3-13 壁を乗り越える

「さてショウスケ。これで君も晴れてEランク冒険者になったわけだが、君の戦いを見ていて少し思うところがある」

「えっと、なんでしょう?」

「君の剣術は、型といいそれを応用した動作といい、なかなか見事なものだ。この短期間でよくぞここまでものにしたな」

「はぁ、どうも」

「だが、君は筋力に頼りすぎているな」

「筋力……ですか?」

「そうだ。このままだと、君の剣術はここらで頭打ちになるだろう」

「う……」


 実はちょっとした悩みを言い当てられたようで、少しだけうろたえてしまった。

 俺の〈細剣術〉だが、訓練の段階で既にLv4まで上がっていた。

 あとは実戦経験を積めば順調にレベルアップすると思っていたのだが、いくら狩りに精を出しても一向に上がる気配がなかったのだ。

 試しにSPを使ってみようと確認したところ、Lv4→5には20,000pt必要だということがわかった。


 スキルってのは、まず習得するときに多くのSPを必要とする。

 これはおそらく、本来持ち合わせていない才能を開花させるためだろう。

 しかし習得したスキルのレベルアップとなると、消費SPがかなり下がるのだ。

 〈細剣術〉のLv1→2や3→4に必要なSPを確認しそびれたので正確なことは言えないが、それでも習得に必要なSPの倍のptを要求されるってのは異常だと思う。


 つまり、ここには大きな壁があるに違いないのだ。


 SPを使ってその壁を乗り越えることも可能だが、現在ようやく10,000の大台に乗ったばかり。

 もしこの壁を乗り越えるための、なんらかのヒントを教官から教えてもらえるなら、こんなにありがたいことはない。


「私はほとんど魔術を使えん。もちろん魔法なんぞ使えるわけもない。だが、魔力は操れる」


 ふむう、魔術や魔法は使えずとも魔力操作はできる、と。


「武術においてもな、魔力というのは重要なのだよ」

「なんですと?」


 つまり、魔力操作が鍵ってことか?


「君は魔力を感知できるか?」

「はい」


 一応〈魔力感知:Lv4〉ですから!


「では、見てもらうのが早いか」


 そういうと教官は鞘からレイピアを抜き、構えた。

 俺は〈魔力感知〉を意識し、その様子を見る。

 教官の体内を緩やかに流れていた魔力が、一度中心に集まり、そこから全身に広がっているように感じられた。

 身体能力を上げる魔術、《自己身体強化》に似ているが、それとは少し違うようだ。


 《身体強化》系の魔術は、外側から内側に働きかけるような感じだが、カーリー教官のそれは内側から身体全体、しかもかなり細部に至るまで、魔力がいき渡っているように見える。


「このように、身体中に魔力を巡らせることで、身体能力を引き上げることが可能だ。この状態で《身体強化》系の魔術を使えばさらに能力は強化される。私自身はその手の魔術を使えんので、実際に見せてやることはできんがな」


 なるほど。

 おそらく、いまカーリー教官がやってる、体内に魔力を巡らせる技術ってのが〈細剣術〉に限らず、各武術共通でLv4→5の壁と見た。


「重要なのは全身に満遍なく魔力を巡らせることだ。たとえば速く踏み込みたいからといって、下半身を意識し過ぎたり、剣速をあげようと腕に意識を集中し過ぎると、バランスを崩し、場合によっては単純な動作のみで、大怪我をすることもある」


 そう言い終わると、教官は2mくらいの距離を一瞬で踏み込み、突きを繰り出していた。


「すげぇ……」


 文字通り目にもとまらぬ速さで、思わず感嘆の声を漏らしてしまう。


「やってみろ」

「は、はい」


 俺にあれを真似できるだろうか?

 でも、魔力操作の練習はかなりやったし、それの応用だとすれば、案外いい線いけそうな気もする。

 失敗してもかっこ悪いだけだしな。

 教官にはかっこ悪いところを散々見られてるわけだし、やるだけやってみるか。


「では……いきます」


 俺はレイピアを構え、全身にくまなく魔力を巡らせる……。

 毎日の魔力操作訓練では身にまとうことばかり考えていたが、こと武術に関しては、体内を巡らせることが大事なのか。

 さっきの教官の様子を思い出し、体の細部に至るまで、毛細血管、末梢神経、筋繊維一本一本に魔力が巡るように……。


「ほう……。ショウスケ、杖も構えろ」


 ここで追加の指示かよ……。

 でも、だいじょうぶ。

 思ったよりうまくいってる。

 やっぱり毎日の訓練は無駄じゃないんだ。


「ふぅ……」


 少し深く息を吐きながら、意識をそらさないよう、ゆっくりと腰から杖を抜き、左手で構える。


「《魔弾》の詠唱」


 杖を構えろってことだから、魔術の併用だろうなって予想はしてたから、問題ない。

 教官の指示通り《魔弾》の詠唱を始める。

 教官は俺が構えた剣の切っ先から、2mほど距離を取り、レイピアを構えた。


「殺す気で来い」


 教官がそう言い終えると同時に、俺は踏み込む。

 どう考えても間合いの外だが、なぜか楽に届くことがわかった。

 教官の喉をめがけて突きを繰り出し、時間差で胴を狙った《魔弾》を放った。


 

《スキルレベルアップ》

〈細剣術〉


 放った突きは教官の剣であっさりとそらされ、魔弾は左手で受け止められてしまう。

 ってか、魔術って素手で受け止められんのかよ?


「ほう、君の《魔弾》は中々の威力だな」


 軽く手を振りながら、教官は笑みを浮かべてそう言った。

 まだまだ教官には敵わないようだが、とりあえず壁はひとつ越えたようだ。


「やはり君は才能があるな」

「どもっす」


 まぁ、お稲荷さんにもらったチート肉体のおかげだけどね。


「Eランク昇格ということは、ダンジョンに潜る気か?」

「ええ、まぁ」

「ソロか?」

「そのつもりです」

「エムゼタシンテか?」

「はい、一応」

「ソロで10階層を攻略出来たらまた来い。Dランクにあげてやる」

「ほんとですか!?」


 おお、なんかとんとん拍子に話が進んだな。

 とりあえずEランクへの昇格も終わったし、先のことはまた後で考えるとしよう。


「ありがとうございました」

「ああ、そうだ」


 礼を言って訓練場を出ようとすると、教官から呼び止められた。


「ランクアップの記念にいい物をやる。受付に預けておくから、受け取っておけ」

「えーっと、それはEランクになると貰える特典か何かで?」

「いや。私は君が気に入った。というか期待しているのだ。なにせ細剣術は人気がないからな。君が高ランク冒険者に成長することを期待したうえでの先行投資だと思ってくれ」

「あの、はい……ありがとうございます」


 なんだかずいぶん期待されてるみたいだな。

 ……悪くない気分だ。


「だから、もし高ランクになって収入が増えたあかつきには、なにかごちそうでもしてくれよ」


 そういうと、教官は今まで見せたことのない笑顔を向けてくれた。


「え、あっ……わ、わかりました。ご期待に添えるようがんばります」


 ふぅ……、危うく惚れるところだったぜ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る