名探偵は布団から出られない

庵(いおり)

01 はじまり?



 事件が発覚したのは昼休み。クラスの親しい友達とランチタイムを始めようかという頃だった。


「無い! 無い! ありませんわ!!」


 そう言って騒ぎ出したのは、某財閥系大企業のご令嬢、綾小路樹里亜あやのこうじじゅりあだ。フランス人形のような金髪の縦巻きロールを振り乱し、彼女は机の引き出しや鞄の中を引っ掻き回している。


「どうした?」

「鞄にしまっておいたはずなのに、ありませんの!」

 後ろの席にいる俺から聞かれて、綾小路さんは焦った様子で答える。こちらを向く余裕は無いらしく、一心不乱に何かを探していた。


 鞄をひっくり返して中身を全部ぶちまけると、今度は教室の後ろにある個人ロッカーへ。中から引っ張り出したのは体操着やスポーツバッグ、シューズに替えの下着まで。それでも探し物は見つからないようだった。


 さすがに異常だ。


 他のクラスメイトも、俺と同じことを考えたらしい。女子生徒の一人が綾小路さんに声を掛ける。

「あんた、『財布』を探してるのかい?」

 聞いたのはクラスきっての姉御肌、鷲尾茜わしおあかねだ。高めの位置に結い上げたポニーテールが、若侍のまげを思わせる。きりりと引き締まった顔つきが、いかにもアスリートといった印象だった。


 綾小路さんは、涙の浮かんだ目で鷲尾さんを睨む。

「ええ。もしかして、犯人はあなたかしら?」

 鷲尾さんは一瞬、意味が解らなかったみたいだ。少しの間を置いて、彼女の顔が怒りの色に染まる。

「なんでそうなるんだよ! てかさ、あんな高価なモンを学校に持ってくるほうが悪いんだろうが!?」


 綾小路さんが探していたのは、クリスマスプレゼント用に買ってきておいた財布らしい。それも普通の高校生じゃ絶対に手を出せないような超高級ブランドの。今朝のホームルーム前に、彼女はこれを使って意中の男子を射止めてみせると豪語していたのだった。


「ほぉーら、やっぱり。その発言が何よりの証拠ですわ! 盗まれた側を責めるなんて、盗人ならではの考え方ですわね」

「何だとぉ!?」

 顔を近づけ合って火花を散らす二人。教室の温度が二度は上がったような気がする。


「な、なぁ。二人とも冷静にならないか?」

 と、なだめてはみたものの。

 悪鬼羅刹あっきらせつのごとき目で二人から睨まれちゃ、こちらとしてはどうしようもない。

 俺は深い溜め息をつくのだった。

 これが〈2年A組高級ブランド財布窃盗事件〉の序章である。


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