第166話、マニピュレイター・Type-PAWN②/戦闘戦闘♪

 今野耕一郎こんのこういちろう山岸雪子やまぎしゆきこは、頭と身体をすっぽり覆うローブを着て、ヴァンピーア領土の枯れた大地を歩いていた。

 二人の任務は領土の調査。


「吸血鬼ねぇ······なぁ山岸、血を吸われたら吸血鬼になるのかね?」

「そんなの知らない。というか、この世界の吸血鬼は、人間の血を吸うことを禁忌としてるらしいからね」

「だよなぁ。みんなモンスターの血を飲んでるみたいだし、町に血液屋なんてのもあるくらいだしな」


 他愛無い会話をしながら、二人は歩く。

 ヴァンピーア領土は広い。まだ2つの町しか調査していないが、吸血鬼というだけで人間と変わりない。血液を摂取するのはもちろんだが、普通に食事したり、お酒を楽しんだりもしている。


「······なぁ」

「なに?」

「オレ、ずっと思ってたことがあるんだけど」

「······」


 山岸は何も言わず、今野はその沈黙が聞いているものと判断する。この沈黙はきっと、今野がこれから言うことを察しているのかもしれない。


「この世界の人たち、オストローデ王国が言うような悪い国には見えねぇんだよ」

「······」

「世界を統率して平和······確かにそれが実現すればいい。でもよ、地球だって、いろんな国が集まっていろんな文化がある。統一なんてしなくても、この世界はこのまま······」

「······今野」


 悪人や悪い思想を持つ者は確かにいる。

 だけど、それは異世界も地球も変わらない。

 話し合って話し合って、それでも解決しないときは武力を使う······やり方は、異世界も地球も同じだ。

 

 もっと話し合えば、戦わずに済む道もあるのではないか。

 自分たちだって、持てる圧倒的な力での解決なんて望んでいない。

 力押しだけの解決なんて、まるで魔王の手先ではないか。

 山岸は、ここで口を開く。


「それ、中津川くんの前で言える?」

「······」

「知ってるでしょ? 中津川くん、相沢先生が亡くなってから、みんなの支えになろうと必死になってる。朱音も同じ······もう、戻れないところまで来てる」

「······わかってるよ」


 中津川だけじゃない。

 この世界のために、すでに手を汚してる生徒もいる。

 世界を救えると信じて、能力のレベルを上げて、肉体を鍛えて、心を鍛えて······。

 

「あたしたちはやるしかないの、平和のために、オストローデ王国のために」

「······おう」


 次の瞬間、今野と山岸の身体がビクッと跳ねた。


 ◇◇◇◇◇◇

 

 オストローデ王国・地下施設。

 アリアドネは、胡座をかいたまま専用の椅子に座り、いくつものディスプレイに囲まれていた。


「接続完了。さ〜て操作開始、可動試験可動試験♪ 近くに敵はいないかな〜っと♪」


 今野と山岸の意識を奪い、肉体と精神を完全に支配下に置く。

 頭の中に埋め込まれたチップは正常に稼働している。

 唯一の心配だったチート能力も、問題なく使用できる。


「なんでか知らないけど、この魔導強化処置を施すと、能力のレベルが一切上がらなくなるんだよねぇ」


 だからこそ、レベルマックスで処置をする。

 目標は、30人全員の『魔導強化生徒マギ・スチューデント』化。

 全ては、アンドロイド軍が誇る最高頭脳、Type-PAWNの手足として使うため。


「さぁて……今日は細かい調整しよっかな。高レベル能力者の出力って安定しないなぁ……まぁ、その具合を確かめるためのサンプル体だしね」


 アリアドネは、液体燃料の入ったボトルを飲み干し、飴玉状に固めた固形燃料を口に入れる。

 燃料補給だけなら液体燃料で十分だが、わざわざ手間を掛けて飴玉にするのは、アリアドネの趣味だった。

 

「お…………みっけ」


 今野と山岸に取り付けた特殊センサーに、数名の冒険者たちが近くにいることを捉える。

 2人を操作し、マントのフードを被せ、猿のような仮面と犬のような仮面を装着させる。これもアリアドネの趣味だ。

 今野と山岸の視覚情報が投影されているディスプレイに、数名の冒険者たちを捉えた。


「さて、調整を兼ねた戦闘を開始」


 冒険者たちが、今野と山岸に気が付いた。


 ◇◇◇◇◇◇


 D級冒険者クラン『メンズ・マッチョ』は、モンスター討伐の依頼を終えて町に帰る途中だった。

 人数は5人。全員が男で、なかなかの体格をしている。

 

「今日の狩り、なかなかの成果だったな」

「ああ。オーガ10体とのランデブー……楽しかった」

「またヤリたいぜ。今度はメンバーを増やして楽しもうぜ!!」

「うふふ、オレらだけで楽しむのも悪いしね」

「おいおい、パーティーが終わったばかりで元気なメンズたちだ」


 断っておくが、オーガ退治である。

 『メンズ・マッチョ』は、身長180センチ以上、体重90キロ以上の男性しか加入できない。しかも加入の際には選抜試験があり、パーティーメンバーに認められないと条件を満たしていても加入は許されないクランだ。


「……ん?」

「誰だ?」

「猿と……」

「犬、か?」

「……おい、まさか」


 メンズ・マッチョ5人の前に、猿と犬の仮面を被った2人組が現れた。

 何も言わず、表情も読めない。

 メンズ・マッチョの1人が、何かに気が付く。


「まさか、最近噂になってる、冒険者狩りか!?」

「冒険者狩り……?」

「そうだ。仮面を被った2人組、チート能力を持ち冒険者のみを狙う狩人だ!!」

「おいおい、じゃあ……」

「この2人が……?」


 今野と山岸は答えない。

 というか、意志そのものがない。肉体の権限全てが、アリアドネの支配下にある。

 アリアドネは、ディスプレイを眺めながら、飴玉を噛み砕いた。


「戦闘開始♪」

 





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「……オストローデ王国のために、か」

「何よ?」

「いや……そうだよな」


 今野は、歩きながら呟いた。

 オストローデ王国のために戦う。この考えに間違いはない。

 今までずっとそうしてきた。


「山岸、調査を終わらせて帰ろうぜ」

「ええ。とりあえず、この近くに大きな町があるわ。そこを調査……って、今野?」

「あん?」


 山岸は、今野のマントを見て驚いた。


「あんた、マントに血が・・・・・・付いてるわよ?・・・・・・・

「へ?……あ、ホントだ。いつの間に」

「きったないわね……モンスターの返り血?」

「た、たぶん……すまん、気が付かなかった」

「もう、その辺の川で洗いなさいよ」

「お、おう」


 2人は、何の疑問も持たずに歩いていた。

 さっきまで、メンズ・マッチョの5人と戦っていたことなど、まるで覚えていない。

 マントの返り血が、メンズ・マッチョの物だとも知らない。


 アリアドネの実験が、順調だということも知らない。

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