3-12 ランクアップ試験

 《攻撃魔術基本講座》を受け、ハリエットさんからダンジョンの説明を受けた翌日。

 俺はいま訓練場にいる。

 昨日のうちにランクアップ試験の申し込みをしたら、翌日に運良くカーリー教官が来るのですぐ受けられることになったのだ。

 ダンジョン探索を始めるためにも、Eランクへの昇格は必須だからな。

 がんばろう。


「やぁショウスケ、元気そうだな」


 うーん、改めて見るとこの人カッコイイなぁ。

 キリッとしてて爽やかで、オマケに美人。

 こういう人が、例えば恋人の前だとメロメロの甘々になるとすげーよさそうだなぁ……。


「おい、なにか失礼なことを考えてないか?」


 おっと、つまらんことを考えてしまった。


「いえいえ滅相もない。カーリー教官に見惚れていただけですよ」


 俺ってば、こんな軽いセリフも言えたのね。


「ふむ。私は男女問わずモテるからな。だが、見惚れるなら試験が終わってからにするがよかろう」


 おおっと!

 ここは褒められ慣れてない男勝りな女剣士が、ちょっと照れる場面を想像してたんだが、この人なにげに手強いな。

 いや、そういう余裕が見えているからこそ、気軽に話しかけられるのかも知れない。


『は、はぁ!? アンタ、なに言ってんの!? 馬鹿なの!?』


 デルフィーヌさんに同じことを言ったら、どうなるのかな、なんて想像してしまった。

 顔を真っ赤にして慌てふためく彼女の姿が目に浮かぶ。


『はぁ? アンタなに言ってんの? 馬鹿なの? 死ぬの?』


 思いっきり冷めた目で、淡々と言われるってのも捨てがたい……。

 どちらにせよ、デルフィーヌさんはかわいい……。

 でも、彼女を前にして「見惚れてただけですよ」なんて、絶対に言えないよなぁ。


「さっきからなにをニヤニヤしているんだ?」

「あ、すみません」


 いかんいかん。

 いまは試験に集中だ。


「ではランクアップ試験を開始しよう。改めて確認するが、私との対戦でいいのだな?」


 ランクアップ試験は主に2種類。

 冒険者ギルト認定試験官との対戦か、指定依頼のクリアだ。

 指定依頼ってのは1件だけじゃなく、5~6件が課題として出されるみたいなんだが、面倒なので試験官との対戦を選んだ。

 ちなみにこのカーリー教官は現役のAランク冒険者なので、対戦といっても勝つ必要はない。

 っていうかEランク昇格を目指す程度の冒険者に、勝てるはずがない。

 なので、対戦の中である程度の実力を見せればいい、というわけだ。


「よろしくお願いします」

「ふむ。では始めるか。ああ、いい忘れたが、これは剣術の力を見るためのものではないからな。魔術が使えるなら使っても構わんよ。というか使えよ」

「ではお言葉に甘えて」


 言い終わるが早いか、俺は教官に向けて《魔弾》を放つ。

 さっきの「始めるか」の言葉を開始の合図とみなしたので。

 〈気配隠匿〉全開で放った不可視の弾丸は、しかしあっさりとかわされてしまった。


「不意打ちとはいい心がけだ」


 その表情や口調から、皮肉でも何でもなく素直に褒められていることが分かる。

 まぁ不意打ちが効く相手じゃないってことは、訓練の時に実感してたので、《魔弾》一発かわされたくらいでうろたえるわけじゃないけどね。

 《魔弾》を放つと同時にレイピアを抜いていた俺は、教官が避ける方向を予想して、そこに剣を突き出す。

 さっきまで腰にかれていた教官のレイピアはいつの間にか抜き放たれ、あっさりと軌道をそらされてしまった。

 開始前に《下級自己身体強化》をかけていたので、それなりにいい突きだったと思うんだけどな。


「悪くない動きだ」


 でしょ?


 軌道をそらすと同時に、教官は俺の剣を絡め取ろうとする。

 このまま慌てて剣を引いても手遅れだろうと予想した俺は、ギリギリ詠唱を終えた《魔矢》を発射。

 至近距離から教官の顔面を狙ったのだが、やはりあっさりとかわされしまった。

 でもそのおかげで剣の方は絡め取られることなく、いったん身を引いて間合いを保つことが出来た。


「君の戦い方はなかなかおもしろい」

「ならもう少し楽しんでもらいましょうか」


 俺は腰に差していた枯霊木の杖を左手に持ち、構える。


「ほう……」


 レイピアは右手一本で扱える。

 その間左手は何もしていないかというと、そういうわけでもなく、構えや動きのバランスをとっているのだ。

 あれだ、フェンシングの動きを想像してもらえればほぼ正解だ。

 なので左手はフリーにしておいたほうがいいのだが、それでも、例えば左手に拳銃なんかを持てるとしたら、多少細剣での動きが悪くなっても、お釣りが来るくらいのメリットがあるってのはわかるだろ?


 剣と杖を同時に構えるのは初めてだが、狩りの時は細剣を操りながら魔術を使う、なんてこともままあったので、なんとか形にはなるはずだ。


 一気に間合いを詰め教官の喉を狙うと同時に、胴へ《魔球》を放つ。


「ぐへっ……」


 が、俺の予想より速い速度で間合いを詰められ、《魔球》の軌道修正をする間もなく剣のナックルガードで顔面を殴られる。


 予想外の打撃に少し怯んだが、なんとか意識を持ち直し、杖を教官の胴に当てた状態から《魔矢》を撃つ。

 さすがに密着状態からはかわせまいと思ったが、いまのいままで目の前にあった教官の姿が消える。

 〈気配察知〉で背後に回られていることを察知した俺は、間合いから逃れようと一歩前に踏み出すも、背中に教官の前蹴りを食らってしまう。


「よく気づいた」


 2、3歩よろめきつつも体を捻り、教官に向けて《魔矢》を放つ。

 バカのひとつ覚えみたいに《魔矢》ばっか使っているが、正直魔弾や《魔球》を詠唱する暇なんて与えてくれないのだから仕方がない。

 いろいろと補正がついて、1秒ちょっとで詠唱が終わる《魔矢》だからこそ、なんとか使えているってところだ。


 苦し紛れに放った《魔矢》も結局かわされ、一気に間合いを詰められて喉元に剣先を突きつけられた。

 尻もちをついて喉元に剣。

 詰みだな。


「参りました」


 剣と杖を床に置き、降参を宣言。


「ふむ。お疲れ」


 教官はレイピアを鞘に収めると俺に手を差し出してくれた。

 その手を取り、教官に引き起こしてもらう。


「まだまだ修行が足りんな。だが、Eランクにしては上出来すぎる戦いだったぞ」


 お、ってことは……?


「試験は合格だ」

「ありがとうございました」


 俺はほっと胸をなでおろした。

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