悪魔でも腹は減る
monaka
◆調子に乗って人生を棒に振る話
幼馴染の頭上に何やらけしからん服装をした痴女が見え始めたのはいつの頃だったか。
とはいえ、何年も前の話などではなくここ一週間程度の事ではあるのだが。
あまりマジマジと見るのも正直怖いので基本見ないようにしているが、やたらと布地の少ない色白の痴女である。見た目はとても整っていて、何をするわけでもなく幼馴染の頭上に浮かんだ状態で寝転んだり寝返りをうったりしている。
「ねえおとちゃん聞いてる?人の話聞かない人はボクの名において撲殺する事がボクの法律で定められてるんだよ?」
うん、君の話をまともに聞いてると頭がおかしくなるからね?危ない人なのをもう少しでいいから自覚しようねー?
なんて心の声をこいつに言えるわけもなく俺はただただいつものように、「そのおとちゃんってのやめてくださいませんかねー」と棒読みで懇願するのである。
「でもおとちゃんはおとちゃんなんだよ?それとも乙姫ちゃんって呼んだほうが…」
「マジやめてサーセンしたほんとごめんなさい」
「おとちゃんまた考え事してる。人の話を聞かない人はぼくさ」
「わかったわかった、それで一体どうしたっていうのさマイハニー
「乙姫ちゃんはボクの事が嫌いなのかな…?」
目からふっと光が消えたので話題を変える事にしよう。それがいい。俺もまだ生きていたい。なにより、こいつもひどい名前をつけられた同志なのだから。
通いなれた通学路をいつものようにくだらない話で消化しつつ帰宅。あと角を一つ曲がれば俺たちの家が見えてくるというところでマイハニーが足を止めた。(ちなみに本当にマイハニーなわけでは断じてない。こいつの名字が
「ねぇおとちゃん、最近のボク何か変わったと思わない?」
手を胸の前で組んで目をウルウルさせながらそんな事を言われては答え次第で命の危険にさらされる…ような気がする。
「えーっと…髪切った…?いや違うな、えっと…そ、そうかわかったぞシャンプーか?シャンプーを変えたんだな?」
そう言えばどことなく今までと違う香りがしている。間違いない。
「確かにシャンプーは変えたけどそれじゃないんだよね。でもよくシャンプー変えたのわかったね。それはそれで嬉しいけど…」
ハニーは嬉しいようなガッカリしたような顔で、「やっぱりまがい物かぁ」とつぶやいた。
とりあえず期待されていた答えではなかったようだがなんとか撲殺は避けられたらしい。
「ボクも具体的に何かが変わったっていう自覚が持てなかったからおとちゃんに確認してみたかったんだよね」
ハニーが言うには、なにやら新種のオカルトアイテムを入手してきたらしくその効果のほどを確かめたかったらしい。
「この腕輪なんだけど遺跡調査してるパパが送ってきたものの中にあったんだよ。いつもは変なガラクタばかりだけど…これはちょっと違う気がしてたんだ。でもハズレかぁ」
ハニーの父親は考古学者なんだが金もなく借金まみれなのにいつも怪しげな文明だとか遺跡だとかの調査をしていてほとんど家に帰ってこない。俺も何年かに一度顔を見ることがある程度だ。はたしてハニーはそれで寂しくないのだろうか。
「効果があるならと思って着けてたけどぶっちゃけデザイン好みじゃないんだよ。だからはい、これおとちゃんにあげるね」
言うが早いかハニーが腕輪を外し俺の手首にはめる。
がちゃり。
『…え?』
二人の声がハモる。間違いなくなにか変な音がした。
「おいこれどうやって外すんだ?」
無理矢理ハニーにはめられた腕輪は引っ張ってもびくともしなかった。
