた。
僕はまだ川辺に居たが、どうやら大分川を流されてきたらしい。
ぼんやりとした頭で何がおきたのか考える。
多分、わたあめが奴に何かして、もがいて暴れているあいつの振り回した腕が僕の頭にあたって僕はふっとんだ。
頭が削り取られてないって事は爪じゃないところが当たったんだろう。
そして川に落ちて、ここまで流されてきた。
でも、きっとその川から救い上げてくれたのは…
「きゅ、きゅー。きゅきゅ」
心配そうに僕の顔を覗き込むわたあめ。
わたあめが、流れていく僕を追いかけて、川の中からひっぱり上げてくれたんだろう。
こんな小さな身体で…。
今度は恐怖なんかじゃなく、悲しみなんかじゃなくて、純粋に喜びで涙がでた。
ぎゅっとわたあめを抱きしめる。
傷が痛い。
でもそんな事知った事か。
今はこのわたあめを思い切り抱きしめたかった。
「ありがとう…ほんとにっ…ありがとう…」
「きゅ?あーがと!あーがと!」
また一つわたあめが言葉を覚えた。
「わたーめ!あーがと!」
「違うよ。僕が、わたあめにありがとうって言ってるんだよ」
「きゅー?わたーめ…に、あーがと?」
「そうだよ。ありがとう」
涙が溢れる。相手が人間かどうかなんてどうでもいいんだ。そんなの関係ないんだ。
信頼して、一緒にいて楽しくて、癒されて…そんな存在が、小さなドラゴンでも。
僕はしばらくそのまま動けなかった。
身体が鈍い。川に流されている間にあちこち打ち付けてしまったのだろう。
わたあめは僕を追いかけて、引き上げた事で疲れていたのか僕の腕の中でそのままうとうと眠りについた。
僕もすぐに次の行動に移るだけの元気がなくて、少しだけ、そのまま川辺で倒れこんで眠ってしまった。
わたあめを抱いて寝たその時が
この世界で最初で最後の心安らぐ時間だった。
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