2-26 Re_初めての人助け 後編

 森でエルフちゃんを助け、街に帰って納品やら報告やらを終えた俺は、ギルドの食堂で夕食をとることにした。

 いつものように、一番安い8Gのディナープレートを食べていると、ドリンク片手に相席してくる人がいた。


「あ……」


 エルフちゃんだった。

 改めてみると、やっぱ綺麗な娘だな。

 彼女はドリンクをテーブルに置き、無言で向かいに座った。


 さらっさらな金髪ストレートのロングヘアーに、切れ長の目、整った鼻筋、薄いけど上品そうな唇。

 肌の色は透明か? っていうくらい白い。

 胸以外のスタイルは、抜群。

 とはいえ、胸にしたって、大きさに貴賎はないというからな。

 綺麗な頭髪のあいだから覗く、長くて尖った耳から、俺は勝手にエルフだと思っている。

 エルフだから、胸が小さいのか?

 それとも、彼女の個性なのか……。 

 きになるところだけど、ここで「あなたはエルフですか?」とか、「エルフだから胸が小さいんですか?」なんて失礼なことは聞けない。


 頬が少し赤くなってるから、酔ってんのかな?

 まぁなんにせよ、元気そうでよかったよ。


「ちょっと……ジロジロみないでよ」

「あ、すいません」


 いかんいかん。

最初の出会いはリセットされて、次の再会があの遺体だったから、元気な彼女と再会できたことが嬉しくて、つい見つめてしまった。

 彼女にしてみれば、俺を助けたことも、グレイウルフに襲われて死んでしまったことも、事実として存在してないことだから。

 俺と彼女とで、お互いに対する認識に、かなりの差があることを自覚しないと。

 あまりなれなれしくならないよう、気をつけよう。


「……なにか用です?」


 あんまりなれなれしく、俺のほうから声をかけるのもどうかと思ったけど、なにか言いたげにしながら、言い出せずにいるような雰囲気が出まくってたので、耐えきれずに問いかけた。

 ……間違ってないよな?