「あれ?おっかしいなぁそんなはずないんだよ。僕の時はちゃんとはずれたし…まあいいんじゃない?きっと持ち主に選ばれたんだよ…きっと、たぶん…なんかごめん」
結局のところ一切外れる気配がないので諦めてお互い帰路についた。といっても家が隣なので用があれば窓からでも話ができる状況である。
ただいま、と声をかけても何の返事もないところをみると父はまたいつものように仕事でしばらく家には帰らないだろうし、母は酔いつぶれて寝ているのだろう。起こさないようにそっと二階の自室に戻る。
「結局この腕輪いったい何なんだ…?」
「悪魔の召喚器じゃよ」
突然耳元から女の声がして、俺は驚くよりも先に最悪の事態がわが身に降りかかった事を嘆いた。
今までハニーの頭上にぷかぷか浮いてやがったあの痴女だ。
「あんた喋れたのか」
ハニーの頭上にいた時は話しかけられるような事は無かったし、俺にしか見えてなかったようなので背後霊の類かとシカトしていたが話しかけられては受け入れるしかない。
「悪魔の召喚…?んじゃあんたは悪魔で、この腕輪で召喚されたって言うのか?ご苦労様でしたではお帰りください」
「童貞の癖に察しはいいようじゃのう♪しかしわらわもあんな耐性のある奴に解放されて困っておったのじゃ。わらわの姿も見えないし声も届かんばかりかありえない量の聖気でわらわを苦しめ続けておったのよ」
「ハニーの性器がどうしたって?」
「聖気じゃこの童貞め。あやつは生まれつきの体質なのか悪魔が嫌うオーラを身に纏っておる。早く別の宿主に移らんとあと一週間も持たずにわらわは消えてしまっていたやもしれぬ…恐ろしい限りじゃ…しかしお主に移れたのは幸運よのう。以後よろしく頼むぞ♪」
「よろしくしないし童貞ちゃうわ」
嘘です。
しかしハニーにそんな能力があったのか…大のオカルト好きがオカルトに触れられない体質とは哀れだ。俺とかわってほしい。
「んでこれはどうやったら外れて、どうやったらお帰り願えるんですかねー。」
悪魔だか何だか知らないがこんなものに取り憑かれていてはおちおち恋愛も出来ない。
「無理じゃ。」
…今なんと?
「外すことは出来ん。わらわが望まぬ限りな」
コンゴトモヨロシク♪と笑顔で言い放つ悪魔。顔は可愛いがとにかく布の面積が小さい。まさかこれと一生一緒に居なきゃならんのではないだろうな。
俺はすぐさま窓を開け放ち、大声で隣人を呼んだ。
「マイハニー今すぐ俺の部屋へ来い!」
…されど反応が無い。マジに文句の一つも言わなきゃ納得できん!
「なんじゃいきなり大声を出しおって…さてはあやつに祓わせるつもりじゃな?言っておくが力の使い方もわからんようじゃわらわを祓う事など…」
そんな事はどうでもいい。
「お隣にお住いの舞華権座衛門さーん!早く来ないと…」
がちゃり。
言い終わる前に俺の部屋のドアが開いた。向かいの家から出る音もうちのドアを開ける音も聞こえなかったんですがそれは…
「乙姫ちゃん…殴られる覚悟はできてるんだよね…?」
可愛らしい顔が台無しの鬼をも殺す形相で俺に今生の別れを迫ってくる。
「ちょっと待て!そんな事より」
「世の中にはそんな事、じゃすまないこともあるんだよ…?」
こわいこわいこわいこわいでも勇気をふり絞って叫ぶ。
「お前の腕輪のせいで痴女が見えるようになった!責任を取れ!」
ハニーも、悪魔でさえ言葉を失う。
「まて、言葉がたりなかった、実は…」
「ごめんおとちゃん、そんな精神汚染能力がある腕輪だなんて知らなかったんだ…万が一の時はちゃんと責任を取ってボクが面倒見てあげるんだよ…」
ハニーはがっくりと肩を落としながら言った。怒りはおさまったようだがとてつもなく可哀そうな奴と思われている!
