第208話、龍の渓谷

 翌日。

 ついに、龍人族が住まうと言われている渓谷の入口に来た。

 来たのはいいけど……これ、ヤバくないか?


「き、霧すっげぇ……」


 今までは森の中を進む感じで、広い獣道を走っていたが、目の前には霧が掛かった森の入口があった。

 あきらかに、ここだけ未知の領域だ。魔境というか吸血鬼の館でもありそうなイメージだ。

 そんな霧の森を、ブリュンヒルデは躊躇なくバイクで進み、停車した。


『センセイ、この森ではセンサーの一部が正常に作動しません』

「え……マジか?」

『はい。赤外線・熱感知共に使用不可』

「ほんとだ。ホルアクティも使えないや」

「おいおい、大丈夫なのか?」

「うーん、成体センサーは使えるけど……慎重に進んだほうがいいかもです」

『私が先行します。センセイ』

「……わかった。ブリュンヒルデは先行してくれ。アルシェに周囲の警戒をしてもらって、後方はクトネに警戒してもらおう」


 アルシェならピナカの矢で狙撃が出来るし、クトネは魔術で補助ができる。

 というわけで車内へ。

 ごま吉とジュリエッタを胸に乗せて仰向けに寝転がるアルシェと、何枚もの羊皮紙をテーブルに広げて何かを書いてるクトネに話す。


「……ってわけで、クトネとアルシェは警戒を頼む」

「あ~……いいわよ~」

『もきゅ』『きゅうう』

「あたしもいいですよ。ちょっと外の空気を吸いたかったのでー」


 というかアルシェ、なにやってんだ?


「アルシェ、なにやってんだ?」

「ん、可愛いからね。この重さもまた至福~」

「そ、そうか……」


 よくわからん性癖だな……。

 俺はごま吉を抱き上げ、カウンターに座るキキョウに渡す。


「……なんですか」

「いや、かまってやってくれ。ほら」

『もきゅう、きゅうう』

「……」


 ジュリエッタは、キキョウの隣に座っていたルーシアへ。というかこの二人、いつの間にか仲良くなってるな。


「む……」

「同じく、頼むぞ。名付け親のルーシアさんよ」

『きゅうう~』

「……」


 よし、渓谷に入って調査開始だ。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


「うわっ……なんにも見えませんねー」

「霧すっご!」


 エンタープライズ号の屋根の上に、アルシェとクトネが待機した。

 俺も御者席に座り、アルシェに聞く。


「アルシェ、何か見えたり聞こえたりするか?」

「んー…………遠くで川の流れる音が聞こえる」

「あ、あたしはなにも聞こえないですー」


 アルシェは目と耳が非常にいい。天然の成体センサーだ。

 何かあればブリュンヒルデとアルシェが気付くし、戦闘になってもまず問題ない。

 馬車は慎重に走り出す。


「スタリオン、スプマドール、気を付けてね」

『ブルルン!!』『ヒヒィィン!!』


 馬車は、ゆっくりと森の中を進む。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ 


 ブリュンヒルデが先行し、アルシェが周囲を警戒しているので、モンスターが出ても安心。

 というか、ブリュンヒルデがモンスターを倒してしまうので、モンスターの死骸を横切ることが殆どだ。

 そして慎重に霧の中を進むこと数時間……。


『センセイ、近くに川があります』

「ああ、渓谷だしな。川くらい流れてるだろう」

「センセイ、どうします?」

「……よし、川沿いを進もう」


 マップがないのでひたすら真っ直ぐ進んでいる。

 ジークルーネがマップデータを作成してるが、正解のルートがわからない以上、ある程度の冒険はするべきだろう。

 ジークルーネが馬を操作し、川へ向かう。

 ゼドさんの整備したエンタープライズ号は、砂利道程度なら問題なく進む。ケツは痛いけどね。


「おお……って、霧でよく見えない」

「…………もしかして」

「ん、どったのクトネ?」

「いえ、もしかしてですけど……」


 クトネが、川を見て何かに気がついたようだ。


「あの、セージさん。もしかしたらこの霧の発生源、この渓谷に流れてる川かもしれません!」

「え?」

「いえ、実はさっきから気になってたんです。この霧、普通の霧じゃありません……これ、魔術で生み出された霧です」

「ま、魔術? うっそ、アタシ全然わかんない」

「たぶん、あたしくらいの高位魔術師じゃないと感じ取れないレベル……」


 クトネは、周囲を警戒しながら言った。


「ラミアの巣穴で仲良くなった子たちに、簡単な妖術をいくつか見せてもらったんです。その時初めて妖気の存在を知ったんですけど、あたしには感じることすらできませんでした。同様に、ラミアの子たちに魔術を見せたんですけど、その子たちも魔力を感じることができなかった……つまり、オーガ族やラミア族には、この霧が魔術による物だとわからないはず」

「つまり、どういうことだ?」

「龍人族は妖術を使うって聞いてましたけど、たぶん妖術じゃない……龍人族は、魔術を使う一族です」


 次の瞬間、川の水が爆発した。


 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 現れたのは、水色の細い身体をした、蛇みたいな……ドラゴン? だった。

 

『驚いた、あたしの魔術を見破れるなんて……どうやら、優秀な人間みたいね』


 し、しかも喋った。

 仰天してる俺とアルシェ、そして照れるクトネ。


「いやぁ、優秀だなんて……えへへ」

「照れてる場合か!! モンスターだぞモンスター!!」

『ちょっと、誰がモンスターよ、失礼ねぇ……』


 ザブザブと川を渡ってこちらへ来た巨大な生物。

 青い身体にドラゴンのような顔、鱗はなくヒレのような物が2つ付いている。

 ブリュンヒルデはエクスカリヴァーンを展開し、目の前のモンスターに突き付けた。


『ちょっと、物騒なの向けないでよ。面白そうな客人だからもてなしてあげようとしてるんじゃない』

『…………』

「ブリュンヒルデ、剣を下ろせ」

『はい、センセイ』

『あら素直。可愛い子ねぇ』


 目の前のモンスターは、首をニュッとこちらに伸ばしてくる。


『人間にエルフ、あなたたちは……?』

『アンドロイドです』

『あ、あんどろいど? 初めて聞く種族ね……まぁいいわ。少しお話ししない?』

「話? というかこの霧、お前が生み出したのか?」

『ええ。この霧はあたしが魔術で生み出した霧でね、この渓谷全体を覆っているのよ。森に侵入した生物を惑わしたり、迷子にさせて森の入口に戻したり……まぁ、幻惑妖術の魔術版ね。規模は妖術と比べれば桁違いだけど』

「なるほど……」

『ふふ、長い間渓谷の門番やってるけど、人間のお客は久しぶり。何しに来たか知らないケド、せっかくだしお茶でもどうかしら?』


 ……チャンスだ。

 たぶんこいつ、龍人族だろう。話を聞けばいろいろわかる。それに、龍人族のリーダー格である『黄龍王おうりゅうおうヴァルトアンデルス』のことを聞けるかも。


「わかった。ごちそうになるよ」

『うん。じゃああたしの家に招待してあげる……っと、その前に』


 すると、目の前のモンスターの姿が変わる。

 ニュルニュルと身体の大きさが変わり、手足が生え、人間のような姿へ。

 青い髪、スタイル抜群の肢体を持った20代ほどの女性の姿になった。


「自己紹介をしなきゃね。あたしは渓谷の守護龍、名前はウォタラよ」


 素っ裸の女性ウォタラは、妖艶な笑みを浮かべて挨拶した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る