第278話、BOSS・Type-WIZARD/ほんとのきもち

「アナスタシア……」

「……なぁに?」

「…………」


 アナスタシアは、半身が消失していた。

 もともと、戦闘用として能力の高くないアナスタシアは、本来の力を取り戻し、『戦乙女の遺産ヴァルキュリア・レガシー』の力で強化されたアルヴィートに、適うはずがなかったのだ。


 アナスタシアの魔術は、確かに脅威だった。

 威力はもちろん、規模も、効果も、全てが最強クラスだった。

 だが、それはあくまで人間基準の話……人間の扱う最強クラスの魔術を扱おうと、アンドロイドであるアルヴィートに勝てるわけがなかった。


 アルヴィートの取った作戦はシンプルだった。

 紅蓮覇龍サンスヴァローグでアナスタシアを攫い、人間やType-JACKがいないところまで運んで一騎打ち。これだけで、アナスタシアは詰んだ。

 サンスヴァローグの陽電子砲で半身が消失したアナスタシアは倒れた。

 奥の手、搦め手などない。アナスタシアは最初から敗北を悟っていたのか、特に抵抗なく倒れている。

 アルヴィートは武装を解除し、アナスタシアに近付いた。


「負けるって、わかってたの?」

「ええ……なんとなく、ね」

「……どうして、戦ったの?」

「さぁ……もう、引けなかったから、かしら?」


 魔女のような帽子が、焼け焦げて転がっている。

 アルヴィートはアナスタシアの隣に座った。


「ずっと気になってた……アナスタシア、いつも悲しそうだった」

「え……?」

「お願い、教えて」


 アルヴィートは、半身が消失したアナスタシアの目を見て言う。


「アナスタシア、アナスタシアは……本当に人間が嫌いなの? 本当に滅ぼしたいって考えてるの?」


 ◇◇◇◇◇◇


 ずっと、疑問に思っていた……。


「アナスタシア先生!」「アナスタシア先生、一緒にメシ喰いましょう!」

「アナスタシア先生、今夜どう? なーんて!」「アナスタシア先生!」


 自分を『センセイ』と呼ぶ、異世界の人間たち。

 これから脳にチップを埋められ、操り人形となることも知らずに。

 ずっと、疑問に思う。どうして……こうも、思考が空白になるときがあるのだろうか。


「アナスタシア、魔道強化生徒の実験────────」


 アリアドネが、生徒二人を使いたいと言った時。少し考えた。

 『本当に、これでいいのか』と……だが、すぐに思考が染まる。

Atle・za・tureアトレ・ツァ・トゥーラO-VANオーヴァン』が、アンドロイドとしての考えを送り込む。アナスタシアの思考はアンドロイドに染まる。


「私、は」


 ずっと、疑問に思っていた……。

 センセイの出現、ハイドラの敗北、セルケティヘト、ライオットの敗北、目覚める戦乙女型、ゴエモンの敗北……すべて計画通りとアシュクロフトは言う。だが、そうは思えない自分がいる……。


「…………」


 アナスタシアは、気付いていた。

 センセイが現れた時点で、計画は狂い始めていたのだ。

 あらゆる機械に干渉する能力を持つ『センセイ』が、駒となった生徒たちを取り戻そうと、アンドロイドの刺客を倒し、仲間を集め、オストローデ王国にまでやってきた。

 アナスタシアは、答えを出す。

 『Atle・za・tureアトレ・ツァ・トゥーラO-VANオーヴァン』ではない、Type-WIZARDでもない、アナスタシアという一つの意志としての答えを。

 アナスタシアは、アルヴィートに向けて……微笑んだ。




「そう、ね……センセイって呼ばれるの、嫌いじゃなかったわ」




 すると、アナスタシアの身体は、ふっと軽くなった。

 アルヴィートが、抱きしめたのだ。


「な、何を……」

「アナスタシア、わたし……アナスタシアのこと、嫌いじゃないよ」

「…………え?」

「だって、アナスタシア……みんなを見る目が、すっごく優しかったもん。たまに冷たい時もあったけど、今は違う……『Atle・za・tureアトレ・ツァ・トゥーラO-VANオーヴァン』に縛られていない、アナスタシアはアナスタシアのままだよ」

「…………」

「アナスタシア、お願い……みんなを助けて」

「…………」


 なぜだろう。

 アルヴィートの胸が、とても熱かった。

 熱を発しているわけじゃない。なにか、あたたかな何かが……。


「……私の、負けね」

「うん、わたしの勝ち」

「ふふ、もう勝てないってわかってたのかも……アンドロイドの時代は終わり、これからは人間の、新しい時代が始まる」

「違うよ」

「え?」

「センセイ、言ってたの。これからは、人間もアンドロイドも、一緒に暮らせる時代が来るって」

「…………」


 センセイ。

 機械に干渉する手を持つ、異世界の教師。

 アンドロイドを終わらせるのではなく、新たな時代を作るために戦っている。

 ああ、勝てるはずがない。

 アナスタシアは『Atle・za・tureアトレ・ツァ・トゥーラO-VANオーヴァン』の支配から抜け出した。


「センセイ、お願い」

「あ……」


 アルヴィートは、センセイに通信を入れる。すると、抱きしめたアナスタシアの身体が修復された。

 センセイの『修理』は、触れあった者同士でも効果がある。つまり、アルヴィートを『修理』し、密着したアナスタシアも『修理』したのだ。


「アナスタシア、一緒に行こう」

「……どこへ?」

「センセイのところ!」


 アルヴィートは、アナスタシアの腕を掴んで走り出した。

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