「だからちがうんだって…」
「これが漫才というやつなのか…?」
「うるせぇお前はちょっと黙ってろ!」
横槍を挟んできた悪魔に叫ぶ俺をさらに可哀そうな目で見てくるハニー。おれは泣きながら消え入りそうな声で説明するのだった。
「…ふんふん、なるほどー。じゃあその腕輪で悪魔が呼ばれておとちゃんに取り憑ついたって事なんだね?どこ笑えばいいのかわからなかったんだよ…」
「おぉマイハニー…お前は俺を信じてくれないのか…」
泣き崩れる俺の肩に手を置き、ごめんごめんとハニーが笑う。
「さっきの仕返しなんだよ。…で、その悪魔さんは今もいるの?」
さすがマイハニー心の友よ!
「あぁ、いまもここに浮いてるよ。完全に痴女だ」
「痴女とは失礼じゃな。童貞のお前には少し刺激が強すぎたかのう?ふふっ」
「童貞ちゃうわ!」
「え、おとちゃんボクというものがありながら…」
「そういう冗談はこの状況を解決してから言ってくれ!」
だめだ、ネジが外れた友人と悪魔のコンビネーションは予想以上に俺の頭を蝕む。
「まあ冗談はこのくらいにして、その悪魔さんは結局何が目的なのかな?もし本当に宿主として生きていかないといけないなら相手の目的と一緒にいるメリットデメリットを聞いておくべきだと思うんだよ」
一緒に生きていく気も諦める気もないが確かにそうだ。
「今の話聞いてたよな?そこんところ詳しく教えてくれよ痴女」
「痴女呼ばわりする小僧には教えてやらん。…じゃが名前を考えてくれたら教えてやってもよいぞ?」
名前を考える?
「お前には名前がないのか?」
「悪魔はこの世界に降臨した際は現象が実体化した物として存在する事ができる。現象には名前が必要じゃ。大昔の宿主にはサキュバスと呼ばれた事があったが今は名無しじゃ」
よくわからん。
「なにやら悪魔に名前をつけてやらなきゃならないらしいんだがハニーはなにか思いつかないか?」
ハニーは少し悩んだ後、ハッと何かに気づいたような顔をして、これは宿主が考えなきゃいけないことだと思うなーと棒読みで言うのだった。
何かろくでもない事を思いついた時の顔をしてやがる…。
「うーん、じゃあ適当でいいか、雪女」
「却下じゃ」
肌も白いし雪女でいいと思ったのに…残念。
「和風にせよもっとなにかこう、いい響きのはないのかえ?」
「うーん、白雪、とかは?」
「シラユキ…うむ、いい名じゃな。ではわらわの名は白雪。それでいいかの?」
「へいへい。よござんすよー。なんでもいいからさっきの目的とかいろいろおしえてくれよ」
白雪は少しの間目を閉じて、小声で「我が名は白雪。この世界に降臨し契約を交わしたものなり」と呟いた。
「あ、はじめまして。あなたがボクに呼び出された悪魔さん?」
突然ハニーにも見えるようになったらしい。名前がついた事によってただの現象だった存在が実体化した…って事か?なるほどわからん。
「しかしお主意外と協力的じゃのう?褒めてつかわす」
「ううん、だってボクも悪魔ちゃんと見てみたかったしお礼はいいんだよ」
ちょっとまて、何の話だ?
「不思議そうな顔をするでない。実はわらわが召喚されてもこの現世に留まれる時間は限られておっての。きちんと宿主と契約を交わさねばならなかったのじゃ」
契約?いつ、誰がした?