 最近は人との交流も増えてきたけど、根っこはコミュ障のヒキニートだから、こういうときどう接していいかがぜんぜんわからんよ……。


「私……嘘はついてないから」

「はい?」

「だって! あの後あと、あたなが狼の群れに襲われたのは事実でしょ?」


 急に大声出すから、ちょっとびくっりした。


「ああ、まあ、そうですね」


 そうか、彼女は自分が先に襲われていたことを、ガンドルフォさんたちに、伝えていないみたいだったもんな。

 別に気にしなくてもいいんだけどな。


「それに、あなたが逃げ延びたんだから、私だって大丈夫だったろうし……」


 残念ながら、あのまま俺が行かなければ、彼女は……。


「そうですね。今回はお互い、運が良かったということで」


 でも、それは俺しか知らないことだし、あえて言う必要はないだろう。


「そ、そうね……」


 彼女は俺の言葉に安堵したのか、ほっとひと息ついたあと、グラスを煽った。


「ふぅ……」


 こくこくと喉鳴らしたあと、コトリとグラスを置く。

 彼女の吐息から、フルーツとアルコールの香りが、わずかにただよってきた。

 なんか、ドキドキしてきたよ……。


「私、デルフィーヌ」


 ふと、顔を上げた彼女は、俺を見ながらそう告げた。

 やっと、彼女の名前を知ることができた。


「え? あ、ああ。えーっと、俺はショウスケ」


 ちょっとたどたどしかったけど、なんとか俺も、名乗り返すことができた。


「ショウスケ……、ショウスケね」


 俺の名前を聞いたデルフィーヌさんは、少し俯き加減で俺の名を繰り返す。

 ちょっと、照れる。

 あ、そうだ、お互い名乗り合って、少しは距離も縮まったと思うから、気になることを聞いておこう。


「ああ、そういえば、どうしてあんなところにひとりでいたんですか?」

「ちょっと採取に没頭しすぎちゃって……って別にあなたには関係ないでしょ!!」


 怒らせてしまった……。

 俺が悪いのか? 悪いんだろうな……。

 くそう、せっかく綺麗な女の人とお知り合いになれたのに、どう接していいかわかんねぇ……。


「いや、まぁそうなんですけど……、気になっちゃって。たとえばパーティー組んでたのかな、とか」

「パーティー!? 組んでないわよ!! 文句ある?」


 ま、また怒らせちゃったよ……。

 もしかしたらパーティー組んでて、はぐれちゃったのかな? なんて思ったから……。


「なに? 誘ってんの!?」

「め、めめ、めっそうもない!!」


 あ、いや、ソロならワンチャンいけるかなって、下心がなかったわけじゃないけど、こんなに怒らせちゃったら、さすがに誘えねぇ……。


「俺も、ソロですから」

「まぁ……どうしてもって言うんなら――」

「当分はパーティー組む予定はないんで」


 あ、彼女なんか言ってたけど、遮っちゃったな。


「え……? そうなの?」

「ええ、団体行動が苦手なんで。やっぱソロが気楽でいいですよね」


 とりあえず、彼女もソロみたいだし、ソロのよさを訴えておこう。

 

「そ、そうね。ソロが気楽よね……」

「ですよね!?」

「う……」


 しまった、共感を得られたことが嬉しくて、つい大声を出してしまった。


「あの、お互いソロ同士、これからもがんまりましょう」

「あ……、うん」


 声のトーンが少し落ちた。

 どうやら、落ち着いてくれたみたいだ。


「じゃ……私行くわね……」


 そう言うと、彼女は立ち上がった。

 もう少し話していたかったけど、これ以上話題もないし、引き留めるのも悪い。


「あの……、ありがとう」


 去り際に、彼女は小さな声でお礼言った。

 それだけで、なんだか報われた気がした。


「あ、いえ、俺のほうこそ」


 思わず口を突いて出た俺の言葉に、彼女は軽く首を傾げたあと、バーカウンターにグラスを返し、ギルドを出て行った。


**********


 夕食を終えた俺は、そのまま冒険者ギルドの寝台に入った。

 今日は魔術士ギルドまで行くのが、面倒だったので。

 寝台に寝転がって、なんとなくいままでのことを振り返ってみる。


 いきなり薄暗い森に放り出されて何回も死んだ。

 なんとか森を抜けたのに、脱水症状で死にかけた。

 エルフちゃん……デルフィーヌさんが助けてくれたけど、またすぐに殺されて、出会いはリセット。


 なんとか街にたどり着くも、しょっぱな不慮の事故で死んでしまう。

 でも、ちゃんと接すれば、みんないい人でよかったな。

 しかし冒険者ギルドって響きにワクワクしつつ登録したものの、結局最初は薬草集めなんていう地味な肉体労働。

 まあそれでも、バイトすらしたことない俺にしてみれば、すごい進歩だけどさ。

 薬草名人ってふたつ名も、決して悪くない。

 俺の仕事が、みんなに認められたって事だもんな。


 徹夜で解体作業やったり、借金して魔術覚えたり。

 あ……ハリエットさんの胸元は、思い出しただけでもヨダレが……。

 いかんいかん。

 槍を手に、へっぴり腰で魔物狩り始めたと思ったら、ひょんなことから魔法を覚えてみたり。


 そして、デルフィーヌさんとの再会。

 再会というより、出会いのやり直しといったほうがいいかな。

 助けられて本当によかった。


 こっちにきて半月程度。

 短い期間だけど、家で引きこもっていたころからは、想像できない日々だった。

 いろいろ大変だけど、これからもこの調子で頑張ろう。

 ってことで、今夜はさっさと寝よう。

 なんかいろいろ思い出したら、それだけで疲れてきたよ。


 じゃ、おやすみ……。

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