幕間

デルフィーヌ 前編

 私が人里におりて、まだ1年足らず。

 ようやく、冒険者としての生活が板についてきた。


 私は弓矢を使った狩りが得意なのだけれど、どうやら薬草採取のほうが割がいいので、最近はそっちが活動のメインになっている。

 弓は、矢を消費するから、いまの収入じゃあ使うのも厳しいし。

 それでも、魔術を使えるから弱い魔物は狩れるわけで、一応Fランクにはなった。

 でも、これ以上のランクアップは、そんなに焦る必要はないと思う。

 私たちにとって、時間なんて永遠にあるようなものなんだし。


 最近は、サナンの葉というのを、メインに採取している。

 なんでも内臓疾患に効く、薬の原料になるんだとか。

 病気とはあまり縁のない私たちには、よくわからないけど、ヒトって不摂生が祟ると、すぐ体を壊すらしい。

 このサナンの葉、ほかの薬草に比べて報酬が高いのよね。


 冒険者のなかには、ギルドに寝泊まりしてる人がたくさんいるみたいだけど、正直信じられない。

 私は安いけど、ちゃんとした自分の部屋を借りて、生活している。

 だから、ちょっとだけお金には苦労してるんだよね。

 なので、報酬の高いサナンの葉の採取は、私にとってオイシイ依頼だ。


 サナンの葉の推奨採取ポイントは、草原なんだけど、そこは数が少ない。

 でも、森に少し入れば、たくさん採れるとこに気づいた。

 その日も、いつものように森に入って採取をしていたんだけど、ちょっと熱中しすぎちゃったみたい。

 気がつけば囲まれていた。

 いつもなら、森の魔物を警戒してるんだけどね……。


「グルルルル……」


 グレイウルフ……、最悪。

 見えているのは3匹だけど、茂みにも何匹か隠れているのがわかる。

 5匹以上いるのは確実で、弓矢もなしに勝てるわけがない。

 ……逃げよう。


 とりあえず下級魔術は覚えているので、《炎球》で倒せるだけ倒して逃げようと思ったんだけど、なかなか当たらないし、当たっても一撃で倒せない……。

 とにかくここは逃げるしかない、と思って全力で駆け出した。

 怖くて悲鳴をあげてたみたいだけど、正直何を叫んでいたのか自分でもわからない。

 一心不乱に走り続けてたら、人影が見えた。


「そのまま逃げて!」


 ダサい格好をした、もやしみたいな男だった。

 この人は、なにを言ってるの?


「このまま走れば森から出られる!! 急いで!!」


 どうみても強そうには見えない。

 グレイウルフの群れに立ち向かうなんて、危険すぎる。


「とりあえず俺が引きつけとく! 大丈夫、逃げ足に自信はあるからっ!」


 どうしよう……。

 でも、私が加勢したところで、グレイウルフの群れに勝てる見込みはない。

 彼が逃げ延びることを信じて、私も逃げるしかないの?