「先ほどお主が自分で考えて名をつけてくれたじゃろう?それ自体が契約じゃよ」
「なんだって…じゃあさっきのは…」
俺は無言でハニーを睨みつける。
「だっておとちゃんだけ悪魔見れてうらやましかったんだもん♪」
「だもんじゃねーよどーすんだよ!」
俺の人生のレールは今日何度となく曲がり、もはやどこへ向かっているのかわからない。おおむねマイハニーのせいである。こいつにも全面的に協力させて元のまっすぐな道へと帰らなくては…。
それまで俺の体と精神がもつのだろうか。
議題その一・悪魔の目的は何か
「わらわはこの世の生命体を宿主にして力を貰わねばいずれ消える身じゃ。しいて言うなら生きるため、じゃな。至極真っ当な目的じゃろ?」
…はたしてそうだろうか?こいつの話からきちんと悪魔が存在するための世界があるように思う。ならそこにいればいいしこの世界に降臨する必要などないわけだろう?
「ちなみに実際はそこのわっぱに召喚されたわけではなく、以前召喚された後召喚器に封印されていたのをわっぱが封印解除した、というのが正しいのじゃ。ゆえに何故この世に降臨してきたか、なんて質問は最初に呼び出した阿呆に聞かねばわからんからな?わらわは呼ばれて来てしまった以上生きるために仕方なく…」
ちょっとまてよ?
「じゃあ来た理由は置いといて、この世から消滅=自分の世界に帰るって事にはならないのか?」
「なるのう」
おい。
「じゃあなんでそんなにこの世界に執着するんだよ。さっさと家に帰れ」
白雪は嫌じゃ嫌じゃと大袈裟に首を振った。
「呼び出されたとき、なんか思ってたのと違う。間違えたとかいうふざけた理由で長年この世界で封印されておったのじゃぞ?少しばかり現世を楽しみたいと思うのは当然の悪魔乙女心じゃて。そんなこともわからんからいつまでたってもどうて」
「うるせぇ!」
ほっといてくれ。こっちは好きで童貞なわけじゃ…いや、やめよう。虚しくなってきた。
議題その二・メリットとデメリットは何か
「おとちゃんも往生際が悪いんだよ。もしかしたら願いを叶えてくれたりするかもしれないよ?」
満面の笑みで白雪を眺めながら適当なことをいう友人に軽く殺意が沸いた。
「そうじゃ。なんでもとは言わないが大抵の望みは叶えてやる事ができるぞ?望みがあるなら言うてみい。世界制覇?ハーレム?それとも大金持ちかえ?」
「マジかよ…冗談だろ?」
俺にだって叶えたい望みくらいある。そしてそれを自分の力で叶えないと意味が無いなんて言うような聖人君子でもない。
突然の展開に動悸が激しくなり、落ち着かせようと近くにあったお茶のペットボトルを手に取るが手が震えて蓋を開けると同時に少しこぼしてしまった。
「ほら、おとちゃん凄いよ!試しに何か頼んでみたら?」
「そ、そ、そうだな…」
何にするか…いや、その前に確認しておかないといけない事がある。
「望を叶えるには代償が必要ってのが定番じゃないのか?無償奉仕する悪魔なんて聞いたことがないからな。夢を叶えて命取られたんじゃ話にならないぞ」
白雪はニヤリと嫌な笑みで
「当然じゃろう。貰うものはもらわんとな」
と言った。
「やっぱり悪魔は悪魔だぜ危うく死ぬところだった!」
「何を言っとるのじゃ。命など取っても良い事無いわ。宿主が居なくなってこまるのはわらわもおなじじゃからのう」
「じゃあおとちゃんは何を支払うの?…まさか体で…」
は?冗談はやめてくれ。顔が可愛いだけの悪魔に童貞を捧げるつもりは無い!
