02 安息布団探偵?
「てなことがあってさ」
ところ変わって。
女子の部屋って、何気にいい香りがするよなーなんてことを頭の片隅で考えながら、俺は今日の出来事を部屋の主に話したのだった。
部屋の主といっても、その姿はベッドの上のふわふわした羽毛布団に隠れてしまってよく見えない。
「ふーん、それで?」
声だけが聞こえてくる。
「いやもう大変だったよ。一触即発っていうの? 毒気に当てられて、
音無さんは、同じクラスの女子だ。繊細な心の持ち主だから、殺伐とした雰囲気には耐えられなかったんだろう。結局あの後、彼女は早退してしまった。
「そりゃ大変だったね。で、犯人は見つかったの?」
もぞり、と布団が動いた。
「いいや。それがさ、不思議なことがあってね」
「ほう? というのは」
声を弾ませて、布団の中身が顔を出した。ウェイブのかかったセミロングに、白い肌、それから猫のように吊り気味の大きな目。その瞳には若干の興奮が見て取れる。
彼女の名前は
かくいう俺も、繭由の父親の作品に慣れ親しんできた。そんな偉大な作家の自宅に、こうして易々と上がらせて貰えるのも、ご近所である上に付き合いが長いからだ。他のファンにしてみたら、羨ましい限りだろう。
ただ一つの難点にさえ、目を瞑ればの話だけど。
「ねぇ〜
繭由が、おねだりする猫のような声で俺に言う。どうやらまた『謎解きしたいスイッチ』がオンになってしまったらしい。こうなるともう、謎が解明されるまで彼女は止まらない。推理する為の情報収集をするのに、とことんこき使われるのだ。この俺が。
ミステリー作品には、〈安楽椅子探偵〉というジャンルがある。探偵はまるで安楽椅子に腰掛けたように一歩も動かず、協力者や事件関係者から得た情報だけで真相をズバリと言い当ててしまうのだ。
一方、繭由は更にその上を行っている。敢えて名付けるなら〈安息布団探偵〉といったところか。元々頻繁に外出する方ではないけれど、彼女は寒い時期になると布団から抜け出せなくなる。そんな状態で生活できるのか? という疑問はあるものの、本人にとってはさして支障のないことらしい。さすがに女の子だから、風呂やトイレぐらいは行ってるだろうけど……。
「話してもいいけどさ。情報収集ぐらい自分でもやってくれないか?」
「え〜、何で?」
繭由が口を尖らせる。
「だって、いつも俺が動いてんじゃん。しかも繭由って、最後まで自分の考えを言わないし。そんな状態で動かされる身にもなってくれよ」
俺と繭由は、小学生ぐらいの時から『風変わりな探偵と、それに振り回される助手』みたいな関係になっている。彼女がホームズで、俺がワトソンってところだ。
だがもうそろそろ、そんな関係を変えたい。俺は繭由と一緒に現場を見て、二人で謎解きをしたいから。
俺は立ち上がり、両手で繭由の布団を掴んだ。
「ほら、出て来なって。このままじゃ、引きこもりになっちまうぞ?」
ぐいっと引っ張ったら、抵抗があった。繭由が、両手で布団の端をしっかり掴んでいる。
「やぁ〜だぁ〜! お布団出ない〜!!」
一六にもなって子供みたいなことを言うんじゃない。てか、冬以外なら余裕で外に出てるだろうが。お前は冬季限定商品かっ!?
更に力を込めて布団をひっぺがそうとしたら、さすがの繭由も少し焦ったらしい。
「ちょっ、ちょっと待って、いや本当に!」
「何でだよ!」
「だって、何も着てないから……」
――え?
思わず手を止めて、彼女の顔を見た。頬を赤らめ、恥ずかしそうに視線を外している。白く滑らかな肌の首と、細い肩が露わになっていた。
おいおいおい、こいつマジか!?
途端に顔が熱くなる。俺は後ろを向いて、床に座り込んだ。
「おっ、お前な。そういうことは先に言えよ!」
健全な高校生男子としては、反応に困るところだ。日頃から近い距離にいるのでつい忘れてしまうが、繭由は美少女と呼ばれる部類に入る。そんな彼女の裸が間近にあることを想像するだけで、理性が崩れてしまいそうだ。
さて、これからどうしたものか。
変な感じになってしまった空気をどう取り繕うか、そう考えている俺を余所に繭由が吹き出した。
「ぷーっ! 本当にそうだと思った!?」
甲高い笑い声が部屋にこだまする。可笑しくて仕方ないといった様子だ。
「いやー、私の演技も中々だね。オスカー獲れるかな?」
んなわけないだろ。
「文哉は相変わらず純情だねー。そういうところ、私は好きだよ」
なんでそういうことをハッキリ言うかな。何も言い返せなくなるじゃないか。
俺は深々と溜息をつく。
繭由の厄介なところ。それは彼女が、俺のことなんて全部お見通しってところ。あとはそれをいいことに、俺を程よくコントロールしてしまうところもだ。
まったく、彼女には敵わない。だから俺は、いつまで経ってもワトソンのままなんだ。
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