 ……彼が逃げ切れなくても、助ける方法はある。

 私は彼に、必ず戻ってくるこを伝えたかったけど、少し離れていたし、いまは1秒でも時間が惜しいから、一度頷き、森を出るべく駆け出した。 


**********


「シェリジュの森で、男の人がグレイウルフの群れに襲われてるの!! 助けて!!」


 冒険者ギルドに駆け込んだ私は、受付で大きな声を出してしまった。


「えーっと、デルフィーヌさん、落ち着いて」


 受付にいたのは、フェデーレさんだった。

 この人、ちょっと軽いから苦手なんだけど、いまはそんなこと言ってる場合じゃない。


「急いでよ!! 彼、死んじゃうわ!!」

「急ぎたいのはわかるけど、状況を把握しておかないと、適切な対処ができないからね。で、グレイウルフは何匹くらい?」

「見えてたのは3匹だけど、たぶんあと2~3匹は隠れてたと思う」

「5匹以上か……。襲われてた人はどんなだった? 強そう? 装備は?」

「丸腰だったと思う……。鎧も着てなくて、安っぽい革のジャケット着てた」

「あー……ホントに……」


 フェデーレさんは、なにやら納得したような顔をしたあと、受付を出て食堂の方に行った。


「すいませーん! この中に、Dランク以上の方は、いらっしゃいませんか!?」

「おーう! 俺がいるぜー!!」


 すぐに、呼びかけに応じる人がいた。


「ああ、ガンドルフォさん!! 実は……」


 この人、たしかここじゃ結構有名な人よね。

 たしたCランクだったと思う。

 この人なら、なんとかなるかしら?

 もう手遅れかもしれないけど……。


「おいおい、それってもしかして薬草名人じゃねぇの」

「たぶん……」

「ったく! どうせ採取に夢中になって、森に入っちまったんだろ?」


 う、耳が痛い……。

 でも、あの人も私と同じような理由で、森にいたのかしら?

 なんだか有名人みたい。


「基礎戦闘訓練、おすすめしたんですがねぇ。せめて受けていてくれたら、少しでも生き延びる時間は、稼げたかもしれないんですが……」

「もう手遅れかもしれんが、とにかく行くだけ行ってみよう。嬢ちゃん、案内してくれるか?」


 私は大きく頷き、先導するように走りだした。


**********


 森へ向かって走っていると、森の方から歩いてくる人影が見えた。


「あ!!」


 つい声が出た。

 でも間違いない! あのダサい格好は、あの人だ!!

 よかった……、生きてたのね。


「おーい!!」


 ガンドルフォさんが手を振りながら呼びかけると、彼もこちらに気づいて、手を振り返してくれた。


「いよぉ! 無事だったかっ!!」


 私たちは、すぐに合流した。


「ああ、どうも。どしたんすか?」


 なんか、すごくのんきね……。


「どうしたもこうしたもねぇよ! このお嬢ちゃんが、森でグレイウルフの群れに襲われてるヤツがいるってんで、救援要請があってな。それでたまたま俺らがいたもんだから、慌てて来たんだよ。特徴聞いてまさかとは思ったが、やっぱお前さんだったのか」


 一瞬彼と目があったけど、ついそらしちゃった。

 だって、こっちは凄く心配してたのに、こんな平然とされたら、なんか空回りしたみたいで恥ずかしいじゃない。


「あはは……。なんとか逃げのびましたよ」


 あの状況で逃げのびるなんて、凄いわね……。


「しかし嬢ちゃんも偉いよな。お前さんが襲われてるってんで、必死になって救援要請出してくれたんだからよ」

 しまった!!

 私が襲われてたのを助けようとしてくれたって、言うの忘れてた!!


「今回は運が良かっただけだと思うぞ。薬草集めもいいが、あんま森には入るなよ!」


 ほんと、耳が痛いわね……。

 おそるおそる彼の方を見たけど、目が合ってすぐにまたそらしちゃった……。

 なんか彼が無謀で私が偉いみたいな流れになってる……。

 彼、怒ってないかしら?

 でもいまさらごちゃごちゃ言うのも変だし……。


「はい、すいんません。ちょっと調子に乗ってました。以後気をつけますよ」


 え……?

 なんでアナタが謝るのよ!

 悪いのは私じゃない!!

 アナタは私を助けてくれたんでしょ!?


「ホントだぜ? どうしても森に行きたきゃ、ひと声かけてくれよ」

「ええ、機会があればお願いします。君も、ありがとうね」


 なんで私がお礼を言われるの?

 お礼を言わなきゃいけないのは私のほうなのに……。


「別に……」


 ああああ……! なんで素直にお礼も言えないのよ、私!!


「じゃあ、俺たちゃ街に戻るわ」

「はい。ご迷惑をお掛けしました」


 ……ダメだわ。

 お礼をいうのはまたあとにして、いまはガンドルフォさんと街に戻りましょう。

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