「ふむ…それも悪くは無いのじゃが…なに、簡単な話じゃ。わらわに食料をわけてくれればよい。腹が減っては願いも叶えられぬ」
「…え?それだけ?」
正直拍子抜けというやつである。
「悪魔って意外と良心的なんだね、おとちゃん何か頼んでみなよ。ほんとに願いを叶える力があるか試してみないと勿体無いんだよ!」
テンションが上がったハニーは早く早くと俺をまくしたてる。
「そんなに言うなら…」
あまり大それた願いをすると食料も大量に必要になるのだろうか。だったらまずは…
「一万円ほしい」
ハニーがガッカリしたような蔑むような視線をこちらに送ってきたが無視した。おれは今月お金がピンチなのだ。
「しょっぼい願いじゃがまずは効果を確かめたいんじゃろうし…いいじゃろう。叶えてやるぞ」
…そう言ったきりお金をくれるでもなく、俺のお茶を見つめてそれは現世の飲み物か?変な容器じゃなどとのたまう。
「おい、どうなってるんだ?話がちが…」
そこまで口にしたとき、突然部屋のドアが開け放たれた。
「あらあら話し声がすると思ったらマイちゃんがきてたのね。そちらの奇麗な子は…姫ちゃんの彼女さん?…なわけないわね。そうそう姫ちゃん、お母さんこれからちょっと出かけて帰るの明日になっちゃうから今晩のご飯はこれで出前でも取ってくれる?残りはお小遣いよ♪んじゃねー♪」
状況を整理しよう。突然ネグリジェオンリーの母が部屋に乱入し、友人(舞華でマイちゃんと呼んでいる)と白雪に挨拶をして俺に一万円渡して去っていった。
「マジだ…」
「マジじゃろ?」
目の前でどや顔決めている悪魔は今だけ神様に見えた。こう考えればいいのだ。俺には神が宿ったと。
「おとちゃんのママは相変わらずだね…でも、これでほんとに願いが叶うってわかったしもっといろいろ試そうよ!」
どうじゃ凄いじゃろーと満面の笑みで俺から奪ったお茶を飲み干す。
思ったよりも燃費はいいのかもしれない。
「次は…じゃあハニーの家の借金をチャラにしてくれ」
ハニーの家は父親が考えなしにあちこち旅にでたりよく解らない高額な置物や骨董品などを購入してしまうので積もりに積もってとんでもない額の借金があるらしい。どのくらいの額なのか聞いてもハニーは目をそらすだけだ。
「おとちゃん、さすがにそれは危ないんだよ。悪魔との取引なんだから借金は返せたけど両親が死んでその保険金で…とかそういうパターンが」
「そんなナンセンスな事せんわ失礼なわっぱじゃのう。わらわは誰かを不幸にするようなあくどい取引は嫌いじゃ。みておれよ…」
白雪が手を上にかざし、何語なのかわからない言葉をいくつか呟く。
すると数分後…でででーんでっでっでっでーん♪と聞いたことのある時代劇のメロディが鳴り響いた。どうやらハニーの親父さんから電話らしい。
「…ほんとに大丈夫なんだよね?」
未だに不安そうなハニー。俺に何かあるかもって時とは随分反応が違うじゃねぇかこのやろう。
「いいからはよ話をしてみんか。そのへんちくりんな機械で会話ができるのじゃろう?」
俺の顔を見つめてくるハニーが、静かに頷き、電話に出る。
「…もしもしパパ?…うん、うん。ほんとに?冗談じゃないんだよね?今空港にいるの?…うん、しばらく日本にいられるって事?全部?うん。わかった…おめでとう…うん、今おとちゃんの家だよ。うん、今夜はお祝いしないとね。気を付けて帰ってくるんだよ?じゃあまた」
電話を切るなりハニーが俺に飛びついてきた。一瞬かわそうかとも思ったがさすがに今はそういう雰囲気じゃない。
タックルのような姿勢で飛びついてくるがあまりに低身長軽体重のため、漫画のようにそのまま押し倒されるような事はなかった。あまりに軽すぎて心配になるレベルである。
「親父さんなんだって?」
「詳しくは聞いてないんだけど…数日前に発掘した遺跡が人類史を塗り替えるかもしれない新しい文明とかで、国側から報奨金みたいなのが山ほど出たんだって。あまり興味がないジャンルの遺跡だったみたいだから発見したっていう事実自体その国の手柄みたいにしてお金もらって帰ってきちゃったんだってさ…借金が返せるどころの騒ぎじゃないよ…」
軽く涙目になりながら抱き着いてくるハニーの頭を軽く撫でてやる。こいつも昔からお金なくて苦労してたもんなぁ。いい事した後は気持ちいいもんだ。こういう事に願いを使うのも悪くない。
「どうじゃまいったか!褒めたたえてもいいのじゃぞ♪」
「あぁ、ほんとに助かるよ。ここまで凄いやつだとは思わなかった。」
「ボクからもお礼言わせて。白雪さんほんとにありがとう。でもこの後のおとちゃんの事考えると大変だけど、余裕ができたらボクも食べ物持ってくるんだよ」
そういえばハニーの家が金持ちになったなら食材なんていくらでも…いや、それ以前にまず俺を金持ちにしてこいつに食べ物を渡せば…無限に使える錬金術じゃないか?
