1-3 出会いはリセット

 彼女の後に続いて、草原を歩く。

 歩くたびに揺れるさらさらの金髪から、尖った耳が覗く。

 もしかして、エルフってやつかな。

 だから魔術ってやつが得意なのかな。

 あと、うしろからみたスタイルは完璧だった。

 狭い肩幅に、ピンと伸びた背筋、キュッとくびれた腰。

 お尻はぷりっぷりだし、そこからすらっと伸びる脚も、細いだけじゃなくいい感じにむちっとしてる。

 くそう、やっぱり太ももの感触をもっと堪能しとくんだったぜ……。


「大丈夫? つらくない?」

「はい、だいじょうぶです」


 こうやって時々声をかけてくれる以外、とくに会話はない。

 いや、これは俺がコミュ障ってわけじゃなくて、物音に耳を傾けつつ、警戒しておく必要があるからだ。

 このあたりは魔物が棲息していて、森にいる奴ほど危険じゃないが、それでも奇襲を受けるとヤバいらしい。


 魔物……そう、魔物だ。

 あの角の生えたウサギも、でっかい猪も、樹の上から落ちてきた蛇も、たぶん魔物なんだろう。

 詳しい話は街に着いてから聞くとしよう。

 とにかく、あの連中をただの獣と侮ってはだめ、ということだ。


 ふたりが草を踏みしめる音が、しばらくのあいだ淡々と続いた。


**********


 少し歩くと、川のせせらぎが聞こえてきた。

 そしてほどなく、小川に行き当たる。


「下流に向かってこの川沿いを歩いていれば、街が見えてくるわ」


 せめてこの川までたどり着いていれば、俺はなんとか生き残れたかも知れない。

 さっき倒れたところから200メートルくらいか……無理だったな、やっぱ。


 ん? なにかいる……?


 ――カサ……。


 違和感のあと、草の葉のこすれる音が聞こえた。

 風に揺れたのとは、たぶん違う。

 ふたりの足音にかき消されそうな、小さな音だった。

 これに気付けたのは、〈気配察知〉のおかげだろうか。


 彼女もどうやら気付いたようで、足を止め、チラリと俺を振り返った。

 少し鋭くなった視線を受け俺が頷くと、彼女は音がしたと思われるほうに目を向けた。

 彼女が腰を落として腰に差した短剣の柄を握るのを見て、俺も身構えながら、腰に手をやる。


 ――しまった。


 腰紐に差していた角ウサギの角がなくなってる。

 どこで落とした……?

 森をあるいている最中か……あるいは倒れたあの場所か……。

 どちらにせよ、俺の手元に武器らしい武器はない。

 なにかあれば、逃げるしかないってわけだ。


 ――ガササッ!


 茂みからなにかが飛び出す。

 角ウサギだ。


「そこぉっ!」


 だが警戒していた彼女は、あわてることなく角ウサギに手をかざした。

 そして炎の矢みたいなものが、手から飛び出る。


「キュィィィッ……!」


 炎の矢に貫かれた角ウサギが、悲鳴を上げてその場に崩れ落ちる。

 彼女はそれを見て表情を緩めた。


「あぶないっ!」


 だが、まだ危険が去ったわけじゃない。

 角ウサギは2匹いたのだ。

 俺からだとすぐにわかったけど、彼女の位置からだとちょうど1匹目が死角になって見えなかったようだ。

 2匹目の姿を確認した彼女は、驚いて目を見開き、手に持った短剣を振りかぶった。

 でも、間に合わない。


 ――ドス……!


 腹に、激痛が走る。


「ぐぅ……いってぇ……」

「そんな……!?」


 なんとか間に合った。

 俺は腹に深々と角を突き刺すウサギを見ながら、口元がにやけるのを感じた。

 痛いし、苦しいけど、それ以上に彼女を守れたことが嬉しかった。


「ぐふぉっ!!」


 角ウサギが俺の身体を蹴飛ばし、その勢いで突き刺さった角がずるりと抜ける。

 強烈な蹴りに吹き飛ばされ、倒れながら、角ウサギが着地すると同時に、炎の矢に貫かれるのを見た。

 ドサリ、と倒れた衝撃で、傷から激痛が生まれる。


「ごほっ! げぼぉっ……!」


 腹の底から血が逆流し、口からあふれ出した。

 息が、苦しい。


「ああっ……! ごめんなさい、私のせいで……!!」


 彼女が、泣きながら駆け寄ってくる。

 ほどなく頭が持上がり、柔らかい物に乗せられた。


「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 彼女の目からあふれた涙が、ぽたぽたと落ち、俺の頬に当たる。

 あぁ……後頭部にあたる太ももの感触が、心地いいなぁ……。


「ぁ……がふっ……ごぼっ……」


 ありがとう、俺みたいなやつを助けてくれて。

 そう言いたかったけど、声にはならなかった。

 俺を見る彼女の顔が本当に悲しそうで、申し訳なく感じる。

 大丈夫、あといくらもしないうちに、忘れてしまうから。


 だんだんと視界がぼやけ、音も聞こえなくなってきた。

 やがて俺は意識を失い――。


「ふぅ……」


 ――森の中で目覚めた。

 彼女との出会いは“なかったこと”になった。


**********


 目覚めたあと、感傷にひたる間もなく俺は立ち上がり、角ウサギと対峙した。

 そして無事ウサ公を倒して角を手に入れ、森のなかを歩き始める。


「しばらく〈空腹耐性〉は切っておこうか」


 どうやら意識することで〈空腹耐性〉は無効にできるようなので、俺は空腹や喉の渇きに耐えながら、森のなかを歩いた。

 〈気配察知〉を習得したおかげか、警戒していても気疲れすることが少なくなった。

 そこで俺は、警戒しつつなにか食べられるものがないか探した。


 空腹感や喉の渇きは、いってみれば身体が危険信号を発してるわけだから、それを感じなくなるってのはよくない。

 いや、定期的に飲食ができる状態で、一時的にそういったネガティブな信号をカットできることは、いつかどこかで役に立つだろうけど、いまはだめだ。

 さっきみたいに脱水症状で倒れたら目も当てられないからな。


 森の中には、果物を実らせている植物がそこかしこにあった。

 見覚えのあるようなものもあれば、見たことのないものもあった。

 とりあえず俺には〈毒耐性〉があるから、多少のことでは腹も壊さないだろうし、万が一食中毒になっても、死んだらやり直せる。

 さっきみたいに行動できなくなることのほうが危険なので、俺は慎重に森を歩きながら、ときどき見つけた果物を食べて水分と栄養を補給し、森を歩いた。

 そうやってさっきより時間をかけて探索を進め、再び森を出ることができた。


 ここがさっき出た場所かどうかはわからない。

 でも、森を背にまっすぐあるけばなんとかなるはずだと思い、木イチゴみたいな果物をちびちびと食べながら、慎重に歩いた。

 ほどなく、小川にたどり着くことができたので、顔を突っ込んでガブガブと水を飲んだ。


「ぷはぁ……! 水、うめぇ……」


 ひと息ついたところで辺りを見回したが、彼女の姿は見えなかった。

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