N.G.S (『デュオ(もうひとつの)』より)
鏡なんて嫌いだ。なんで、あんなに、そこらじゅうに、あるんだろう。特に。
兄ちゃんの部屋にある、大きな鏡。
どうにかして、壊せないかな、と思う。でも、きっと、壊したって新しく買い換えるだけ。
兄ちゃんは僕たちの兄ちゃんで、保護者、ってことになっている。確かにあの、ぼくとコータの違いもわからないような母親とかいうひとよりよっぽど、僕たちのことわかってる。
「ユータ」
兄ちゃんに呼ばれる。いつもそう。そのたった一言で、僕はロボットになったみたいに自動的に、シャワーを浴びて兄ちゃんの部屋に行く。
僕は兄ちゃんとセックスする。する、っていうか、一方的にせめられて、いじられて、させられる。
コータが呼ばれたことは一度もない。同じ顔なのに。だって。
兄ちゃんはコータのことが好きだから。
兄ちゃんはコータに優しい。僕にだって、確かに、いじわるされたりとか、そういうことはないけど、でもやっぱり、違う。
僕はきっと、おもちゃなんだ。壊してもいいおもちゃ。コータの人形。
コータは知らないふりが下手だ。別に、気づかないで、とも思わないけど。
コータは僕のことを可哀想な目で見てる。でも。
心の底で軽蔑してる。
されるがままの僕を見て、汚いものだと思ってる。
別に、それでもいい。逆にコータのことが嫌いだとか、僕が守ってやってるんだとか、そういう気持ちだってない。
あんな風にされて、でも別に兄ちゃんのことは嫌いじゃない。好きか、って訊かれてもわからないけど。
ただひとつだけ言えるのは、僕が、セックスしている時の僕のことを、嫌いだってこと。鏡に映る僕の顔はいやらしくて、気持ち悪くて、コータにも僕にも似てない。
あれは僕じゃなくて、悪魔が乗り移ったんじゃないかって、思うけど。
キリスト教徒のじいちゃんは、僕たちにいろんな試練の形を教えてくれた。『悪魔憑き』もその一つだった。
でも別に僕らはキリスト教徒じゃないし、兄ちゃんが悪の手先ってわけでもないし、鏡の僕は『まるで悪魔に憑かれたような』顔をしているだけの僕だ。
「ん」
諦めてしまえばいいのかな、と思う。もう。あんな鏡を壊したって、兄ちゃんを殺すことができたって。
何も変わらないんだって。
何が、そんなに気に入らないんだ。頭の片隅はもう、そう言ってる。これが、悪魔かもしれない。
気持ちよさと、気持ち悪さと、コータの顔と、鏡に映る僕と、兄ちゃんの手と、いろんなものが、いろんな気持ちが混ざって、わかんなくなる。
「兄、ちゃん」
やめて、って言いたい。僕の中身が塗りつぶされていくような。痛くはないけど、僕の心の部分がもやもやした気持ちでおぼれてしまいそう。
助けて、って言いたい、わけじゃない。いやな思いをしてる、だけじゃない、のかもしれないって、わけがわからなくなって。
兄ちゃんとセックスさせられながら、もし、コータが同じ目にあったら僕はどう思うんだろう、なんて考えた。少しだけ、心が穏やかになったような、そんな気がした。
セックスしてるとき、兄ちゃんは何も言わない。ただ息だけが荒い。声を上げたら、コータの名前を呼んでしまいそう、だからなのかもしれない。別に、いまさら僕に遠慮なんてしなくていいのに。
意識してるのか、無意識なのかはわからないし、罪悪感があるのかないのか僕にはわからないけど、何をいまさら、とは思ってしまう。
もっと、僕をめちゃめちゃにしたらいい。別に、されたい、わけじゃないけど、ハンパでいらいらする。
そのまま伝えたら、兄ちゃんはきっと僕の思うままに怒る。でも。
言えない僕のほうが、遠慮してて、ハンパで、弱いのかもしれない。いや、弱いのは当たり前だ。
兄ちゃんより強いものなんてひとつもない。コータとは張り合えるけど、兄ちゃんとは何もかもが違って、全部兄ちゃんが強い。大きい。
コータを。僕の中で悪魔がささやく。でも。
どうするっていうんだ。いや。
手がいるじゃないか。ここに。
僕がされたこと、をそのままコータにしてやればいい。
兄ちゃんは何もしない、なら、僕が。
よくない感情、計画、そういうものが頭をめぐる。やるべきかどうか、迷う。
迷う、っていうのとも違うのかもしれない。ためらう、とか。
なんで。良心があるから。とがめるから。コータに、僕みたいになってほしくない、から。
いや、なってしまえばいい。なんてうろうろと考えてしまうのは、やっぱり悪魔が憑いているから、なのかもしれない。
目の前に鏡。
コータと同じ顔が見える。
僕はコータを呼び出すことにした。
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