「何を言っておるのじゃ?わらわの食料は宿主からしか得られんぞ?」
「あれ?そうなの?じゃあおとちゃんにお金を渡して食べ物を買ってきてもらえばいいのかな…」
「…?何か勘違いをしているようじゃな」
これはなんだかやばい流れではないのか。俺の中の危険信号がすごい勢いで点滅している。そもそも俺から奪ったお茶はコンビニで百円ちょっとで購入できるものだ。それと一万円が等価…?あり得ない。
「おい白雪…さん、あのですね、あのお茶はいくら分返せてることになるんでしょうか?」
パニック状態になりつい敬語になってしまう。悔しい、でもっ…
「はぁ?お茶ってさっきのあれかえ?あんなののどが渇いたから飲んだだけに決まっとるじゃろう」
流石にまずいと思ったのか、「じゃあいくら分の食べ物が必要なの?」とおそるおそるハニーが問う。
「じゃからそれがまず勘違いじゃ。わらわは物を飲んだり食べたりするがそれはただの趣向品。生きるための食料、つまり願いの対価は物では無いぞ?」
「ふっざけんなてめー紛らわしいんだよ!じゃあ俺にいったいどうしろって言うんだ!」
「簡単なことじゃよ。お主の感情から発せられるエネルギーをもらう。苦悩、困惑、罪悪感などは特にご馳走じゃ。悪魔にとって人が困り悩む姿こそが一番の栄養。それが我が力になるのじゃ」
この痴女がやっと悪魔に見えてきた。
「意味が分からん!感情から発せられるエネルギー?苦悩や困惑?罪悪感…?を差し出すってどういう事だ。仮に罪悪感がエネルギーになったとして、それを差し出した俺はどうなる?罪悪感を失って何が悪いことかも分からなくなっちまうのか?」
そうなったらお終いだ。今までできる限り影を潜めて普通に普通に生きてきたのに!
「もしそうなったら間違いなくお主は一生童貞確定じゃのう。しかしそういう意味ではないのじゃよ」
薄ら笑いを浮かべて見下すように白雪は言った。
「要はお主が抱く感情、そこから発せられる物をわらわが食すのじゃ」
「イマイチよく解らん。つまりどういう事なんだよ。俺になにさせようっていうんだ」
「言っておるじゃろう?感情が揺さぶられる様なことじゃよ。強い感情なら何でもいいのじゃが、手っ取り早いのが罪の意識…罪悪感なのじゃ…つまり、簡単に言えば悪事、じゃのう」
「結局犯罪者まっしぐらじゃねぇか!」
「それは違うぞ?犯罪者になるもならないもお主次第じゃよ」
どういう事だと混乱する俺に、今までで一番悪い顔をした白雪が
「どこの国でもいつの時代でも悪事という物はバレなければ罪ではないのじゃろう?」
と物騒な事を言い放った。
議題その三・対価の物量
「じゃあおとちゃんはこれから願いの代償として悪いことをし続けていかなきゃいけないってことなの?」
「まぁそうなるのう。ちなみに願い事をこれ以上しないとしてもさっきの分はきっちり頂くから覚悟しておくのじゃ。ふふふ…楽しみじゃのう」
いったい対価としてどのくらいの悪事をさせられるのだろう。いやまて、こいつの食事が感情から発せられるエネルギーだっていうならいっそ何もせず平坦な気持ちで生活してりゃこいつはそのうち消えてなくなるんじゃないか?
「もしお主が何もしないようなら代わりにお主の精気を食べさせてもらうからそのつもりでの」
「せいきを…食べる、だと?」
「おとちゃん、たぶんそっちじゃないよ…?」
「わわわわ、わかってるよそんな事!」
結局のところこいつのいう事を聞いて悪事を働くか精気を吸い取られて死ぬかの二択しかないってのか…。
「最初にも言ったがわらわも宿主に死なれても困るでな。そうならんように協力してやるから安心せい」
結局その日は全く眠れなかった。
不安とか絶望とかそういうのがないわけじゃないが、それのせいで寝れなかった訳じゃない。純粋に白雪がやかましかったのだ。
「てれびじょんとかいうのは面白いのう♪」だの、「漫画とやらも素敵じゃ♪こりゃ帰る気になどならんわい♪」など、ずっとハイテンションだったので、俺がほっといて先に寝ようとすると布団の上からのしかかってきてこれはなんじゃあれはなんじゃと騒ぐ。無視して寝たふりをしたら布団に手を突っ込んできて「起きるのじゃー」と俺の体をまさぐりだすしほんと勘弁してほしい。こっちは青春真っ盛りの青少年である。いくらこいつが悪魔で俺にとって害以外の何物でもなかろうと、こんなふうに同年代(に見える)女性に絡まれたことなどないのだ。いろいろアレなので困る。
ハニーも今夜ここに泊まると騒いでいたが、父親が帰ってくるという事を思い出してしぶしぶ帰って行った。
白雪と間違いが起きないようにと心配していたが、何度も言うように俺は悪魔女に童貞を捧げる気など無いのである。
その白雪については別室を用意してやったのだが意味がなかった。というのも、こいつ実体化したのに自由に壁をすり抜けてきやがる。その気になれば見えるようにも見えないようにもできるらしい。
ついでなのでいろいろ聞いてみたのだが、大昔に召喚された際は召喚主の勘違いだったとかいう理由ですぐ封印されてずっとあの腕輪の中にいたらしい。
腕輪の中からでも外の様子は見えていたようで、人間と関わりを持つ事は出来なくてもある程度は外の様子を知ることが出来たようだ。
…確かに、それなら現世を楽しみたいって思うのも仕方ないのかもしれない。ずっと孤独を味わってきたのだろうし、どうせ一緒に居なきゃならんのなら楽しいほうがいいに決まっている。
勿論お帰り頂くことを諦めたわけではない。あくまでもこいつに願い事の負債を返し切るまでの付き合いだ。
「のう乙姫よ」
「乙姫って呼ぶのやめてくれませんかねー。そしてそろそろ寝ませんかねー」
「わらわと寝るなどと一万年早いわ」
「ちげーよばーか」
「馬鹿とはなんじゃ馬鹿とは!」
うん、意外と友人その二としてやっていけるのではないだろうか。
「乙姫よ、なんだかこの四角いのから煙が出てきてしもうたんじゃが…」
「だから乙姫って呼ぶなって…」
そこで俺の言葉は途切れた。白雪が手に持っているそれは俗に言う外付けのHDである。確かに変な色の煙を吐いて、見るからにご臨終の予感。俺が今までため込んできたお宝が煙と共に霧散していくのをただ真っ白になりながら見つめることしかできなかった。
その日、負債がもう少しだけ増えたことは言うまでもない。
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